人的資本経営の実現に向けて「グループリフレクション」による“振り返り”こそイノベーティブな組織への羅針盤

現在、企業価値を向上させる施策として、人的資本経営が注目を集めている。人材をコストと考えるのではなく資本と捉え、その価値を最大限に発揮させて企業価値を向上させる経営手法である。人的資本経営を進めるうえで重要なのは、自律自転する人・組織を育成することだ。そのためには、現場での対話をメーンとした教育を日々実施し、「振り返り」によって自己研さんできる環境づくりが必要となる。ただし、これまでのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)や1on1ミーティング(以下1on1)による現場教育では不十分だ。グループで振り返りを実施し、それを習慣化することで自己の内省につなげ成長を促す。その効果的な手法として注目されているのが「グループリフレクション」である。日本企業に求められているイノベーティブな組織を生み出すための人事マネジメントについて、識者の3人が語り合った。

  • 中原 淳氏

    立教大学 経営学部 教授(人材開発・組織開発) 中原 淳氏

  • 中尾 隆一郎氏

    株式会社中尾マネジメント研究所 代表取締役社長 中尾 隆一郎氏

  • 後藤 正樹氏

    株式会社コードタクト 代表取締役CEO 後藤 正樹氏

人的資本経営が注目を集めている。人材を資本の1つとして捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的に企業価値を向上させていこうという経営の新しいあり方である。コードタクトの代表取締役CEOである後藤 正樹氏は「PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)が重視されたこれまでよりも、人的資源のような非財務情報が経営に占める割合は確実に高まっています」と語る。米国では既にISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)として、上場企業に人的資本経営の取り組みについて開示が義務化されている。日本でも2023年度から上場企業における人的資本開示が義務化されるとともに、経済産業省や内閣官房を中心に人的資本経営に関する様々なレポートが発表され、注目が高まっているテーマだ。

従業員の行動変容につながる活動が必要

立教大学の経営学部で教授(人材開発・組織開発)を務める中原 淳氏は「これからは人事の時代だ」と強調する。「圧倒的に人材が不足しており、企業は選んでいるようで実は選ばれる時代になっています。優秀な人に専門性を発揮してもらい、かつ組織に引き留められなければ企業は成長できないのです」(中原氏)と、日本企業の現状に対する危機感をあらわにする。

だからといって、むやみに人に対して投資をすればいいというものではない。研修などを実施しても、その効果を測定・評価をすることは難しく、具体的な企業の成果としてはなかなか表れづらい。社員の状況が把握しづらいリモートワークが増えている現在だからこそ、人事や現場の力で組織をどのように変えていけるかがなおさら重要になっていると言えるだろう。

では、具体的にどのように取り組めばよいのか。中原氏は「人に投資をしたからといって、直接的な企業の業績向上にはつながりません」と語る(図1)。その前提で、人的資本経営に取り組む際のポイントとして「従業員の行動が変わると企業業績につながります。研修やOJTなど、どのような施策を実施するにしても、それによって従業員の行動をどのように変えていくのかがカギとなります」(中原氏)と指摘する。

図1●人への投資は従業員の行動を変容させることで企業の業績につながる

図1●人への投資は従業員の行動を変容させることで企業の業績につながる

1on1に立ちはだかる4つの問題

逆に、どれだけいい戦略を描いたとしても、従業員が十分な能力を発揮できずに成果につながらないこともある。中尾マネジメント研究所の代表取締役社長である中尾 隆一郎氏は「知識を身につけることは確かに大事ですが、実際の現場で実践できるかは別問題です。1度してみただけではなかなかできるようにはならず、いつでも実践可能となるにはさらに大きな壁があります」と指摘する。この壁を乗り越えられるように人的資本を高めるには、現場での対話をメーンにした教育を日々実施し、イノベーションを起こす組織へ研さんし続けることが重要となる。

現場における人材育成の方法としては、OJTや1on1がある。だが現在のOJTは、新たに組織に加わった人に対して実施するオンボーディング研修だけを指すことが多い。しかも現場の従業員の1人がメンターとなって研修を担当するため、その教育方法は属人的になっていることがほとんどだ。研修の型がないまま進めてしまい、組織に加わった人がきちんと戦力となるかどうかは、メンターとなった従業員の教える能力に依存してしまう。

また、1on1にもいくつかの問題がある。具体的には、部下と上司が面談をする時間を毎週確実に確保するのが難しい「時間問題」や、苦手な人が相手となる可能性が避けられない「相性問題」、変化が大きい時代で上司が部下の質問に回答できない「能力問題」、やり方に型がないため雑談が増えて形骸化し回数が減ってしまう「型がない問題」だ。

グループリフレクションによる振り返り(内省と対話)の習慣化

こうした1on1で起こりがちな4つの問題に対する効果的な解決策となるのが「グループリフレクション」である。グループリフレクションとは、仕事の成功確率を高めるために特に重要な「振り返り」をグループで実施することで、現場における人材育成を無理なく継続的に実施可能にしてイノベーションにつなげる手法だ。

まずは現場での人材育成で、振り返りがいかに重要かを確認してみよう。振り返りにおいて「うまくいってうれしかった」といった感想を書く人が多いが、これは正しい振り返りではないと後藤氏は指摘する。「成果を出し続けている人は、うまくいったら『なぜうまくいったのか』を振り返って、次回も成功するようにしています。うまくいかなかった場合も『繰り返さない』ように振り返って再発防止策を考えることで、実践の質の向上につながります」と後藤氏。中原氏も「人材開発はとにかく振り返ることが重要。単なる感想ではなく評価や分析をして、次回につながるように振り返りの解像度を高くすることが育成につながります」と指摘する。

振り返りを行ううえでポイントとなるのが、実施回数である。もし1on1が週1回ではなく月1回になってしまうと、振り返りの回数は1年間に約50回から12回へと大幅に減少してしまう。これでは、自らのゴールを可視化して業務に落とし込むスキルを身につけることにつながりにくい。

一方、グループリフレクションはグループをつくり集団で振り返りを実施する。例えば中尾マネジメント研究所とコードタクトが推進するグループリフレクションでは、ファシリテーター1人とメンバー4人の計5人のグループを組む。振り返りを4人のメンバーで同時に実施することで、ファシリテーターを務める上司にとって1on1に比べて時間的な負担が軽減され「時間問題」が解決される(図2)。複数人で実施するので「相性問題」も起きにくい。

さらに上司と部下だけでなく、同僚同士など複数の視点が入ることで、新たな化学反応が期待できる。より広いつながりで学び合ったり対話をしたりすることによって、お互いの業務や考えあるいは悩みを共有し、お互いの成長を応援し合う機会を作ることにつながる。例えば、どうしてこんなにたくさんの仕事がこなせるのか、どうしてこの人は高い視座で物事を考えられるのか、といった自分に足りていない能力を発見し、その人のやり方を参考にすることで自律的に成長できる。こうした化学反応が発生してくると「能力問題」が起こらないだけでなく上司の負荷も大幅に減る。

グループリフレクションでは感じた内容を参加メンバーと共有することと、発言する時間を均等にすることも重要だ。そうすることで共感性と心理的安全性が生まれ、「責められないし、気持ちよくて、また参加したい」というプラスの感情を抱きやすくなる。これを繰り返すうちに、4人の間で徐々に化学反応が起きてくるのだ。副産物としてお互いの活動や立場を理解したり、モチベーションを維持したりすることにもつながる。

図2●1on1で起きがちな4つの問題をグループリフレクションで解決する

図2●1on1で起きがちな4つの問題をグループリフレクションで解決する

中尾マネジメント研究所では、この型を用いたG-POP®版GC(グループコーチング)と呼ぶグループリフレクションを様々な組織で実施してきた。オンラインでのグループリフレクションを可能にする「チームタクト」というソフトウエアを活用し、企業の新設組織や経営層、クリエイターなどのグループで実験した結果、どこでも新たな取り組みが始まり、特に経営層のグループでは次々にイノベーションが起きたという。

振り返りによる経験学習は自転車の練習と同じ

人的資本を高め、組織成果につながる行動変容を起こすには、グループリフレクションでの内省や対話を実際の行動に移し、実際の職務経験を通したうえで再び振り返りを繰り返すことが必要である。そのためには、安心してチャレンジできる実践の場をきちんと用意して、組織の成果につながることを目指していかなければならない。

中原氏は、こうした実務を通じた学びを自転車の練習に例える。「自転車が乗れるようになるには乗って経験を繰り返すしかないですが、けがをするような状況では誰も怖がって乗ろうとしません。転んでもけがをしづらい芝生で乗る、支援者をつけるなど、トライするための環境を用意しないといけません」(中原氏)。そのうえで中原氏は、「人材育成も同じことが言えます。誰か支えてくれる人や関わってくれる人がいないと試行錯誤はなかなかできません。つまり、社員が自律するためには、他に支えられる他律が必要ということです」と語る。職場における人材育成には、業務に関する助言指導の「業務支援」、業務に関する振り返りを促進する「内省支援」、励ましたりポジティブなフィードバックをしたりする「精神支援」という3つの支援が有効だと指摘する。

また後藤氏は、人材の能力を高めるためには、振り返りで効果的なグループでの内省と対話を習慣化し、社員が自律的に自己研さんを行うことができる環境整備が重要と語る。さらに、後藤氏は内省と対話を促す「チームタクト」のようなソフトウエアを活用することで、職場でのグループリフレクションを習慣化しやすくなり、イノベーティブな組織につなげていくことができると付け加える。

自律自転する人・組織を育成する方法として有効なグループリフレクション。人材育成や組織づくりの役割を担うビジネスパーソンは、自組織での活用を検討してみてはいかがだろう。

内省と対話で真のチームを team Takt

チームタクト