「未来の学び」実現へ GIGAスクール構想推進

日本は諸外国に比べ、教育におけるICT(情報通信技術)の利用が遅れている。次代を担う子どもたちが高度化する知識情報社会を生き抜く力を養うには、ICT教育環境の整備が急務だ。文部科学省は昨年12月、小中学校の児童生徒1人1台のパソコン配備と、校内の通信環境整備などを柱とする「GIGAスクール構想」を打ち出した。ICTを積極的に活用する未来の学びを令和時代の学校教育のスタンダードにすべく、取り組みが加速している。

一体的な支援で環境整備を急ぐ

現代のビジネスにおいて、ICTを利用しないことは考えにくい。日常生活でもスマートフォンなどは手放せなくなっている。ICTを使わない社会が考えられない時代でありながら、日本の子どもたちは学習にICTをほとんど利用していない。

経済協力開発機構(OECD)が2018年に実施した学習到達度調査(PISA)によれば、日本は学校の授業(国語、数学、理科)におけるデジタル機器の利用時間が極端に短く、OECD加盟国の平均を大きく下回っている。他国と比較して、学校外ではオンラインでのチャットやゲームにデジタル機器を利用する子どもが多い一方、宿題や予習・復習のためにインターネットなどを使う割合は低かった。

これからのSociety5.0時代を生き抜くには、問題発見・解決能力を養うとともに、ICTを手段として活用できる力が必要だ。次代を担う人材を育成するため、ICT教育の環境整備は急務といえる。

学校へのICT導入は遅れている。文部科学省によれば、教育用コンピューター1台当たりの児童生徒数は5.4人(19年3月1日現在)にとどまっている。自治体間で整備状況の格差も広がっている。

そこで同省は「GIGAスクール構想」を打ち出し、ハード、ソフト、指導体制の一体的な整備を支援することを決めた。多様な個性を持つ子どもたち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育を全国の学校で持続的に実践することを目指す。

1人1台端末&高速大容量通信

ハード面では、小中学校の児童生徒1人1台のパソコン配備と、端末の利用に欠かせない高速大容量な校内通信ネットワークの整備を支援する。また自然災害や感染症の発生による学校の臨時休業時にも、家庭でオンライン学習などができる通信環境の整備も後押しする。

ソフト面では、デジタル教科書・教材など良質なデジタルコンテンツの活用促進のほか、児童生徒の理解度に応じて問題を出題する人工知能(AI)を活用したドリルなど、デジタルならではの学びの充実を図る。学習用ツールとともに校務のクラウド化も推奨しており、出欠管理や成績処理の効率化など、教員の負担軽減につながることも期待されている。

指導体制では、教育委員会などに全般的な助言を行う「ICT活用教育アドバイザー」のほか、学校におけるICT環境の設計などを担う「GIGAスクールサポーター」、授業計画の作成支援やメンテナンスなどに当たる「ICT支援員」の仕組みを用意。ICT環境の導入から現場での活用までサポートする。

産業界をはじめ、広く協力呼びかけ

萩生田光一文部科学相は、度重なる記者会見において、コロナ禍における緊急経済対策に関連して、「ICTを活用することで、家庭学習も含め、令和時代のスタンダードとして、子どもの学びを保障できる環境の実現に取り組んできた。すべての児童生徒1人1台端末の今年度中の整備、学校現場へのICT技術者の配置の支援、在宅オンライン学習に必要な通信環境の整備等を早期に実現させたい」と宣言。文部科学省では19年度と20年度の補正予算で総額4,610億円を措置し、GIGAスクール構想の実現と同時に、こうした環境にふさわしい指導体制や教育コンテンツの整備充実も図っていく考えを明らかにした。

同省ではGIGAスクール構想の早期実現に向け、様々な取り組みを推し進めている。新型コロナウイルス感染症に対応するための様々な通知等においては、新型コロナウイルス感染症の第二波に備えて、ICTを活用したオンラインによる家庭学習がすべての児童生徒に可能な環境を実現することで学びを保障できるよう、一刻も早くICT環境が整備されることを目指す、としている。

初等中等教育局情報教育・外国語教育課長の髙谷浩樹氏は、学校情報化の目的と概略、適切な学校ICT環境整備などについて紹介する動画アーカイブ(ICT活用教育アドバイザー事務局HP)の中で「端末納入の迅速化、学校や家庭での学びのための高速で安価な通信確保、学校のICT環境の適切な水準での整備と維持管理、全国の学校現場へのIT技術者等の人的支援、個別最適化された学びを支援するコンテンツの開発・普及など、GIGAスクール構想の実現には産業界をはじめ多くの関係者の協力、支援が欠かせない」と期待を寄せた。

タブレットパソコンを使った授業の様子(東京・荒川区)
タブレットパソコンを使った授業の様子(東京・荒川区)

無限に広がる学びの可能性

児童生徒1人1台のパソコンと高速通信環境が整備されることで、未来の学びは大きく変わる。

例えば検索サイトを活用した調べ学習では、課題や目的に応じて一人ひとりが主体的に情報を集め、その情報の真偽を含めて整理・分析する力を養うことが期待される。より実践的な情報モラル教育にもつなげられる。

文章作成ソフトやプレゼンテーションソフトなどを使えば、長文のリポート作成や、クラスメートと互いの考えを共有しながら学び合うことも手軽にできる。写真、音声、動画などを活用した資料作成や作品制作も可能だ。療養中の児童生徒と教室をつないだ遠隔教育や、外部の専門家との連携、海外との交流なども容易になる。

デジタル教材の活用で、各教科の学びを深めることもできる。工夫次第で、学びの可能性は無限に広がっていく。児童生徒1人1台のパソコンと高速通信環境は、鉛筆やノートと同じ学習の必須アイテムであり、令和時代の学校教育のスタンダードになるだろう。

推進委員会設置 ICT CONNECT 21

教育におけるICTの活用を推進する団体「ICT CONNECT 21」は今年5月、「GIGAスクール構想推進委員会」を立ち上げた。委員会には有識者のほか、ICT教育に必要なパソコンやネットワークなどを提供する企業が多数参加。ウェブサイト「GIGA HUB WEB」を開設し、GIGAスクール構想に関する最新情報や自治体の取り組みなどを集約・発信している。未来の学びのヒントを得られるだろう。

自治体の取り組み(東京・荒川区)

荒川区長 西川 太一郎氏

荒川区長 西川 太一郎氏

——— 荒川区は早くからICT教育の環境整備に取り組んできた。

西川 荒川区は「未来を拓きたくましく生きる子どもを育成する」ことを中長期目標に掲げ、ICTを活用しながら、すべての子どもたちが情報活用能力や思考力、問題解決能力、コミュニケーション能力といった「21世紀型能力」を身に付けられるように教育活動を実践している。これまで普通教室における電子黒板の設置や指導者用デジタル教科書の活用など、ICTの導入を段階的に進めてきた。2014年度には、区内すべての小中学校にタブレットパソコンを導入し、授業などの活用時における1人1台体制を実現。さらに2500台の追加配備を決定し、今年中に完全1人1台体制を達成できる見込みだ。

学びを止めない環境つくる

——— 臨時休校などがあり、子どもの教育機会をいかに保障するかが課題となっている。

西川 タブレットパソコンでの学習に慣れていたことが、臨時休校に伴う家庭学習にも生きたと感じている。デジタルドリルなどの教育コンテンツを活用したり、ビデオ会議サービスを活用してオンラインホームルームを開く学校が多く見られた。授業の動画を配信する例や、ライブ授業に挑戦した中学校もあった。どのような状況でも、ICTを積極的に活用し、学びを止めないことが大切だ。

ビデオ会議サービスを利用してオンラインホームルームを実施
ビデオ会議サービスを利用してオンラインホームルームを実施

——— パソコンや通信環境がない家庭への学習支援は。

西川 家庭に通信環境とパソコンなどの端末がある場合はそれを使ってもらい、通信環境はあっても児童生徒が使える端末がない場合は学校のタブレットパソコンを貸し出した。通信環境も端末もない家庭には、Wi-Fiルーターと学校のタブレットパソコンをセットで貸し出している。家庭の状況にかかわらず、すべての児童生徒に教育の機会を提供することが肝心だ。そのために、スピード感を重視して柔軟に対応している。

——— 教育における今後のICT活用の方針は。

西川 荒川区の子どもたちは、鉛筆を使うのと同じように、タブレットパソコンを使いこなして勉強している。これこそ未来の学びの姿。今後は学校内での使用に加え、家庭学習での利用も想定した運用の仕組みを考えていきたい。