提供:大同生命保険

中小企業支援フォーラム

少子化による労働人口の減少により、企業の人手不足が深刻化している。日本企業の99.7%とも言われる中小企業にとっても大きな課題だ。そこで注目を集めているのが、仕事の意義や社会とのつながりを感じながら健康に長く働き続けられる「ウェルビーイング経営」。9月29日に開催された「中小企業支援フォーラム」では、有識者の講演と様々な事例を通じて、中小企業がウェルビーイング経営を推進していくヒントを探った。

開会ご挨拶

企業の未来は
ウェルビーイングにある

 企業を取り巻く環境変化が加速する中、環境や社会の持続可能性に配慮しながら事業を成長させていく「サステナビリティ経営」が大きく注目を集めている。日本では企業の99%が中小企業であり、働く方の約7割が中小企業で生計を立てている。中小企業の成長なくして日本の未来はないといえるのではないだろうか。

 少子化で労働人口が減少するなか、「働き手の確保」は企業の最優先課題だ。従業員が“健康で”“生き生きと”“幸せに”“長く”働き続けられる環境を積極的に整える「ウェルビーイング経営」が、企業の未来を大きく左右する時代になった。

 企業には守るべき伝統と理念がある一方で、環境の変化に適応していかなければサステナブル(持続可能)な成長は困難だ。前例踏襲が通用しないVUCA社会だからこそ、既成概念にとらわれず未来を見据えた自己変革が求められる。

 これまで半世紀以上にわたり中小企業とともに歩みを進めてきた大同生命では、中小企業で働く方やそのご家族の幸せ、ウェルビーイングの実現を願って様々な経営課題に寄り添い、解決に向けて伴走するとともに、永続的な発展を通じたサステナブルな社会を目指していきたい。

北原睦朗氏

大同生命保険
代表取締役社長

北原 睦朗

【基調講演】 今なぜ中小企業に
ウェルビーイングが必要か

中小企業にこそチャンスがある

 ウェルビーイングとは「企業の経営者も従業員も、誰もが幸せで健康であること」、つまり幸せと健康の掛け算だ。現在は中小企業にこそ、ウェルビーイングな企業に変革していくチャンスがある。

 アフターコロナの現在は、本質的な変化が加速している。資源価格や光熱費の上昇、円安、気候変動、ウクライナ侵攻など様々な変化要因があるうえ、上場企業であれば海外投資家からのプレッシャーも強くなっている。中小企業であれば人手不足や、デジタルテクノロジーの進化の影響もあるだろう。変化の激しい時代だからこそ現状維持はあり得ず、能動的に変化し続けて新たな価値を生むイノベーションが国内外で求められている。

 ただ、いくら理解していても実際の経営でなかなか変革には踏み切れない。複雑な要素が一つに絡み合っているがゆえに、どれか一つを変えようとしても難しいという「経路依存性」があるためだ。例えば、本当にダイバーシティを進めたいのであれば、新卒一括採用や終身雇用にこだわらず、評価も働き方も多様化しなくてはならない。この時、大手企業では経路依存性に阻まれるが、中小企業はリソースの問題があるものの、規模が小さくトップダウンで進められるため変革しやすい。

入山章栄氏

早稲田大学大学院
早稲田大学
ビジネススクール教授

入山 章栄

変化の激しい時代に
大切な「腹落ち」

 イノベーションは「既存の知」同士の掛け算から生まれるが、人間の認知には限界があり、目の前にあるものだけを組み合わせようとしてしまう。それではイノベーションは生まれない。だからこそ、自分から離れた「遠くの知」を知ることが重要だ。これを「知の探索」という。

 関係がないものを見る「探索」と、組み合わせて価値がありそうなものを深掘りしていく「深化」。この二つを良いバランス感覚でできる企業やビジネスパーソンは、イノベーションに成功する確率が高い。私はこれを「両利きの経営」と名付けた。

 「探索」は失敗が多く成果が見えにくいため、どうしても企業は「深化」に専念しがちになる。その方が短期的な利益にはつながるが、「探索」をおざなりにすると、長い目で見た場合に中長期的なイノベーションが枯渇してしまう。

登壇の様子

 ではどうすればいいか。心がけたいのは「センスメイキング理論」だ。変化の激しい時代には、精緻な分析に基づいた将来分析に頼ってはいけない。前提がすぐ崩れてしまうためだ。だからこそ正確性ではなく納得性、平易な言葉で言えば「腹落ち」を大事にすべきだ。企業の歴史や思い、従業員などに立ち戻って、数十年後の未来に対する大きな方向性を考えてみる。この企業で働く「面白さ」や「幸せ」を示し、従業員や取引先を巻き込みながら納得感を浸透させていくことが重要だ。

 納得感の浸透・醸成には中小企業が圧倒的に有利といえる。なぜなら、日本の中小企業の多くはファミリービジネス(同族経営)だからだ。ネガティブな側面も指摘されがちだが、過去40年の日本の上場企業を見ると3分の1がファミリービジネスであり、長期的な利益率も成長率も高い。長期的に従業員が関わることができるため、思いが醸成しやすくなる。

従業員一人ひとりの
幸せに目を向けて

 長期的な方向性が「腹落ち」したら、次は従業員一人ひとりの人生のビジョンに目を向ける。予防医学研究者でウェルビーイングを研究する石川善樹氏によれば、ウェルビーイングが高い人は「セルフリーダーシップ」、つまり自分自身を導いていく能力が高いという。会社のビジョンに社員が「腹落ち」し共鳴するには、一人ひとりが自分の目標や価値観を把握し、それが実現できる方向へ自分を導いていけるとよい。

 「知の探索」を続けていくためには、企業が何に取り組みたいかを見据える必要がある。多くは究極的には社会のウェルビーイングの追求であり、そこから収益を上げていくことになるだろう。加えて、企業は従業員一人ひとりが自分の人生の幸せを把握し、セルフリーダーシップを発揮できる環境を作り出せると理想的だ。そうするとどんどんイノベーションが起き、新たな価値、すなわち収益を生み出せる。結果的に、持続可能性の高い事業になっていく。これは、社員数が多い大企業よりも中小企業の方が価値観を浸透させるには有利だろう。

 これからは社会の変化が激しいため、イノベーションを起こさなければ大手企業も中小企業も生き残れない。そのためには経路依存性を脱却し、長期的に思考することが必要で、従業員にはセルフリーダーシップが求められる。これらの変革は、どれも大手企業よりも中小企業が有利となる。

 国内外の企業がウェルビーイング経営に取り組もうとしている。「中小企業は可能性の塊だ」と考えながら経営に取り組んでいただきたい。

登壇の様子

【パネルディスカッション1】 小さな一歩から大きな変革 ~中小企業のDX戦略~

まずは身近なところから導入を

入山章栄氏

早稲田大学大学院
早稲田大学
ビジネススクール教授

入山 章栄

平野未来氏

シナモンAI
代表取締役Co-CEO

平野 未来

内田光治氏

ウチダレック
専務取締役

内田 光治

宮﨑知子氏

鶴巻温泉 元湯陣屋
代表取締役 女将

宮﨑 知子

入山 「DX(デジタルトランスフォーメーション)は大企業のもの」と考えている経営者が多いが、現在は安価なDXツールが増えており、中小企業もまず実践が大切だ。実際にDXに取り組んでいるウチダレック専務取締役の内田光治氏、鶴巻温泉 元湯陣屋代表取締役女将の宮﨑知子氏、そして製造業のDXサービスを提供しているシナモンAI代表取締役Co-CEOの平野未来氏にお話をうかがう。

内田 IT(情報技術)企業での経験を経て、家業のウチダレックに入社した。不動産とITは関連性が低いと思われがちであるが、だからこそDXの効果が高い。

 当社はDXの「X」、つまり変革を重視してきた。社員教育は特に行っていない。仕組みを変えると行動が変わり、行動が変わると意識が変わると考えたためだ。

 DX化により、部門を超えたコミュニケーションが約8割増加した。また、生産性が大きく向上し、営業利益は倍以上になった。そのため、給与を上げながら「不動産業界で唯一の週休3日」を導入している。現在は自社の仕組みをもとに不動産業界に特化したクラウドシステム「カクシンクラウド」を製作・展開している。

宮﨑 2009年に創業106年目となる陣屋を夫が事業承継し、私も女将に就任した。厳しい経営状況を改善するため、業務をデジタルへと切り替えていったのがはじまりだ。

 陣屋は人件費の計算や食事の原価計算など、すべてが大正時代から変わらないハンド処理のままだった。これではデータに基づいた経営判断ができず、計算にも膨大な労力がかかる。そこで、独自のクラウドシステムを構築した。現在はこれを基にしたクラウド型ホテルシステム「陣屋コネクト」を開発し、同業他社への販売も行っている。

平野 代表取締役を務めるシナモンAIでは、多様なフォーマットの資料をAIが人間のように読み込む技術を強化し、製造業や保険業などに提供している。対話型生成AIのChatGPTは表やグラフをうまく読めないという欠点があるが、当社開発のAIと組み合わせることで大きな効果を発揮できる。

DX化で週休3日を実現

入山 ウチダレックも陣屋も週休3日を実現しているが、背景としてDXの存在は大きいか。

宮﨑 DXで生産性を上げたら、次は従業員に還元しなければならない。従来の働き方で従業員が疲弊していたため、定休日を設け、休みを増やしたいと考えていた。DXでバックヤード業務を圧縮したおかげで実現できた。

平野 DX導入の最初の一歩はどのようにはじめたのか、うかがいたい。

宮﨑 フロントメンバーとなる一部の従業員からはじめ、2年かけて全体に浸透させた。最初はキーマンに最新のタブレット端末などを渡す。すると喜んで大事に使ってくれるし、周囲にも羨ましがられる。社内インフルエンサーとして浸透の助けになってくれた。

内田 当社も取り組みやすいところからはじめた。DX化の壁は、システムを入れても使ってもらえないこと。そこで、これまでスケジュールを書き込んでいたホワイトボードを撤去し、クラウド環境に入力しなければ認めないようにした。スマートフォンの扱いに慣れない70代の従業員には音声入力の方法を教えるなどのサポートも行った。

入山 ITのバックグラウンドがある人材が社内にいないため、DXに抵抗感を持つ中小企業の経営者は多い。どのように意識を変えていけばいいか。

宮﨑 人手不足により、DXがなくては立ち行かない段階までホテル・旅館業は追い詰められている。少人数での運営には効率化が不可欠なので、デジタルの力が必要である。

 また、経営者が利用しないシステムは従業員も使わない。まずは自ら「腹落ち」して、積極的に旗振り役になっていただきたい。ログインしなければ出退勤が記録されないようにするなど、利用しなければ仕事ができない環境をつくるのも一つの手だ。年配の方などは雇用継続に関する不安を覚えるため、「ITやDXは仕事を効率化するもので、あなたは今後も会社に必要」としっかり伝えていくことが重要になる。

内田 現在は安価なクラウドツールがたくさんある。また、副業や業務委託などにより、うまく外部の人財を活用することも大切だ。

平野 一人でもITに強い人材がいれば大きく変革できる。また、「できた」という感覚を持つことが大切だ。例えば、対話型生成AIのChatGPTで効果的なプロンプト(利用者が入力する指示や質問)をみんなで集まって考えてみる。そうすると知らない使い方をお互いに学ぶことができ、小さな達成感を得られる。その積み重ねが、ITへの苦手意識を払拭することにつながっていく。

早期の導入で人手不足に対処

入山 最後にこれからDXを進める中小企業にメッセージを。

内田 当社は人口15万人の鳥取県米子市にある。最先端のDXツールを活用しているが、地方の小さな企業でもこうしたサービスを使えるようになったことは革新的だ。これからは人口減少がより深刻になっていくが、DXで立ち向かっていけると考えている。

宮﨑 難しく考えず、身近なところからDXに取り組むのが重要だ。一つできると、階段を上るようにどんどんできることが増えていく。陣屋も最初から全部うまくいったわけではなく、赤字から黒字に転換するまで2年半かかった。最初こそゆっくりだったが、助走がつくとやがて加速していく。まずは小さくはじめてみてほしい。

平野 AIを活用しないと、近年懸念されている人手不足倒産のような問題に直面してしまう。導入するなら早い方がいい。DX推進や従業員の満足度向上などの大きな効果があるので、ぜひチャレンジしてほしい。

入山 小さな成功体験を積み重ねると、だんだん組織が変わっていく。そのやり方は明らかに中小企業向きだ。これからは大企業よりも中小企業の方がDXが進んでいるという時代になると確信した。

登壇の様子
登壇の様子

【パネルディスカッション2】 いますぐ始める健康経営 ※「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

健康経営が企業の発展に貢献

森晃爾氏

産業医科大学
教授

森 晃爾

 企業が従業員の健康に配慮することで、成果を出していくのが健康経営。これまでは「コスト」と考えられてきた従業員の健康管理を、「投資」として捉えるパラダイムシフトである。また、人材の確保や活力ある職場づくりを通じて、企業の発展にも貢献できる。

 日本で健康経営がはじまったのは2014年。私も中心的に関わってきたが、健康経営を意識すると企業の成長・発展に貢献できることが研究で明らかになってきた。

 多様な年齢や立場の従業員がいれば、当然それぞれに健康課題は異なる。まず、経営者が従業員の健康に対する思いを表現してほしい。そして、誰もが参加できる健康づくり活動を始めてほしい。安全で健康的な職場環境づくりも、健康経営の土台として重要である。

 現在は中小企業ほど素早く健康経営が実践できると考えられている。それは健康経営とは「企業の健康文化づくり」だからだ。ある運送会社は、3年で健康経営と呼べるレベルを達成できた。経営者が従業員に「ウェルビーイングを大切にしてほしい」と直接声をかけることができ、思いも伝わりやすい。また、社内に代弁者がいると浸透しやすくなる。

 誰もが健康づくりに前向きで、お互いの健康を気遣う環境を「無形資源」と呼ぶ。無形資源がある企業は従業員の健康プログラム参加率が高く、これを通じてお互いの信頼感を育みイノベーションにも貢献できる。

 従業員の心理的安全性への配慮や、経営者が健康をどれだけ気にかけてくれているかが伝わっているかどうかを「知覚された組織的支援(POS)」と呼ぶ。POSが向上すると組織へのコミットメントや満足度が上がり、一時的なストレスにも耐えることができる。法令や労働組合の要請ではなく、自発的に経営者がはじめたプログラムであり、組織の利益のためではなく、第一に従業員のためだと伝わるとPOSは向上しやすい。

 経営者の思いが伝わり、POSが高い環境になると従業員が自主的に健康プログラムに取り組むようになり、全員のウェルビーイングにつながる。中小企業は短期間でこの状態を作りやすく大企業よりも有利だ。

働き方に合わせた
三社三様の取り組み

中井 パネルディスカッションでは、健康経営の取り組みが顕著な企業を表彰する大同生命独自の表彰制度「DAIDO KENCO AWARD」の第1回受彰企業の中から3社、石田経理事務所代表社員の石田直樹氏、金成代表取締役の原祐介氏、新興建設コンサルタント健康経営推進担当の中平海氏にお話いただく。

石田 当事務所は新潟にあるが、仕事がデスクワーク中心、かつ雪国で車社会なのであまり歩かない。これを課題と考え、大同生命と相談して「1日平均8,000歩を達成すると保険料が安くなる」という保険に加入した。現在、達成した社員が2名いる。

 また、KSP(KENCO SUPPORT PROGRAM)という大同生命の健康経営サポートアプリを使用しグループ対抗のウオーキング大会を開催しており、みな白熱しながら楽しんでいる。

 当社は建設業だが、朝礼とラジオ体操を行い、工事部の従業員には健康管理も含めて業務内容をしっかり確認している。内勤の従業員は15時に15分間の外光浴休憩を行っている。

中平 島根県川本町で、主に道路等の公共土木施設の設計や調査を行っている。少子高齢化が進む地域で、都市部と同等以上の給与待遇が難しい中、地元やU・Iターンの方に選んでもらえる会社になるため健康経営を取り入れた。独自の取り組みとして法定のストレスチェック、月に一度の昼食会、ボッチャ大会、KSPでのウオーキングイベントを行っている。

誰もが参加したくなる
雰囲気づくり

中井 中平氏は健康経営推進担当として、経営者と従業員の間に入る存在。その立場で苦労したことは?

中平 健康経営の推進には時間が必要だが、忙しく現場で働く社員には限られた就業時間内での作業に負担を感じる人もいる。社員に積極的にイベントに参加してほしいと考える経営者との温度感を解消するのが難しかった。

石田 ウオーキングキャンペーンでは、積極的に歩く人と子育てなどの事情でそうできない人がいる。要求はできないが、取り組むうちに楽しくなってくることもあるため、全員でうまく雰囲気を作っていくことが大切だ。

 福利厚生の一環として、ウオーキングキャンペーンで松阪牛などの景品を出している。当社は若い社員が多いため、ゲーム感覚で盛り上がる。

 KSPは、社員の健康診断の結果を経営者が把握できるのも利点。プライバシーには注意が必要だが、建設工事業ではそれぞれの私傷病を把握し、フォローし合うことで適正な作業を割り振れて働きやすさが増す。

石田直樹氏

石田経理事務所
代表社員・公認会計士・
税理士

石田 直樹

原祐介氏

金成
代表取締役

原 祐介

中平海氏

新興建設コンサルタント
健康経営推進担当者

中平 海

中井美穂氏

フリーアナウンサー

中井 美穂

登壇の様子

中井 最後に皆さんからメッセージを。

石田 世の中には様々なウオーキング関連のアプリがある中、会社全体で取り組むにはKSPが秀でていると感じる。有効活用して健康経営を目指してほしい。

 建設業の人手不足は深刻であるが、健康経営という考え一つで業界を良くしていける。諦めずに続けていきたい。

中平 小さなことからはじめられるのが健康経営。全国の中小企業に広がってほしい。

 健康経営は組織の利益ではなく、ウェルビーイング向上のために行われていると従業員が認識できることが、成果を上げるために大変重要である。

【パネルディスカッション3】 サステナビリティ経営で
未来をつくる

築いた信頼が企業の資産になる

入山章栄氏

早稲田大学大学院
早稲田大学
ビジネススクール教授

入山 章栄

馬渕磨理子氏

日本金融経済研究所
代表理事 経済アナリスト

馬渕 磨理子

入山 「サステナビリティ経営は大企業のもの」というイメージが強いが、中小企業にとっても重要であり、ウェルビーイング経営につながるという観点でお話をうかがいたい。

馬渕 企業価値には「経済的な価値」と「社会的な信頼価値」の二つがある。環境や社会に配慮しながら事業継続を図ることがサステナビリティ経営の考え方だ。サステナビリティ経営の認知度が高まる中、実際に取り入れた企業では「コスト削減」が実現するとともに、「従業員の意識の変化」も起こった。

 日本は99.7%が中小企業で、雇用の7割を支えている。その大きな課題は、①資金不足、②人材不足、③設備投資の遅れの三つ。サステナビリティ経営はこの解決を後押しできる。

 日本は成熟した資本主義社会に突入しており、経済的な豊かさが増しても幸福度が高まる時代ではなくなっている。企業としてどのようなメッセージを発していくべきか悩ましい時代だが、人間性の回復に資するSDGsのような取り組みは支持を受ける。未来に向けた大きな社会課題は「環境」と「効率化」だ。環境であればSDGs、効率化であればDXのもとに行動変容が起きている。未来に向けた企業イメージを対外的に発信することで、資金調達ができるケースも出てきている。

働き方改革で
優秀な外国人人材を登用

入山 今の馬渕さんのお話を前提に、石坂さんと佐藤さんにそれぞれのサステナビリティ経営をお話しいただきたい。

石坂 石坂産業は経済活動で出てくる廃棄物を処理する会社だ。現在は人間社会が作り出すものだけが循環していない。このままでは社会の持続可能性を保てないと考え、「循環させていく」という企業経営をミッションに掲げた。一般には、廃棄物処理業ととらえられているが、自分では「資源再生事業」と考えている。

 父から経営を受け継いで私が二代目となる会社は、現在57年目となる。世界的に建設系の廃棄物はほぼ埋め立てされている中、当社では98%の減量化・リサイクル率を達成。適正に廃棄物を扱うことで、高い循環率を達成できることを世の中に示した。

 また、廃棄物処理は人手不足で女性が活躍しにくい業界と言われる中、女性の管理職が50%以上を占めている。さらに、会社のまわりに不法投棄が多かったことから、自治体に里山の管理を申し出て、生物多様性のある森づくりに取り組んだ。こうした取り組みから、昨年は国内外から6万人近い方が当社に視察に訪れるようになった。従業員も自分の仕事を誇りに思えるようになっている。

坂田 サカタ製作所は新潟県長岡市に本社がある。市の中心部から離れた場所にあり、一般的に人気のある業種とも言えないが、募集をかけると驚くほど優秀な人材が応募してくる。

 それは当社が優れたホワイト企業だからだ。2020年を除けば安定的に増収増益を続けており、現在は残業ゼロを実現。業績が向上した場合はすぐに夏のボーナスで還元し、現在は年収レベルで従来の残業代を上回る所得水準となっている。もともと一定の給与水準がある中で、2020年を100とし、2023年8月現在、126%に増加した。さらに2024年には150%を目標にしている。大幅に労働時間を縮減したにもかかわらず増収増益を続けられるのは、企業としての単位時間当たりの付加価値が大幅に増加しているからだ。

 そうした中、男性の育児休暇取得が増えているほか、コロナ前からテレワークに取り組み、ダイバーシティ経営も当たり前のように行っている。現在在籍している5名の外国人は、全員「ベトナムの東京大学」と言われているハノイ工科大学の卒業生だ。今は日本の企業だからというだけで、外国人が喜んで働いてくれる時代はではない。エリートの採用は難しくなっているが、働き方改革のおかげで同大学の中で当社は人気の企業となっている。

石坂典子氏

石坂産業
代表取締役

石坂 典子

坂田匠氏

サカタ製作所
代表取締役社長

坂田 匠

中山鉄平氏

大同生命保険
サステナビリティ
経営推進室長

中山 鉄平

取引先や金融機関も巻き込んで

中山 大同生命と他の生命保険会社との大きな違いは、中小企業の支援に注力している点である。多くの企業や税理士を会員とする団体と提携して、中小企業に充実した福利厚生制度をお届けする独自のビジネスモデルを構築している。

 顧客企業は37万社。「想う心とつながる力で 中小企業とともに 未来を創る」をミッションに、保険に加えて中小企業の課題解決にも伴走し、ともに未来を作っていく関係を目指している。今年3月には「サステナビリティ推進計画」をまとめた。健康経営の実践支援、中小企業経営者が悩みを共有できるWebコミュニティの提供など、中小企業の課題解決を支援する活動を展開している。

入山 中小企業では銀行から融資を受けるなど、経済論理で動く取引先との関係がある。石坂氏と坂田氏はそうした取引先をどのように説得して巻き込んでいるか。

石坂 参加者に銀行やリース会社などを含めた説明会を開催し、この一年で何が起きているか、今後業界がどう変わっていくかなどについて話している。ビジョンや経営状況を包み隠さず伝えると、支援を申し出てくださる金融機関がある。まずは共有し、共感してもらうことが重要だ。

坂田 「腹落ち」してもらえば、取引先や金融機関は会社のファンになってくれる。以前であれば、わずかな価格差で他社と契約していたお客様も協力的になり、当社と取引してくれるようになった。

馬渕 年月をかけて築いた「信頼」は、何物にも代え難い企業の「資産」になる。大同生命をはじめとする各種支援機関の伴走のもと、積極的に対外的なコミュニケーションを行うことが重要だ。

登壇の様子

入山 中小企業のサステナビリティ経営について最後にメッセージを。

中山 素晴らしい取り組みをしている企業を多くの方に紹介し、サステナビリティ経営を実践する企業を一社でも増やすことが我々の使命。本日のお話を聞いてとても参考になった。

坂田 少子高齢化の流れが止まらない中、企業は働き方を見直す必要に迫られている。いちど立ち止まって変革することが、地域と日本、ひいては世界を救うことになるだろう。

石坂 生き残りをかけて独自性のある強い企業を目指すために大切なのは、まわりの文化や地域の歴史、人々との関係性を多面的に見ること。そこからサステナブルな事業展開が見えてくる。

馬渕 経営者の役割は意思決定にある。こういう方向に進んでいくんだという強い思いを伝えていくことが重要だ。難しいこともあると思うが、やり遂げているお二人の話に勇気づけられた。

閉会ご挨拶

入山 私にとっても非常に学びの多い機会だった。パネルディスカッション1ではDXを取り入れることでウェルビーイングな企業へと変革する下地を作れることがわかり、パネルディスカッション2では従業員が健康な会社のほうが競争力があり、業績につながっていくことが示された。パネルディスカッション3では、従業員の幸せが醸成されている企業であれば現場が生き生きとし、それが業績や給与に反映されていくことがうかがえた。

 経営者による意思決定や企業文化の醸成には、経路依存性を変えやすい中小企業が有利だ。そのことを、ご登壇いただいた企業の皆様が体現していたと思う。そして皆様が強調してくださった「腹落ち」も、中小企業のほうがかなえやすい。やはりこれからは中小企業の時代であり、そのための最大のポイントがウェルビーイングにあることを改めて整理できた会だった。