多くの企業でDX(デジタル・トランスフォーメーション)が一気に加速している。しかし、DXをどうビジネスにつなげればいいのか? IT部門以外の社員はどのように関わればいいのか? こうした疑問があるだろう。
それらに正面から答えるのが本書『DX人材の教科書』。DXを進めるためには、エンジニアではなくビジネスサイドの一般社員こそがキモであると指摘。現場を知る社員がDXの意味や必要なスキルを理解し、現場の課題を着実に改善していくことで組織のDXを軌道に乗せる方法を解説している。
著者の石井大智氏は、480社以上のDX推進支援を行う株式会社STANDARDの代表取締役最高経営責任者(CEO)。もう1人の著者である鶴岡友也氏は、同社の代表取締役最高技術責任者(CTO)だ。
DXというと、たとえばAI活用やブロックチェーンといった技術起点の取り組みが連想される。しかし、これらはデジタル技術の活用という「手段」にすぎない。本書ではDXの真の「目的」は、①「業務の効率化」と②「提供価値の向上」を通じて「顧客に付加価値を与えること」だとシンプルに考えている。
始めの一歩として著者らが勧めるのは①の業務の効率化だ。現場の小さな課題をデジタルで解決することである。例えば、AIによる文字認識技術を活用し、紙での入力作業を大幅に減らした企業のケースがある。用紙1枚あたり30分かかっていた入力とチェック業務が、AI導入後は約3分で終了するようになった。空いた時間できめ細かな顧客フォローができるようになり、顧客満足度の向上にもつながったという。
このような業務の効率化は直接顧客を喜ばせるDXではないものの、得られた利益を②の提供価値の向上に回していくことができる。まずは小さなプロジェクトの成功を続けることが、組織の意識や文化を変え、DXを全社で成功させる要訣(ようけつ)だ。
3000社超のヒアリングと480社超のサポートをする中で、著者らはDXがうまくビジネスにつながらない理由を見出した。中でも大きなものが、DXプロジェクト企画に対する「アイデアの質が低い」ということだ。つまり、本当に解決すべき価値のある課題が発見できていないのである。
著者らは、現場の社員一人一人が課題感を持つこと、その課題感を全社で共有していくプロセスの必要性を訴える。そのうえで、課題を発見する、すなわち良い企画やアイデアを出すためには「妄想力」が必要だと説く。
いわく、課題とは理想と現実のギャップから生まれる。だから「この会社の業務はどうあるべきか」「顧客にどんな価値を与えるべきか」というような理想像が必要である。自由に、多様に無数の理想像を描ける社員が増えていかないと、DXは進まないのだ。
理想はビジネスサイドの人材だからこそ見えてくることもあるだろう。妄想を質の高い企画に仕立てていく手順も詳説されている。DXが他人ごとになっている方に、ぜひ本書を手に取って頂きたい。