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今月の特選

ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論

『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』

  • 千葉 雅也/山内 朋樹/読書猿/瀬下 翔太 著
  • 星海社(星海社新書)
  • 2021/07 272p 1,210円(税込)

「書けない」「つくれない」 苦しみと向き合う人たちへ

「書くこと」「つくること」について書かれた本には、スキルアップの術やハウツーを説く「上から目線」のものが散見される。その点、本書『ライティングの哲学』は逆張りだ。いわば「地べた目線」の書である。

著者の4人は、学者や編集者など、いずれも書くことのプロフェッショナルだ。3部構成で、執筆方法をめぐる4人の座談会(2018年開催)、その後の「書き方の変化」を論じる書き下ろし、その内容を踏まえた同4人の座談会(2021年開催)からなる。各人、自身の文書作成ソフト・ツールの使い方、執筆スタイルなどを紹介するのだが、前提として、「書けない」という切実な悩みを共有している。

本書は、その懊悩(おうのう)を乗り越えるため、互いに弱みを吐き出し、傷口を晒し、「地べた」をはいずるようにして光を探すプロセスの記録である。

「書くハードル」を下げる工夫

原稿を書くにあたり、最初の3、4行がかっこよく決まらないと「先に進めない」と訴えたのは、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授で哲学者の千葉雅也氏だ。書き方を変えねばならないと悩み、ツイッターを使ったり、WorkFlowlyといったアウトライナーなどのソフトを試したり、「書くハードル」を下げようと四苦八苦する。結果、書き下ろしの論考では、メモと本文を区別しない独特の「散文」体を編み出している。

一方、正体不明の読書家で『独学大全』(ダイヤモンド社)などの著書がある読書猿氏は、執筆術のキーワードに7つの「断念」をあげる。構成を練りながら書くことを諦め、とにかく書いて後で調整する。文を書くことも諦め、「買い物メモ」レベルの箇条書きから始める。資料を見ながら書くことも諦め、調べ物は先に済ませる、などだ。そのうえで、「書き手として立つこと」は「自分はすばらしい何かを書くはず」という妄執から目覚めるところから始まる、とする。

そのほか、同人誌『Rhetorica(レトリカ)』の企画・編集などを手掛ける編集者の瀬下翔太氏は、「執筆」なしで「原稿」を生成しようと「メモ」を量産。また京都教育大学教育学部准教授で庭師の山内朋樹氏は、原稿の進捗を記録することで執筆の流れをつくろうと、その日進んだ文字数の「ログ」などを書き留める。いずれの悪戦苦闘ぶりも生々しい。

つくることは、生きること

四者四様の「症例」と向き合う中で、それぞれの「書くこと」への向き合い方は徐々に言語化され、「快楽」、「諦め」の醸成、「罪悪感」や「規範意識」からの解放など、哲学的な方向へ収れんしていく。山内氏の言葉を借りれば、「書くこと」や「つくること」とは、「ようするに生きること」だ。自身と向き合い、ダメさを認め、諦め、それでも励ますこと。その過程は誰にとっても、いつも苦しい。

読後、たどり着いたのは、辛くてもなお続けていくしかないという前向きな諦念だった。日々、産みの苦しみと向き合う方に、本書は何よりの励ましとなるだろう。

ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論

『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』

  • 千葉 雅也/山内 朋樹/読書猿/瀬下 翔太 著
  • 星海社(星海社新書)
  • 2021/07 272p 1,210円(税込)
前田 真織

情報工場 エディター 前田 真織

2020年から情報工場エディター。2008年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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