「刺身を夕食に出すなんて、どういうことだ!」
数年前、私がホテルでマネージャーをしていた時の話だ。怒り心頭のお客様に部屋にまで呼ばれた。お客様曰く、生ものが嫌いなので、夕食で出さないよう予約時に伝えたとのこと。申し送りのミスを謝罪するもお怒りは収まらず「ホテルの責任を示せ」の一点張り。お客様の夕食分を割引し、さらに予約の仕組みを見直すと約束するも一向にご納得いただけない。他のスタッフが呼びに来ても戻れず、結局解放されたのは3時間後だった。
非常に疲弊する経験で、一体どうすればよかったのかと思っていた。しかし、本書『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』を読み、何がまずかったのかを納得した。著者の島田直行氏は、中小企業の法務支援をする弁護士で、企業の手に負えないクレーマーに数多く対応してきた経験を持つ。
クレーマーに悩まされる多くの企業やその担当者は、「お客様」と「クレーマー」の違いを認識していない、と著者は指摘する。すべて「お客様」と考えてしまうため、度を超えた要求に弱腰になってしまうのだ。「クレーマー」の基準を自社なりに持ち、「お客様」と「クレーマー」を線引きすることがクレーム対応のスタートになる。例えば1時間以上も不合理な要求を繰り返す、自宅に呼びつけて長時間留めようとするなどは典型的なクレーマーと見なせるだろう。
またクレーム対応の際は、まず「要求内容」を確定することが大切だ。悪質なクレーマーはあえて要求をあいまいにすることで、企業からの提案を待っている場合がある。そこで、例えば「ご要望がわからず責任のある対応ができかねます。何をどこまで説明すべきか具体的にご提示いただけないでしょうか」などとこちらから問うことで、決着に近づく。また、執拗な面会要求は書面でのやりとりに切り替えるといった対応も有効だ。
もっとも大事なことは、クレーム対応を個人ではなく会社で引き受けることだ。お客様とクレーマーの線引きも、対応ルールも、担当者1人では決められない。お客様へのサービスを全員で行うのと同じように、クレーム対応もまた全員で行うことを徹底すべきだろう。会社で取り組むことを怠ると、担当者が次々に疲弊し、やがて会社が深刻なダメージを受けてしまうと著者は述べている。
冒頭の私の経験でも、1人で対応しようとしたことが実は一番の問題だったのだ。クレーム対応は、「団体戦」だ。相手にどう対峙していくかを社内で議論することが、社員の問題解決力を高め、組織全体の底上げにつながるだろう。クレーム対応を生きた学びの場として、会社全体で取り組んでみてはいかがだろうか。