コロナ禍で加速する「医療×IT」データで強化する新しいヘルスケア・ライフサイエンスの形コロナ禍で加速する「医療×IT」データで強化する新しいヘルスケア・ライフサイエンスの形

提供:日本IBM

新型コロナウイルス感染症(以下新型コロナウイルス)との闘いはこれからも続くことが予想される。今後もワクチンや治療薬といった医薬品の開発、正確な感染情報の提供、オンライン診療の普及などヘルスケア領域での継続的な強化活動が求められる。今回の大きな変化を受けてより明確になったのが、ヘルスケア・ライフサイエンス分野におけるIT活用が必要不可欠であるということだ。今、日本、そして世界ではどのような取り組みが行われているのか。今後の動向も踏まえた「IT×ヘルスケア・ライフサイエンス」の最前線について、日本IBM GBS事業本部 ヘルスケア&ライフサイエンス・サービス事業部で責任者を務める金子達哉氏に聞いた。

新型コロナウイルスで加速するオンライン診療の導入

 政府によるオンライン診療での初診の解禁の追い風もあり、2020年4月、コロナ禍の最中に東北地方のある自治体の医療機関によるオンライン診療が本格的に始まった。地元の医師会と薬剤師会が協力し、各市町村の医療機関で定期的に受診する患者は、手持ちのタブレット端末やスマートフォンを使って医師の診察が受けられる。自宅にいながら医師の診察が受けられることで、高齢者や妊産婦、基礎疾患を持つ患者の新型コロナウイルス感染予防にもつながる取り組みとして注目されている。

 こうした取り組みは、今回のコロナ禍で突然始まったものではない。同自治体のオンライン診療に専用アプリを提供している日本IBMの金子達哉氏は「これまで目指してきたことが、新型コロナウイルスの広がりによって一気に加速していると感じています」と語る。

金子達哉氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
GBS事業本部
ヘルスケア&ライフサイエンス・サービス事業部
金子達哉

 日本IBMがオンライン診療の実証事業を開始したのは昨年のことだ。2020年4月のオンライン診療がスタートしてから約1カ月後の5月には9つの医療機関がオンライン診療に対応し、数百人の市民による利用実績も出ている。すでに技術的には実用可能だったオンライン診療が、新型コロナウイルスをきっかけに社会実装されたのである。

 今後のオンライン診療の方向性として、2つの利便性向上を挙げる。「まず、患者目線では、自宅にある端末が医療機関との接点となり、その端末を通じてご自身の身体データを収集、診断に生かすことができる。例えば、音声、表情、身振り、歩き方、さらには、今日はちょっと調子がいいな、というような発言内容も、デジタル化され、医師のより的確な診療を得ることを助ける。オンライン診療の仕組みは、通院の日だけでなく、日々の生活の変化も含めた病気の予兆、進行度合いの把握に役立てることができると考えています」。そしてこの仕組みは、医師の手助けにもなる。日々業務に忙しい医師に代わり、事前に情報を収集、解析がされることで、一人一人の診察品質の向上だけでなく、診察時間の短縮にもつながる。

 「IBMの場合、様々な大学や医療機関と共同研究をさせていただいている基礎研究所を持っています。この医学的根拠に基づいたデータ解析ができることは私たちの強みであり、今後より進展させたいと思っている点です」

金子達哉氏

「これまでの医療は発症してから治療するというもので、予防医学も画一的な枠組みに個人が従うスタイルでした」

 また、高齢化社会の進展に伴い、健康寿命の延伸が求められている中で、医療に対する考え方のシフトが求められている。

 「これまでの医療は発症してから治療するというもので、予防医学も同じ発想で行われてきました。各個人のデータを踏まえ個別最適化したアドバイスを行うことができれば、発症を少しでも緩やかにすることができるのではないかと考えています」と金子氏はその狙いを語る。

創薬の現場に必要とされるIT

 創薬の現場では新型コロナウイルス対策として、ワクチン・薬剤の研究開発が進んでいる。新型コロナウイルスに有効な化合物の探索など、ときに膨大な組み合わせの中から答えを見つけ出さなければならない。また、感染拡大に伴って生じる大量のデータからも必要な情報を利活用していくことが求められる。そこで必要になるのがITの力だ。

 治療や創薬にITを活用する取り組みは数多く行われている。IBMの研究開発組織である東京ラボでは、研究部門である東京基礎研究所ならびにデザイン・シンキング、アジャイル開発を通じたDX推進支援を行うIBM Garageが中心となって、医療研究者向けのWebアプリケーションをリモートワーク環境下で開発した。このアプリケーションでは、公開されている新型コロナウイルスのゲノム情報を元に、遺伝子変異の状況を可視化し、医療研究者が必要とする統計的な遺伝子変異データを提供している。遺伝子変異の状況を知ることは、感染経路の推定などを可能にするだけでなく、ワクチンの開発などにおいても重要である。

 また米国では、ITを使って新型コロナウイルスに立ち向かおうという官民連携の取り組みが行われている。それが「COVID-19 ハイパフォーマンス・コンピューティング コンソーシアム」である。米国エネルギー省の研究機関、マサチューセッツ工科大学などの学術機関、IBM、アマゾン、グーグル、マイクロソフトなどの産業界のリーダーが結集し、世界有数のコンピューティング資源を無償で提供している。

 この活動に投入されているのが、世界最高性能を誇るIBMの最新のスーパーコンピューター「Summit(サミット)」である。実際にSummit上でシミュレーションすることで、感染プロセスに影響を及ぼし得る化合物のモデルの作成にも成功している。

Summit(サミット)

IBMの最新のスーパーコンピューター「Summit(サミット)」

開かれたプラットフォームが医療の世界を変えていく

 金子氏は「米国のヘルスケア分野におけるIT活用の根底にあるのは、ITはあくまで“課題解決のための一手段、ツール”としての位置づけです。IT以外の複数の機能を組み合わせて使うことを基本としています」と指摘する。対して日本は、「AIなどのテクノロジーだけに頼ろうとしている印象があります。ITだけでは全ての課題を解決できません。そのメリットを引き出すための包括的仕組みが重要なのです」と話す。

 例えば、冒頭で取り上げたオンライン診療。医療はオンライン診療だけで完結するものではない。対面の診療でなければわからないこともあり、手術が必要なこともある。薬の処方も必要だ。こうしたことから見えてくるのは、患者を中心に置いてデータを共有するプラットフォームの必要性だ。

 「今の課題は、全体をつなぐプラットフォームがないことです」と金子氏は語る。プラットフォームとは、病院と病院、病院と薬局、医療機関と学術機関をつなぐ仕組みだ。それがないためにデータで各機関をつなぐことができず、現場に過負荷をかける悪循環に陥ってしまう。

 しかし、今回の新型コロナウイルス対策をきっかけにこうしたプラットフォーム構築への機運が高まっていることは間違いない。自治体が核となって取り組みが進み、全国をつなぐプラットフォームへと広がっていく可能性はある。そのベースとなるのはデータであり、技術を使って効率的にデータを管理、解析することができるようになる。そこにヘルスケア・ライフサイエンスにおけるITの明確な役割がある。

金子達哉氏

「プラットフォーム上にあらゆるデータが蓄積され、様々なサービスが展開され、必要に応じて選択できる形が理想型です」

 「プラットフォームは1社の力ではできません。オープンでセキュアなプラットフォームに様々なステークホルダーが集まるエコシステムが必要です。そのプラットフォーム上にあらゆるデータが蓄積され、様々なサービスが展開され、必要に応じて選択できる形が理想型です。技術的には、データ管理も含めて実現可能な状態です。スピード感は確実に加速しています」と金子氏は語る。

 今、ヘルスケア・ライフサイエンスの世界はこれまでの枠組みを超えて大きく変容しようとしている。日々その変化を目にすることを期待したい。

※この取材は5月にリモートで実施しました。文中の写真は本人撮影です。

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