人的資本調査2023受賞企業発表

先進企業8社の取り組みに見る
企業価値を高める
人的資本経営

提供:人的資本調査2023事務局(MS&ADインターリスク総研株式会社)

「人的資本経営」は、上場企業に対して有価証券報告書での開示が義務付けられており、今や企業活動において決して無視できないものとなっている。そうした中、このほど200社を超える上場企業等を対象に実施された「人的資本調査2023」において、優れた人的資本経営・開示の取り組みを行っている「人的資本リーダーズ2023」ならびに「人的資本経営品質2023」の受賞企業が決定。受賞企業の代表者と選考委員が参加する表彰イベントが実施された。受賞企業はなぜ評価を受けたのか、各社の取り組みや日本企業における人的資本の現状について紹介する。

上場企業233社が参加、国内最大級の「人的資本調査2023」

人的資本調査2023は、2023年9月25日~12月15日に上場企業を中心とする233社に対して実施された、人的資本経営と開示の両面に関する企業・団体などの取り組み状況を把握する国内最大級の大規模調査である。「人材版伊藤レポート2.0」(経済産業省)や「人的資本可視化指針」(内閣官房)を参考としながら、独自の評価フレームワークを用いていることが特徴だ。

「人的資本可視化への第一歩」をテーマとして初開催された人的資本調査2022を受けて、2回目となる今回は「企業価値向上に向けた本質的な取り組み推進」にテーマを一新。

学識経験者で構成された選考委員による審査が行われ、優れた人的資本経営・情報開示への取り組みが認められた8社が「人的資本リーダーズ2023」に選出された。また、人的資本調査の回答結果を定量分析し、人的資本経営・開示の取り組みが高水準で実践されていると認められた企業を「人的資本経営品質2023」に選出。最も取り組み水準が高いと認められた16社が「ゴールド」、次いで取組水準が高い19社が「シルバー」として選定された。

「人的資本リーダーズ2023」受賞企業8社の取り組み

ここからは、人的資本リーダーズ2023に選ばれた8社の取り組みを紹介したい。今回の評価カテゴリとしては、「ガバナンスとリスク管理」「経営戦略と人材戦略の連動」「人的資本投資による事業拡大への期待」「従業員及び労働市場への訴求」の4テーマがあり、各テーマにつき選考委員より2社コメントをもらった。以下に4名の選考委員のコメントとともに各社の代表的な取り組みを紹介する。

Index

ガバナンスとリスク管理

エーザイ株式会社

人的資本の取り組みを企業の定款にて明示

2022年5月に発出された人材版伊藤レポート2.0を受け、エーザイでは2022年6月の定時株主総会において、定款に「人権および多様性の尊重」、「自己実現を支える成長機会の充実」、「働きやすい環境の整備」を追加。あわせて、経営戦略と連動する人事戦略として統合人事戦略を策定。2023年には、国内製薬産業として初となる人材情報に特化した報告書「Human Capital Report」をリリースしたことも特徴的だ。

選考委員のコメント

「PBRショックという言葉が示すように東証の上場基準が厳しくなり、ガバナンスへの注目度が上がる中、人的資本への取り組みを企業の憲法とも言える定款に記載した点は素晴らしいです」(松田氏)

KDDI株式会社

人材のリスク管理に経営レベルで注力

「人財ファースト企業への変革」をキーワードに、多様なプロ人財の活躍とエンゲージメント向上を目指すKDDI。新卒・中途採用において初期配属領域を確約する「WILLコース」、自立的なキャリア形成の機会を拡大していくことを意図した「社内公募制度」、キャリア形成を実践する場として「社内副業制度」などの拡充を進めている。また、リスク管理や従業員への手厚い取り組みを仕組み化している点も特徴だ。

選考委員のコメント

「リターンを追求すれば必ずリスクは出るものですが、CFOを中心とした統括体制を構築し、経営レベルでリスク管理を行っている点はユニークです」(松田氏)

経営戦略と人材戦略の連動

株式会社日立製作所

30万人を超えるグローバルな人材マネジメント

「人財は経営の根幹であり、経営戦略の達成手段」と位置付ける日立では、2010年から経営戦略の変革とあわせて人財戦略の変革を開始。売り上げ比率の60%以上を海外が占める同社では、グローバルな成長に向けた事業戦略と人財戦略の連動強化を進めている。また、人的資本の活用に関して、3つの分野「デジタル人財の確保・育成」「従業員エンゲージメント強化」「Diversity, Equity & Inclusionの推進」にKPIを設定し、社内外のステークホルダーに開示している点も特色だ。

選考委員のコメント

「海外を含め30万人を超える人材を有する日立グループで、10年以上にわたって継続的に人的資本経営を進め、グローバルなマネジメントを実践しているのは特筆すべき点です」(岩本氏)

日東電工株式会社

チャレンジをKPIで定量化して文化醸成

2030年のありたい姿として、“なくてはならないESG企業”を掲げる日東電工。その実現に向け、人的資本経営を推進していくために、技術、製造、販売、管理が一体となった事業展開に取り組んでいる。その中で、小集団活動への参加や新規事業創出などの「自分起点チャレンジ」と、海外赴任や事業部間をまたぐ異動などの「会社起点チャレンジ」の合計を社員数で割った「チャレンジ比率」を数値化し、チャレンジする人材を支援する独自の文化醸成の取り組みが受賞につながった。

選考委員のコメント

「チャレンジ比率をKPIに設定し、チャレンジを楽しめる企業文化を醸成することが、新商品の開発やイノベーションにつながっていることを評価させていただきました」(岩本氏)

人的資本投資による事業拡大への期待

シスメックス株式会社

独自の「付加価値生産性」をKPIに設定

人的資本投資を長中期の投資と捉えるシスメックスでは、アウトプットKPIとして「付加価値生産性」を設定。人件費、減価償却費、営業利益を足し合わせた「付加価値額」を期中平均社員数と1人当たり平均総労働時間掛け合わせた「労働量」で割った数値を算出し、社内外のステークホルダーに開示している。付加価値生産性を従業員のボーナス算定に用いることで、エンゲージメントを高めることに成功している点も注目だ。

選考委員のコメント

「事業拡大を遂げる中、長期的な人的資本のモニタリングをデータドリブンで行っていることに着目しました。定量データで人的資本ROIを把握し、成長性と負荷増大によるエンゲージメント低下のトレードオフを解決している点は、人的資本経営の模範となる事例です」(谷口氏)

双日株式会社

多様性、挑戦、成長実感の3つが人材施策の柱

「New way, New value」をグループスローガンに掲げる双日。人材戦略では、2030年の目指す姿として「事業や人材を創造し続ける総合商社」を設定。(1)多様性を「活かす」(女性活躍推進、デジタル人材育成など)(2)挑戦を「促す」(新規事業創出プロジェクトなど)(3)成長を「実感できる」(指導員・メンター制度など)を人材戦略の柱としながら、多様性と自立性を備える「個」の集団づくりを進めている。一方、人的資本の情報を積極的に開示しながら対話を深めることで、さらなる人材戦略の強化を進める姿勢も評価された。

選考委員のコメント

「人が資本である商社のビジネスにおいて、改めて人と事業のつながり、人と戦略のつながりを見直し、人的資本経営に磨きをかけた企業であると評価しました」(谷口氏)

従業員及び労働市場への訴求

ユニ・チャーム株式会社

幹部人材を育てる手厚い教育

SDGs(持続可能な開発目標)の実現をパーパス(存在意義)とするユニ・チャームでは、人材育成において現場の知恵を経営が学び、経営の視点を現場が学ぶ経営手法である「共振の経営」を実践している。同社では、幹部候補社員への育成プログラムやOJTを主軸とした手厚い教育を行いながら、公募制度、戦略担当秘書制度(社長のカバン持ち)などを実施。仕事を通じて成長を実感できる環境を整備している。

選考委員のコメント

「企業内で幹部人材を育てる教育投資がしっかりしている点を重視しました。自前で企業文化に合う社員を育てたい企業にとって好事例になるのではないでしょうか」(大木氏)

株式会社SHIFT

エンジニアのLTVを独自指標で分析

会社経営を街の運営と考え、人口を増やし、全員を輝かせ、流出を最小化することを人的資本経営の目標とするSHIFT。事業を支えるエンジニアを「人的資本」と捉え、LTV(Life Time Value)を最大化するための投資を独自指標で分析。明確な基準と自ら成長する機会を準備することで、従業員の成長を事業の成長につなげる仕組みを構築している。同時に一人ひとりが成長を実感できる環境は、定着率の向上にも寄与している。

選考委員のコメント

「LTVの数値でエンジニアへの人的投資を測定しながら、会社の進むべき方向性と人的資本を的確に結びつけている点を評価しました」(大木氏)

「三位一体の労働市場改革」日本経済の成長の原動力に

平嶋 壮州

厚生労働省
参事官(総合政策統括担当)

表彰式に続いて、厚生労働省 参事官の平嶋 壮州氏が登壇し、特別講演「三位一体の労働市場改革について」が行われた。少子化による労働力不足が社会課題となる中、平嶋氏は「一人ひとりがキャリアを選択しながら社内外で通用するスキルを磨き生産性を高めていくことと同時に、労働移動しやすい環境を整備することこそが、日本経済の成長につながっていきます」と強調する。その中で厚労省が掲げるのが、「三位一体の労働市場改革」だ。この三位一体の3つの要素とは、「①リスキリングによる能力向上支援」、「②個々の企業の実態に応じた職務給の導入」、「③成長分野への労働移動の円滑化」を指す。

また、具体的なアプローチとしては、賃上げ・労働生産性向上に向けた支援の充実などによる「生産性向上」、同一労働同一賃金の取組強化などによる「非正規雇用労働者の処遇改善」、仕事と育児・介護の両立支援等による「労働参加率向上」、事業再構築などに必要な人材確保に対する支援などによる「マッチング強化」、雇用保険の適用拡大などによる「セーフティネット強化・就業環境改善」を挙げた。こうした取り組みを通じて、持続的な成長と分配の好循環を生み出していく厚生労働省の姿勢を強調し、平嶋氏は講演の幕を閉じた。

有価証券報告書における人的資本開示の好事例

面谷 将広

金融庁
企画市場局企業開示課
課長補佐

2023年に有価証券報告書における「サステナビリティ情報」の記載欄が新設され、人的資本の開示が義務付けられた。また、あわせて「従業員の情報」記載欄において、女性管理職比率、育児休業取得率、男女間賃金格差に関しても記載が求められている。そうした背景を踏まえて、金融庁 企画市場局企業開示課 課長補佐の面谷 将広氏による特別講演では、記述情報の開示の好事例集が紹介された。

上記の事例集には、各社の「投資家・アナリスト・有識者が期待する主な開示のポイント」および「好事例として取り上げた企業の主な取り組み」などが記載されている。その中から、面谷氏はNTTデータ、丸井グループ、三井住友トラスト・ホールディングスの3社に言及した。

「本事例集の活用を通じて、各企業の有価証券報告書の人的資本の開示内容について、より一層の充実化が図られることを期待しています」と話す。最後に面谷氏は、人的資本投資は持続的な価値創造の基盤であり、その開示は投資家に対して中長期的な企業価値を示す上で有用であると訴え、講演を終えた。

取り組みレベルは向上するものの
「人事システムの統合的管理」には課題も

最後に、今回の人的資本調査2023の調査で明らかになった人的資本経営に関する動向を総括したい。

今回の調査では、「4分の3の企業で、人材戦略の可視化に経営トップが関与し自ら発信」「過半数の企業が、企業価値向上に向けたストーリーの構築を実施」など、前年の調査と比較して、取り組みレベルが向上している項目が大半となった。

また、「多様で柔軟な働き方」の実現に向けた環境整備も、企業にとって必須のミッションとなっている傾向がうかがえる。一方、「人事システムの統合的管理」の取り組みレベルは向上せず、KPIの設定・可視化、人材ポートフォリオの運営、財務指標との分析など、データドリブンの人事施策に関しては課題が残る結果となった。

企業が重視している項目に関しては、前回に比べて「ダイバーシティの重視度」が高まっていることが明らかになった。また、人的資本開示の取り組み度合いは、投資家と定期的に対話を行っている企業ほどが高いといった相関が見られた。

以上、ここまで人的資本調査2023の概要に触れてきたが、本調査では参加した全企業に取り組み状況を可視化した簡易診断レポートを返却しており、自社の取り組み水準を、全国平均や同業他社などと比較することができる。同調査は今後も継続実施の予定ということなので、自社の人的資本経営の現状分析を行い、取り組みを強化していきたい企業は参加を検討されてはいかがだろうか。

「人的資本リーダーズ 2023」受賞企業(五十音順)

人的資本リーダーズ2023

  • エーザイ株式会社

  • KDDI株式会社

  • シスメックス株式会社

  • 株式会社SHIFT

  • 双日株式会社

  • 日東電工株式会社

  • 株式会社日立製作所

  • ユニ・チャーム株式会社

「人的資本経営品質 2023」(五十音順)

  • エーザイ株式会社
  • NECソリューションイノベータ株式会社
  • 株式会社オービック
  • オムロン株式会社
  • KDDI株式会社
  • 株式会社コトラ
  • シスメックス株式会社
  • 株式会社SHIFT
  • 双日株式会社
  • 大日本印刷株式会社
  • ディップ株式会社
  • 東京電力ホールディングス株式会社
  • 日東電工株式会社
  • 株式会社日立製作所
  • ユニ・チャーム株式会社
  • 株式会社リンクアンドモチベーション
  • 稲畑産業株式会社
  • EIZO株式会社
  • NECネッツエスアイ株式会社
  • 株式会社NSD
  • 小田急電鉄株式会社
  • 株式会社カオナビ
  • 株式会社山陰合同銀行
  • 株式会社常陽銀行
  • 大成建設株式会社
  • 太平洋セメント株式会社
  • TIS株式会社
  • 日清食品ホールディングス株式会社
  • パナソニック コネクト株式会社
  • バリュエンスホールディングス株式会社
  • 株式会社ベルシステム24ホールディングス
  • 三菱マテリアル株式会社
  • 株式会社ゆうちょ銀行
  • 株式会社りそなホールディングス
  • 株式会社リハス
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