刑事物のドラマやマンガなど、警察を舞台にした作品は多くある。マンガ雑誌「週刊モーニング」(講談社)に連載中の『ハコヅメ ~交番女子の逆襲~』もその一つだが、関連する「ビジネス書」が出る点では異色だろう。
そのビジネス書が、本書『「ハコヅメ」仕事論』だ。警察官として10年間働いた後にマンガ家になった『ハコヅメ』作者・泰三子(やすみこ)氏の仕事術に迫っている。著者は泰氏と日経ビジネス編集部の山中浩之氏。2人に泰氏の担当編集者らを加えた複数人による座談形式で、話しぶりから伝わる泰氏自身の人となりや人間関係も興味深い一冊だ。
テレビドラマ化されたので、そちらで知った方も多いだろうが、マンガ『ハコヅメ』は架空の組織・岡島県警察地域課の警察官として交番に勤務する新任巡査・川合麻依を中心に、先輩や上司ら周辺の人物を絡めて「警察のリアル」を描くコメディーである。
最大の魅力は、警察官として働く20歳の「女の子」を等身大で描くリアリティーだ。コメディーといいつつシリアスな場面も少なくない。本書で引用されるシーンを見ても、警察としての使命感を抱くこともあれば、悲惨な交通事故現場がトラウマになることもある。男社会で働く苦労も数知れない。組織が嫌いになったり、先輩や仲間に励まされたりする日常には、ビジネスパーソンも共感できる点が多いだろう。
山中氏は、『ハコヅメ』の作品としての強さとして「逃げない」ことを指摘している。泰氏は『ハコヅメ』を、単に笑って読まれる作品にしようとは思っていない。読者が見たくないであろう場面も描き込む。SNSでたたかれたり一部の読者に嫌われたりしても、描くべきことから逃げないのだ。信念を貫く姿勢、読者(顧客)との距離感は、ビジネスにおいても参考になりそうだ。
本書から見える泰氏の仕事ぶりは、模範的ビジネスパーソンにも通じる。編集者からの提案にはいつも迅速に対応するし、「こんな作品を描かせてほしい」という企画書までつくってアピールする。
なかでも注目したいのが、客観的かつ謙虚な姿勢だ。例えばあるとき、泰氏は担当編集者から「絵で見せるタイプ」の作家ではないので「ネーム(せりふ、言葉)を多く」するよう指摘された。自分の絵を否定されたと落ち込みそうな場面だが、泰氏は編集者に「尊敬の気持ち」を抱いたと語る。マンガといえば「絵」にとらわれがちだが、プロの編集者の思考は柔軟だと感じたからだ。マンガに限らず、チームでクリエイティブな仕事をするためには、遠慮なく意見を出し合い、互いを尊重し合う姿勢は欠かせない。
テンポ良く進む著者らの会話は、笑いあり学びありでぐいぐい引き込まれる。本書には、泰氏の仕事への熱意や愛情に加え、『ハコヅメ』の魅力、ヒットを生み出すチームの仕事の進め方も詰まっている。『ハコヅメ』未読の方にも、ぜひ手にとっていただきたい。