危機感から始まった、経営改革としての三菱マテリアルのDX <対談>三菱マテリアル CDO 亀山満氏×グロービング 代表パートナー 輪島総介氏危機感から始まった、経営改革としての三菱マテリアルのDX <対談>三菱マテリアル CDO 亀山満氏×グロービング 代表パートナー 輪島総介氏

提供:グロービング

創業150年を超える三菱マテリアルが今、全社を挙げてデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいる。事業構造改革から業務効率化、人材活用など約20のテーマを設定し、6年間で400億円超をかけた大きなプロジェクトだ。このDXをリードする同社の最高デジタル責任者(CDO)である亀山満氏とプロジェクト全体をとりまとめるコンサルティングファーム、グロービングの代表取締役 代表パートナーの輪島総介氏に、これまでの経緯や現状、今後の展望などについて話を伺った。

約20のテーマに絞り込んで
目指す姿を具体化

――2020年にDX推進本部を発足して取り組みを開始しました。その背景には何があったのでしょうか。

亀山 大きく2つありました。一つは危機感です。当時、競合他社、特に欧米などでは既にDXによって全体最適化が進んでいました。当社もデジタル化を進めていましたが、個別の取り組みになっていました。

亀山 満 氏
三菱マテリアル株式会社 最高デジタル責任者(Chief Digital Officer) 亀山 満 氏

 そんなときに新型コロナウイルス禍で業績も大きな影響を受け、主力のプロダクト型事業の売り上げが落ち込む中でDXにどう取り組むか、毎週のように議論しました。循環型社会や脱炭素社会への対応が求められるなど世の中の変化の加速、そして競合は既にDXに取り組んでいてコロナ禍でも着々と施策を進めている状況。当社の置かれている状況の深い理解が進む中で、「今、手をつけなければ追いつくことができなくなる」という危機感を全経営陣で共有し、DXを断行して事業構造や仕事のやり方を変革するしかない、という結論に至りました。

 もう一つは、DXは「経営改革の重要施策」ということです。当時、経営改革としてグループの経営形態のあり方(CX)、人事制度改革(HRX)、ものづくりの高度化、業務効率化などに取り組み始めており、それらの改革はつながっていて、しかもすべての改革にはデータとデジタル技術を活用が必須でした。「人と社会と地球のために」という当社の企業理念に沿った会社の目指す姿を具現化するための経営改革の鍵はDXにあると位置づけました。

――どのようなプロセスでDXへの取り組みが始まったのでしょうか。

亀山 2020年4月にDX推進本部を設置した後、半年かけて何に取り組むかを詰めました。日々、各事業や部門の方々と仕事のやり方や事業の向かうべき方向を議論する中で見えた課題に対し、DXの必要性、他社のDXの取り組みなどを加えて、毎週、役員会議で共有・議論し、さらに役員合宿を経て、「顧客接点強化」「プロセス連携」「経営スピードアップ」などの視点からやるべきテーマを絞り込み、6年間の取り組みの骨格をつくりました。これをMMDXと名付け、20年下期以降全社に説明しつつ、さらに目指す姿の具体化や必要なリソースの準備、実行計画の策定などに取り組みました。 

輪島 私はコンサルタントとして構想段階から関わっていましたが、経営幹部の皆さんの本気度がひしひしと伝わってきて、これはすごいプロジェクトになると確信していました。

輪島 総介 氏
グロービング株式会社 代表取締役 代表パートナー 輪島 総介 氏

複数のコンサルファームを
どうマネジメントするのか

――課題はどんなところにあったのでしょうか。

亀山 課題はいろいろありますが、一番は人材です。当時MMDXを進めるうえでの人材課題は大きく二つあり、一つは専門人材の不足です。当社には各業務分野の専門性を持った優秀な人材がたくさんいます。しかし、デジタル活用の知見をもって大規模なプロジェクトを進めていく経験者は多くありませんでした。当初からデジタル人材の育成はテーマに掲げており、デジタル化教育、ビジネス部門からDX推進本部への人材交流、そして中途社員の採用などを進めていましたが、それだけでは、MMDXに求められるスピード感が出せませんでした。

 そこで外部の専門家に出向などの形でDX推進本部に入ってもらい、内部人材の育成・強化と外部の即戦力人材の活用という2方面で取り組むことにしました。

もう一つは、MMDX全体のプログラムマネジメント体制です。MMDXは全テーマで100を超えるプロジェクトがあり、いくつものコンサルティングファーム、ITパートナーが参画しており、その全体のマネジメント、プロジェクト全体を俯瞰(ふかん)して司令塔の役割をする人材・体制が課題となりました。

 危機感を持った私は、常にアドバイスをいただいていた輪島さんに「中に入って一緒にやってもらえないだろうか」と相談しました。長年コンサルタントとして活躍してきた経験があり、コンサルティングファーム、ITパートナーを束ねる全体マネジメントには適役と考えたのです。

輪島 当時は大手外資系のコンサルティングファームのコンサルタントとして関わっていたのですが、「以前から独立して“(コンサルティングファームにおける自社ビジネスの利害と離れ)より顧客の立場に立って”経営改革を支援する役割を担いたい」と考えており引き受けることにしました。私自身、もっとお客様に寄り添うコンサルタントとして仕事をしたいと考えていたからです。

 このプロジェクトは三菱マテリアルという日本の歴史ある企業を大きく変えていくものでやりがいもありますし、成功させることで他の日本企業の経営改革の手本になる可能性もあります。

 その成功には外部の人材協力が不可欠です。20年以上コンサルタントをしてきた私はコンサルティング業界に幅広い人脈があります。それを生かしハブとして活動することでエコシステムが築けるのではないかと考えました。声をかけてもらったことで自分のやりたいことがクリアになったのです。

(図)三菱マテリアルのデジタル化戦略
(図)三菱マテリアルのデジタル化戦略

強力な「内なる外」の存在が
新たな課題を解決する力に

――それがグロービングの設立につながったのですね。

輪島 2020年11月に亀山さんから相談され、2021年3月にコンサルタント4人でグロービングを立ち上げました。1年たった今は50人が在籍しています。顧客の役に立つサービスをしようという志に賛同して集まってくれたレベルの高いメンバーです。「パーパス経営」の大切さを実感しています。

輪島 総介 氏
カルチャーが変われば強力な推進力が生まれます。これこそが経営改革であり、DXの『X(変革)』なのではないでしょうか(輪島氏)

亀山 2020年7月、第1回目の役員合宿が終わり、大規模なDXに本気で取り組むことが見えたとき、MMDXに関係している全てのコンサルティングファームの方たちと手を組み合って「一緒にやっていこう」と誓い合いました。各社の協力も得て「目指す姿に向かって一緒に動く」現在の取り組みがつくれたことを大変うれしく思っていますし、その中で輪島さんをはじめグロービングの皆さんには、当社の立場に立って、関係するパートナーのハブとなって動いてもらっています。

輪島 内なる外として、各社を巻き込みプロジェクトのハブとして動くうえでも、当社は「システムインテグレーションやアウトソーシングサービスは一切やらない」と宣言しています。当社がやりたいのは顧客の中に深く入り込んで片腕としての役割を果たすことであり、大きなシステムを入れることではないのです。

 それを理解してもらったことで、立場を超えて協力してくれる他社のコンサルタントもいます。当社の仕事を通して長年お世話になったコンサルティング業界に恩返しをしたいという気持ちもあります。

改革をもとに
戻らせないために
もっと踏み込む必要がある

――DXの手応えについてはどう感じていますか。

亀山 当社のDXはプロジェクトの規模が大きくやるべき施策の幅も広いので、まだ先は長いと思っています。既にいくつかローンチしたものもありますが、全体的には今は土台づくりの時期であり、各施策の詰めをする中で、技術面、体制面、コストなど課題も次々と出てきています。

 でも経営改革ですから、進めるにつれて新たな課題が出てくるのは当たり前です。大切なことは常に目指す姿を明確にしてぶれないことです。経営トップのリードで、各テーマ、やるべきことの目指す姿を具体化し、実行にあたってはビジネスとシステムが一体で動いていく体制を築くこと、それを高い専門性を持っているパートナーが単なる外部でなく「内なる外」としてサポートし、チーム一体で動くこと、これがあれば課題を乗り越えていけると考えています。

亀山 満 氏
DXの成功要因は、経営者の本気度と目指す姿の具体化、そして実践組織の確立です(亀山氏)

輪島 歴史のある製造業を営む企業であるため、上意下達の仕事のやり方が当たり前でした。そのカルチャーがDXを進めることで徐々に変わりつつあります。職位や組織を超えて自由闊達に意見が言えるようになり、確実にトップと社員との距離感は縮まっています。

 もともと社員の方たちの能力は高く、それぞれの意見もお持ちです。カルチャーが変われば強力な推進力が生まれます。これこそが経営改革であり、DXの「X(変革)」なのではないでしょうか。

亀山 その通りだと思います。でも歴史ある大きな企業が変わるのは大変です。6年計画を立てて2年間本気でやってきて、まだ5合目あたりでしょうか。自由闊達にコミュニケーションができて、日常的に「データを使いこなす、データでものをいう」企業になるにはまだまだやるべきことがあります。

 私はDXの成功要因は、経営者の本気度と目指す姿の具体化、そして実践組織の確立と捉えています。今、それに向かって動いていますが、手綱を緩めたらすぐにもとに戻ってしまうかもしれません。目指しているのは、さらに50年、100年と続く企業になるための仕事のやり方の見直し・変革です。「人と社会と地球のために」という企業理念のもと、会社の目指す姿を具現化するために、グロービング社をはじめパートナー各社の協力を得てさらにDXを推し進めていきます。

左から亀山満氏、輪島総介氏

亀山満

1980年東北大学工学部卒業後、日産自動車入社。車両実験部、技術システム部などを経て1995年からITを活用した全社業務改革プロジェクトを担当。2000年企画室にて車のIT適用プロジェクトのリーダーに。05年中国合弁企業のCIO、グローバルマーケティングシステム部長などを担当し、12年に資生堂入社。資生堂では執行役員CIOを務め、グローバルIT戦略を統括。20年2月から現職。

輪島総介

大手自動車会社出身、Accenture Strategy Managing Director、PwCコンサルティング Transformation Strategy Teamリードを経て現在に至る。2007年からパートナーとして製造業を中心にSCM・調達改革・ERP導入などをリード。11年から戦略本部に転籍し、大手自動車会社でCASE戦略を担当、また総合電機、素材系産業で事業、DX戦略など、数多くのプロジェクトを成功に導いてきた。

ページトップへ