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今月の特選

仕事の未来

『仕事の未来』

-「ジョブ・オートメーション」の罠と「ギグ・エコノミー」の現実

  • 小林 雅一 著
  • 講談社
  • 2020/04 280p 990円(税込)

技術革新は誰を幸せにするか 変化する働き方を考察

「人工知能(AI)が人間の仕事を奪う」と言われて久しい。自動運転車を筆頭に、AIに関連した技術情報のニュースを見聞きしない日はなく、技術革新のスピードへの漠然とした不安は、今や多くの人に共通しているのではないだろうか。

現状を冷静に理解するために、本書『仕事の未来』を開いてみてほしい。本書はAIやロボット技術によって自動化が進み、変化していく人間の仕事や働き方をグローバルに俯瞰(ふかん)。航空機の失速防止装置やウーバーのドライバーといった各国の事例を挙げて、知られざる実情を解説している。そのうえで、生産性や創造性といった領域における、人間と高度技術の「共存共栄」の関係を考察している。

小林雅一氏はKDDI総合研究所リサーチフェロー。著書にAIブームの初期、2015年に出版された『AIの衝撃 人工知能は人類の敵か』などがある。

女工哀史のような「AIの教師」

現在中国やインドでは、毎日何千枚もの写真を見ながら、特定の物体に丸印を付ける仕事が増えているそうだ。AIに様々なものを認識させ、学習させる「AIの教師」という仕事である。一日中画像に向き合う単純作業で、決して創造的な仕事ではない。

著者は、このような労働のしかたを大正時代のルポルタージュ『女工哀史』に例えている。こうした作業に支えられて、巨大テクノロジー企業はさまざまな業界の自動化(ジョブ・オートメーション)を進めている。自動運転車、農作物の生育をチェックするドローン、医療用AI、ゴミ分別ロボットなどがその例だ。

利益を追求する企業にとって、仕事の自動化は効率的で合理的だ。だが、著者はこうした労働環境は『女工哀史』と同じではないか、と疑念を差し挟んでいる。つまり、無数の単純労働に支えられた労働集約産業に相当するのではないか、というのだ。最先端のAI技術が20世紀初頭と同じ労働構造を生み出しているという一面がある。改めて、技術革新の社会的意味を考え直そうというメッセージが浮かび上がってくる。

AIや機械と人間はどのように共存するか

では高度技術と人間の仕事は、どうすれば共存できるのだろうか。

働き方に関して、従業員により人間的な要素を追求しているとして紹介されているのが意外にもグーグルとアマゾンだ。グーグルは良く知られているように「心理的安全性」という社内文化を醸成し、従業員の本心を引き出すことによって生産性を高めている。アマゾンは対照的に競争至上主義だ。社員同士に批判させ、アイデアのブラッシュアップを図る。安心させるか、競わせるかの違いはあるが、両社とも従業員の「率直さ」や潜在力を刺激しようとしている。テクノロジー企業が社内では、機械化されない人間性を重視し引き出そうとしている姿勢は興味深い。

人間にとって仕事とは楽しみや、存在価値にも関わる大切な事柄だ。私たちは何のために、どんなふうに仕事をしていきたいのか。その考えを深めるために、本書は格好のテキストである。

仕事の未来

『仕事の未来』

-「ジョブ・オートメーション」の罠と「ギグ・エコノミー」の現実

  • 小林 雅一 著
  • 講談社
  • 2020/04 280p 990円(税込)
高野 裕一

情報工場 エディター 高野 裕一

情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

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