博報堂DYホールディングス企業講演リポート 新たな価値へ 人とAIが共創

広告会社の博報堂DYグループは広告クリエーティブの制作に生成AI(人工知能)を積極的に取り入れている。このたび自社開発したクリエーティブプラットフォームを傘下の事業会社が使うことで、各制作プロセスでAIを活用して業務効率を高め、社員は人にしかできない仕事に注力して価値向上につなげる。2024年2月に開催した「NIKKEI生成AIシンポジウム」(主催=日本経済新聞社)の企業講演に同グループの安藤元博取締役常務執行役員CTO(最高技術責任者)が登壇。「新たな価値の創出に向け、人とAIは共創していく関係だ」と強調した。

短納期・大量制作対応の先へ

広告ビジネスはデジタル環境の進展によって、以前にも増して活況だ。短納期で大量の制作物を作成し、PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回す業務対応が必要になってきている。これは言うまでもなく重要で当たり前の対応だが、その上で私たちは「人間にしかできないこと」にいかにリソースを振り分け、より進化した仕事ができるかが大事だと考えている。

そのため私たちは2年前にグループ横断の研究開発組織「Creative technology lab beat」を設立。クリエーティブ業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)を行うソリューションの社会実装を進めている。24年度にクライアントとともに最先端の事例をつくると同時に、我々自身のワークスタイル変革の先行事例をつくっていく。

私たちが持つのは、人とAIが共創するクリエーティブプラットフォームの考え方だ。デジタルマーケティングにおける広告制作は短納期・大量生産のワークプロセスになっており、人の力だけでは短期的なマーケティング目標を達成することが難しい。そのため、まずはAIやテクノロジーの力を借りて今のクリエーティブ業務を自動化・効率化することが重要だと考える。

安藤 元博氏 博報堂DYホールディングス 取締役常務執行役員CTO
安藤 元博氏
博報堂DYホールディングス
取締役常務執行役員CTO
博報堂DYグループ横断研究開発組織

価値創造につながるクリエーティブ

ただ、話はここでは終わらない。広告クリエーティブには大きく2つの領域がある。一つは効率を上げるためのクリエーティブ。もう一つは価値創造につながるクリエーティブだ。

効率を上げるクリエーティブはデジタル広告のクリックを最大化する、あるいはデジタル上の行動を最適化するための領域だが、そうした固定的なゴールに対して効率化というアプローチを行うと決めた瞬間、「誰がやっても同じ」「差がつかない」という効率化の限界がやってくる。そのため、より広い意味で自分たちのブランドや商品価値を高める、価値創造につながる広告クリエーティブが必要になる。

AIを使った私たちのクリエーティブソリューションが目指すのは、単に自動化や効率化にとどまらない。新たな価値づくりにつながるカギは人であり、クリエーターだ。博報堂DYグループは質の高いクリエーティブチームを育て有しているが、彼らがクライアントや生活者、社会に対していかに質の高い仕事を届けられるかが本当のチャレンジだと考えている。

クリエーティブプラットフォームを開発

私たちはまず、デジタル領域におけるクリエーティブプラットフォーム「Creative Table PING-PONG」というソリューションを開発した。

PING-PONGが目指すものは①クリエーターがAIを自分の手足のように使える環境づくり②AI活用によるクリエーターの発想力・選定力のスキルアップ③クリエーティブ制作工程のDX化によるスピード・量産力のアップ④クリエーターの意見を第一にした継続的なプラットフォーム改善――の4つだ。

PING-PONGは、デジタルクリエーティブのプロセスの至るところで、生成AIを含むAIを活用している。例えば広告の対象者のプロフィルや行動をクリエーターと生成AIとの対話の中で解き明かす、あるいは広告テキストを自動的に生成したり、効果を予測する。これらのAI制作アシスト機能「H-AIシリーズ」は22年にローンチし、モジュールとして機能させている。制作工程の管理もSlack (スラック)やクラウドストレージと連携しながら動かしていくシステムを構築している。

これらを博報堂DYグループ各事業会社に順次導入し、“人とAIが共創するプラットフォーム”を構築していく。質の高い広告クリエーティブをつくるのみならず、従業員満足度を高めていくことにもなるだろう。

CREATIVE TALE PINGPONG

人とテクノロジーは共進化

データが蓄積され、テクノロジーが進化して自動化が進むと効率化は進むが、働くことの本当の価値も創造性も生まれない。最も重要なテーマは人とAIの共創だ。

人と技術の関係性については、「人ができることは全てAIなどの技術に置き換えられてしまうが、効率化が進むならそれでいい」もしくは「人こそが重要であり、テクノロジーは道具にすぎないのだからうまく使いこなせばいい」という考え方がある。双方は極論であり、正しくないと私たちは考えている。

テクノロジーは元々、人の歴史とともにあった。火、文字、石器、羅針盤、印刷術などは全てテクノロジーだが、人の歴史の中にテクノロジーの進化は常にあり、人と「共進化」してきた。技術は人から生まれたが、同時にその技術こそがまた「人」を生んでいる、「人らしさ」を新たにつくってきたという側面もある。進化した人が新たな技術を生み、その技術がまた人を変えていく。

人の生には必然領域と偶然領域の2つの側面がある。必然領域は確率的な生で、技術知やエンジニアリング、サイエンスが対応する。一方、偶然領域はストーリー的あるいは再起的・一回的な生で、同じことは二度と起こらない。人文社会知やアートはこの偶然領域から生まれてくるのだ。この2つの生をいかに止揚するかこそが重要なテーマとなる。

生とビジネスの二面性

博報堂DYグループが培ってきたクリエーティブの企画力を最大限に高め、クライアント企業、生活者、社会に提供していくため、先ほど紹介したデジタルクリエーティブのプラットフォームは第1段階と考えている。第2段階として、私たちのノウハウを生成AIとの対話によってより高め、企画力・発想力を支援するソリューションのプロトタイプをつくっており、近いうちにリリース予定だ。

人とAIが融合する未来は、生活者一人ひとりの個性が際立つ、“粒違い”な社会になっていくだろう。多様な人々が前向きな思いでつくり上げていく体験や生活が増えることで、様々なアイデンティティーを持った人を許容する社会が実現するはずだ。