フランク ミュラーは今年、創業30周年を迎えた。スイス高級時計の世界で目立って若い存在は、奇跡的な30年を駆け、トップブランドに名を連ねた。総帥である時計師フランク ミュラーは、トゥールビヨンで圧倒的な発想と超絶的な技巧を見せる“複雑時計の巨匠”、あきらかな天才である。
文・並木浩一 (時計ジャーナリスト・桐蔭横浜大学教授)
天才時計師フランク ミュラーが自らの時計ブランドを立ち上げたのは、1992年のことだ。その名はあっという間に世界中を駆け巡り、あらゆる賛辞が集中した。鮮烈なデビューから30年、まだ物語は紡がれ続けている。
100年を超える老舗が珍しくないスイス高級時計の世界ではありえないほど、短い期間での成功。その背景には誰も見たことのない斬新なデザインがあり、また一方では複雑時計の超越的な構想と技術があった。未知の3次元ケース「トノウ カーベックス」や遠近法を用いた「ビザン数字」の造形感覚と、複雑さの極致であるトゥールビヨンは、どちらもフランク ミュラーが併せ持つ両義的な魅力なのである。
美しさの魅力と複雑さの魔力が交わるところで、フランク ミュラーの真価は発揮される。それを確信させるのは、彼がずっと続けてきたトゥールビヨンへの取り組みである。言うまでもなく機械式の複雑機構に精通していて、閏年も判別する永久カレンダーや、いつでも音で現在時刻を知ることができるミニッツリピーターも、誰よりも得意としている。その彼が決して止めないのが、トゥールビヨンの可能性の追求である。この200年以上前の発明に現代的意義を与えたこと、進化を再開し、推進したこと。今日ではトゥールビヨンが、機械式複雑時計の中でも最も脚光を浴びることが珍しくない。その現象にフランク ミュラーが果たした功績は、決して小さくない。
トゥールビヨンは、機械式時計の心臓であるテンプ部分を回転させ、重力の影響による誤差を解消する複雑な機構だ。その意義で特徴的なのは、決してエレクトロニクスに置き換えられないことだ。永久カレンダーやミニッツリピーターの機能は、クオーツ時計で再現することもできる。しかしトゥールビヨンは、機能を持たない絶対純粋な複雑機構であるから、機械式時計にしか存在しない。その象徴的複雑機構に、フランク ミュラーは新しい息吹を吹き込み続ける。自動巻きの搭載、他の複雑機構とのコンビネーション、「トノウ カーベックス」ケースの採用、レディス用などのあらゆる試みの先駆者となり、トゥールビヨンの居場所を拡大したのである。
その最新作は「グランド セントラル トノウ カーベックス」である。このモデルで初めて、フランク ミュラーはトゥールビヨン機構を時計の中心に位置させた。ラウンド型でない時計でセントラル・トゥールビヨンを実現したのは世界初であり、マイクロローター式の自動巻きトゥールビヨンを搭載した極めて珍しい作品だ。フランク ミュラーのトゥールビヨンは、休むことなく伝説を更新していくのである。
卓越した美的感覚と、高度な技術力。
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フランク ミュラーの歴史について
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「トノウ カーベックス 30th」は、創業30周年を記念する2022年の新作だ。その文字盤に描かれたパターンはフランク ミュラーにとって、特別な意味を持つものである。
フランク ミュラーは創業30周年のアニバーサリーイヤーを記念するモデルとして、「トノウ カーベックス 30th」を登場させた。節目の年に複雑時計ではなくシンプルな3針ウォッチ、そして美しい「トノウ カーベックス」のケースが選ばれた。その真意は、文字盤表面に施されたギョウシェ仕上げに隠されている。市松模様を描く網目状の模様であるダミエ柄は、フランク ミュラーにとって特別な意味を持つ、貴重な象徴なのである。
実はフランク ミュラーは過去に一年のみ、限られた2つのモデルにだけ、このダミエ柄を用いた。フランク ミュラーの歴史上でも特別なそのモデルは「インペリアル トゥールビヨン」と「トノウ カーベックス インペリアル トゥールビヨン ミニッツリピーター」という、1996年の作。トゥールビヨン機構を収めて回転するケージを、前後3振りずつの剣型でかたどり、動き続ける剣で持ち主を災いから護る意味が込められていた。複雑機構に物語を重ねた哲学的な時計は、フランク ミュラーの独創的な作風を語る上で欠かせない。これらの記念碑的な時計にたった一度のみ、ダミエ柄が与えられたのだ。
フランク ミュラーの独創性と技術力の象徴「トノウ カーベックス」を、今回は18KYGだけで設定した。球体から切り出したかのような3次元曲線で構成されるフォルムが、貴重な記憶を呼び覚ます。特別な時計はトゥールビヨン、ダミエ柄、「トノウ カーベックス」の、三位一体の神話を詠うのである。
3次元のトノウ型ケースに、「ビザン数字」と呼ばれるアラビア数字や美しいギョウシェをあしらう文字盤には、フランク ミュラーの美学が詰まっている。
そのアイコニックなデザインはどんな装いも格上げし、時を経ても色あせない魅力を備えている。
時計には時刻を正確に伝える役割がある。しかし、画一的な時刻表示にとらわれることなく、時に対する哲学的な考察を機械式時計で表現するのが、フランク ミュラーの真骨頂。
「トノウ カーベックス」の歴史的な名作は他にはない独創的なギミックを搭載して、まるで時を自在に操るかのような魅力を秘める。
フランク ミュラーが最初に注目されたのは、1986年に発表された世界初のトゥールビヨンを搭載した腕時計だった。複雑時計はフランク ミュラーにとって時計づくりの原点であり、その技術力は斬新な発想を実現するための原動力となった。今では時計のケースバックに、“Master of Complications”という文字が刻印されている。
それは複雑時計づくりにおける圧倒的な自信の表れである。
掲載した時計の問い合わせ先フランク ミュラー ウォッチランド東京TEL 03-3549-1949
デザイン:SunShine Graphic
撮影:唐澤光也(RED POINT)、川田有二
スタイリング:久保コウヘイ
ヘアメイク:MASAYUKI(The VOICE)
原稿:大谷道子、高橋克実 編集:鷲尾顕司
衣裳協力:ビームス 六本木ヒルズ TEL 03-5775-1623
※素材表記:WG=ホワイトゴールド、YG=イエローゴールド、SS=ステンレススティール、PG=ピンクゴールド、PT=プラチナ
※本特集内に掲載した商品の価格は6月10日現在のもので、すべて消費税を含む税込価格表示です。
メーカーの都合により、仕様や価格の変更、品切れや販売中止となる場合もあります。予めご了承ください。
このコンテンツは6月10日発行の
THE NIKKEIMAGAZINE STYLE の転載です