産総研とIBMの共創が社会にもたらすインパクト カーボンニュートラルのための技術をデータ分析とシミュレーションで社会実装へ産総研とIBMの共創が社会にもたらすインパクト カーボンニュートラルのための技術をデータ分析とシミュレーションで社会実装へ

提供:日本IBM

左より山崎一孝氏、本田智則氏、小澤暁人氏左より山崎一孝氏、本田智則氏、小澤暁人氏

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)は、2020年にゼロエミッション国際共同研究センターを設立した。同センターはカーボンニュートラル社会の実現を目指し、政府の「革新的環境イノベーション戦略」のもと、CO2排出削減を強化するために必要なイノベーション創出を目的として、関連する環境イノベーション基盤研究を実施しており、社会実装に向けたシナリオづくりなどにも取り組んでいる。そこで活用されているのがIoT(Internet of Things)やHEMS(Home Energy Management System)から得られた膨大なセンシングデータの解析に用いられている先進のデータ分析基盤だ。これらのデータ活用が同センターの研究活動や社会にどのようなメリットをもたらすのか。産総研と日本IBMのキーパーソンに話を聞いた。

技術を生み出すだけでなく、
その社会実装を実現する

――ゼロエミッション国際共同研究センターの役割や目的は何でしょうか。

本田 当センターはカーボンニュートラル技術の研究拠点として、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰をセンター長に迎え2020年に発足しました。米国やヨーロッパなど世界各国の研究機関とも連携しながら、カーボンニュートラル社会実現という地球規模の課題に国際的に協調しながら取り組んでいます。

本田智則氏
国立研究開発法人産業技術総合研究所
ゼロエミッション国際共同研究センター
環境・社会評価研究チーム 主任研究員
博士(工学)
本田智則

 2050年までにカーボンニュートラル社会を実現することを目指して研究開発していますが、カーボンニュートラル社会は1つの技術だけで達成できるものではありませんし、どれだけ素晴らしい技術があってもその技術が社会の中に実装されなければカーボンニュートラルは実現できません。そこで、私たちのチームは、こうした新しい低炭素技術をどのようにして社会に実装していくのかを研究する役割を担っています。

小澤 カーボンニュートラルの実現に向けては、脱炭素電源の普及、低炭素な燃料の活用、CO2の除去という3つの技術的な視点があります。現状から見たフォアキャスト(予測)と2050年からのバックキャストの2つのアプローチでこれら技術の組み合わせについてのシナリオを研究しています。

小澤暁人氏
国立研究開発法人産業技術総合研究所
ゼロエミッション国際共同研究センター
環境・社会評価研究チーム 主任研究員
博士(環境学)
小澤暁人

――社会実装に向けたシナリオはどのようにつくり上げていくのでしょうか。

本田 IoTのデータやHEMSからの膨大なセンシングデータを分析することで、開発した技術が社会に受け入れられているのか、想定通りに利用されているのかという実態が見えてきます。それを踏まえて社会がより受けやすい形で技術を社会実装していくシナリオを描いていきます。

 例えば、住宅にソーラーパネルを設置して自家消費すると、「自分たちがつくった電気である」と考えて電気を使うことに抵抗がなくなることでリバウンド効果が見られ、かえって消費電力量が増えてしまう傾向が出てきます。それを把握したうえで、蓄電池の導入や新たな制度を設計することで行動変容を促せないかということを考えていきます。

図:ゼロエミッション化の実現に向けたデータ活用基盤の整備

膨大なデータを扱うための
集合知解析基盤を構築

――「データ解析」についてはどのように取り組んできたのでしょうか。

本田 以前は数千件規模のアンケート調査などを行って人々が低炭素技術をどのように受容しているのかを分析していたのですが、2010年代に入りIoT機器やHEMSが普及したことで状況が一変しました。アンケート調査ではある一時点の「主観的な価値観」しか分析できなかったのですが、HEMSなどのセンシングデータは1時間単位のような刻々と変化する人々の行動を詳細に分析できるようになりました。ただ、問題はデータ量でした。1万世帯の消費電力データを24時間365日1時間ごとに1年間収集すると8760万レコードになり、10年分で10億近いレコードになります。

 汎用的なデータベースでは、インデックス設計をきちんとしていない状態では約1億レコードを超えるとパフォーマンスが低下します。定型的な業務利用であればインデックス設計をしっかりと行って運用するのが定石ですが、研究利用では試行錯誤の繰り返しであるため事前にインデックスをしっかりと設計することはできません。そのため、比較的簡単な分析を行うのに数週間を要するようなこともありました。

小澤 学会発表に向けて統計処理をかけて失敗でもしたら、丸々1週間をロスしてしまいます。このような事態は目も当てられないのでとても緊張感がありました。

本田 研究というのは試行錯誤の連続です。仮説を立てて検証し、結果を見て次の仮説を立てていくわけですが、システムの計算能力がその障壁になっていました。

――その障壁をどのようにして乗り越えてきたのでしょうか。

本田 2020年にIoTデータの取り扱いに特化した「IBM Netezza(ネティーザ)」を導入し、集合知解析基盤「GAMA」を構築しました。これにより、従来の高性能パソコンでは数カ月かかっていた500億レコードの分析が2時間程度でできるようになりました。

山崎 もともとはデータウェアハウスやビジネス・インテリジェンスといった領域で使われてきた計算機ですが、AI(人工知能)の分野にも使えるようにIBM Cloud Pak for Data Systemと呼んでいるデータ活用基盤で動作するようにバージョンアップされました。IBM Cloud Pak for DataやIBM Netezzaはデータを統合して簡単に利用できるようにするデータ・ファブリックを構築する基盤として使用されています。

 IoTやHEMSから得られた膨大なデータを分析するというニーズに応えられるのではないかとご提案し、実証実験でパフォーマンスを確認していただきました。

山崎一孝氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
テクノロジー事業本部
Data, AI and Automation 事業部 テクニカル・スペシャリスト
山崎一孝
データウェアハウス「IBM Netezza」 データウェアハウス「IBM Netezza」
IoTデータなど大量データ高速処理用データウェアハウス「IBM Netezza (正式名称はIBM Netezza Performance Server)」を導入

ビッグデータを解析して
一人ひとりに合った提案を

――集合知解析基盤のメリットは何でしょうか。

本田 仮説検証が気軽にできるようになったことで、幅広い結果が得やすくなっています。それまではある仮説を検証してみようと思っても計算時間のことを考えると、気が重くなっていました。

小澤 研究をするうえでの緊張感が大幅に減りました。コーヒーを飲んでいる間に計算結果が得られるようになったので、計算にミスがあってもすぐにやり直しできるようになりました。

本田 高速処理ができるメリットも大きいです。以前、住宅の屋根にあるような小規模なソーラーパネルの異常を発電量だけから検知するアルゴリズムを開発しましたが、今はそれをIBM Netezza上で高精度かつ高速に異常を発見するツールとして使っています。

――データ分析によって社会実装は進むのでしょうか。

小澤 全データを使ってシミュレーションができることで引き出せるメリットは大きく違ってきます。今は1世帯あたり1時間ごとの電力需給の25年間分のデータを分析してバリエーションを研究しています。以前は10世帯程度を対象にしていたのが、あらゆる家庭の需給状況を分析できます。今後は成果を論文にまとめて国内外に発表していきます。

本田 従来はサンプリングデータに基づいた平均的なモデルをつくってシミュレーションをしましたが、ここには落とし穴があります。平均的な世帯は計算上設定することができますが、実際にはそういう世帯は存在しない可能性もあるのです。

 しかし、今はそれぞれの世帯に最適な解を提案していくことができますし、それが社会実装を広めることにつながります。例えば、蓄電池のメリットがある世帯を見つけ出して実装を進めれば、蓄電池が普及して価格が下がり、実装する世帯が広がっていくという好循環を効率的に生み出すことができます。技術をそういう観点で議論できるのは、ミクロのデータを扱うことができるようになったからです。

本田智則氏
「今はそれぞれの世帯に最適な解を提案していくことができますし、それが社会実装を広めることにつながります」(本田氏)

利用技術が進化してこそ
研究者は研究に集中できる

――研究活動にはどんな変化がありましたか。

本田 IBM Netezzaの最大のメリットは存在を感じさせないことです。研究者にとって大事なことは研究に集中できることです。

 大学院生時代から使ってきたデータ分析ソフトウェアの「IBM SPSS Modeler」も同じです。研究で試行錯誤をする中でプログラムも常につくり直しますが、いつどんなプログラムを書いたのかを覚えてはいられません。IBM SPSS Modelerであれば数年前に書いたプログラムでも何をしたかったのかが一目で分かります。

小澤暁人氏
「プログラムを理解することでそれまでの研究成果をスムーズに引き継いで自分の研究につなげることができます」(小澤氏)

小澤 他人が書いたプログラムを解釈するのは難しいのですが、IBM SPSS Modelerではどんなプログラムなのかが直感的に分かるので感動しました。プログラムを理解することでそれまでの研究成果をスムーズに引き継いで自分の研究につなげることができます。

――利用技術が進化することで研究自体を深めていくことができるわけですね。

本田 研究者だからといって誰もがプログラミングが得意なわけではありませんし、IT環境を整備することは本来の業務ではありません。IBM NetezzaもIBM SPSS Modelerも、もともとはIBMの製品ではありませんが、買収によってソリューションとして一体化されて提供されていることは研究者にとって大きなメリットです。

 こうしたバックエンドの結合には時間がかかるので、研究の障壁の1つになっています。IBMが使いやすくしてくれれば研究のスピードアップにつながります。

山崎一孝氏
「深層学習も含めてさらに研究者の皆さんに寄り添う提案を行い、地球環境の分野でも貢献していきます」(山崎氏)

山崎 IBMではお客様に寄り添って新たな価値を一緒につくっていく共創に力を入れています。今後は深層学習の活用などについても一緒に検討したいと考えています。データ活用基盤のIBM Cloud Pak for Dataと高速並列計算機であるIBM Netezzaによって様々なデータを簡単に組み合わせて自由に分析できるようなります。研究をさらに効率よく進められるような提案を行い、また地球環境の分野でも貢献していきます。