人工知能(AI)が人間の仕事を奪う、という話がニュースで見聞きされるようになってきた。「AIは何ができるのか」、「AIは人間を超えるのか」といった問いを持つ人も多いはずだ。これは裏返せば、人間はどんな仕事をすればいいのか、人間とAIの本質的な違いを知りたいということだろう。
本書『人間のトリセツ』は、ヒトというのはこういうものなんだよ、と将来の万能AIに向けて書いた手紙だ。それをヒトが読むと、「人間とはなにか」が見えてくるようになっている。著者はいくつもの「トリセツ」シリーズを著している人工知能研究者で感性アナリストの黒川伊保子氏。
本書の冒頭で、AIが生活の一部となっている時代の架空のシーンが紹介されている。父親が娘に花を贈ることをAI執事に相談すると、執事はこう答える。「女性がサプライズを喜ぶ確率は75%を超えますが、彼女が花束を喜ばない確率は90%を超えます」。そこで父親は花束を贈らずに済ませた、というものだ。著者はこの執事の応答を「超ナンセンス」と一刀両断する。
娘が花束を喜ばない理由はなんだろう。花束にトラウマがあったとしても、父親からの花束がきっかけでそれを乗り越えることができたら、親子の絆はさらに深まるだろう。たとえ娘の怒りや悲しみを招いてしまったとしても、娘の本心を知り、心の交流を深める大切なきっかけになるかもしれない、と著者は説く。
実は著者も、花束にトラウマがあるそうだ。昔、ダンスの発表会で母親に花束を頼んでいたにもかかわらず、母親が用意するのを忘れてしまったことがあった。そのときの悲しさは長い間つきまとった。ところが自分が母親になり、息子の誕生日ケーキを台無しにしてしまったときに、息子の悲しむ表情によって母親の気持ちというものが分かった。かつての母の悲しみを、息子を通じて追体験したのだ。同時に、母親の大きな愛情にも気づいたという。
さまざまな行為の中には、人間の幾重にも重なった失敗があり、そしてその失敗は幸せに変わる可能性だってある。このことを知っているのが人間であり、先の例のように「花束を贈っても喜ばない可能性」を計算するAIには決して理解することはできない部分だろう。
本書は他にも、人間が「はい」「ええ」「そう」を状況に応じて使い分けていること、問題解決型、共感型という2つの対話方式でコミュニケーションしていることなどをAIに伝えている。つまり、AIを通して「人間らしさとは何か」にスポットが当てられている。本書を読むと、たとえ「花束を喜ばない確率が90%です」とAIに言われたとしても、花束を贈りたいと感じるはずだ。AIと人間を隔てるものに興味があるなら、ぜひ本書を手にとってほしい。