生活者視点で切り開くモビリティーの新時代 MaaSを支えるIBMのテクノロジー生活者視点で切り開くモビリティーの新時代 MaaSを支えるIBMのテクノロジー

【対談】 モビリティサービス ディレクター 今井 武 氏 × 日本アイ・ビー・エム株式会社 中山 英明 氏

提供:日本IBM

 2019年は「MaaS(Mobility as a Service)元年」といわれた年である。全世界で将来的には約900兆円の市場規模になるとの予測もあり、自動車メーカーのみならず、ベンチャー企業やIT系企業、保険業界、レンタカー業者、地方自治体など、様々な業界がその実現に取り組みはじめている。だがそもそもMaaSがもたらすインパクトはどのようなものか。ビジネスとしてどのような可能性があるのだろうか。
 ホンダで世界初の通信カーナビの開発をリードした今井武氏と、日本IBMでモビリティー分野のコンサルティングに携わる中山英明氏に話を聞いた。

MaaSが社会を変え、人々の生活を変える

――まず、MaaSとはどのようなものか教えてください。

中山 MaaSのモビリティーというと自動車をイメージする人が多いと思いますが、鉄道やバス、飛行機などの移動手段も含まれています。MaaSとは、各種の交通機関を利用して行われる人やモノの移動および周辺のサービスを組み合わせたものです。そして、様々な移動手段や目的がデータで結びつくことで、例えばチケットの手配や決済が、単一のサービスとして簡単に行えるようになります。どんなに技術が進歩しても、人やモノの移動がなくなることはありません。移動手段は必ず必要です。移動と周辺のサービスをエンド・トゥ・エンドでとらえ、人やモノを中心にトータルでデザインする。そのためには、都市計画やインフラが大きく変わる可能性を持っています。

今井 武 氏

モビリティサービス ディレクター
自動車技術会フェロー
筑波大学非常勤講師
今井 武

今井 私自身は、MaaSという言葉にあまりこだわる必要はないと思っています。モビリティー社会とモビリティーそのものを広い視野でとらえ、社会や人々の生活にどのようなサービスが必要かを考えることが重要だと思います。モビリティーというのは乗り物です。乗り物を組み込んだサービスをいかにデザインするか。そのために様々な動きが始まっています。

中山 広い視野が重要ですね。インフラのような設備だけでなく、制度やルール、シェアリングという概念も密接に関係します。MaaSによって人々の暮らしも大きく変わるでしょう。

――具体的にどのような生活シーンに影響がありそうですか。

中山 モビリティーの利用者には移動目的があり、「途中でこの店に寄って買物をしたい」とか「このルートを通りたい」といったニーズもあります。こうした移動に関わる多種多様なデータを収集・分析すれば、個人に最適化されたレコメンドができるでしょう。そのような移動+体験のサービスが、海外では次々に生まれてきています。

今井 私が注目する事例の1つが、長野県伊那市における「医療MaaS」の実証実験です。看護師と医療機器を載せた自動車が地域を巡回し、医師が遠隔からオンラインで診療します。通院や往診の難しい地域の住民にとって、とても役立つサービスだと思います。

中山 移動を統合するサービスだけでなく、病院のようなインフラが移動するというのは、地域のこれまでの様々な課題を解決する可能性を秘めていますよね。それが今、MaaSが注目されている理由の一つだと思います。

新しいモビリティーが他産業へ及ぼすインパクト

――MaaSは人々の生活だけでなく、幅広い産業に影響を与えそうですね。

中山 英明 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス
IoT ストラテジー
シニア・マネージング
・コンサルタント
中山 英明

中山 一例として、テレマティクス保険を紹介します。フランスの大手保険会社は自動車の走行データを収集してドライバーの運転技量を評価、これを保険料の算定に反映させています。IBMはこの基盤づくりを支援しています。また、事故を未然に防ぐために、過去の事故データなどをもとに、安全なルートを推奨するサービスなども登場しています。いずれも自動車がコネクテッドだからこそ、実現したサービスです。日本でもこのような取り組みが始まっています。

――他産業への展開の話題が出ましたが、今井さんはホンダにおいてカーナビ開発の経験をお持ちです。まさにコネクテッドカー黎明期の立役者ですが、当時のエピソードなどをお聞かせください。

今井 1981年、ホンダは世界で初めてカーナビを商用化しました。その立ち上げは先輩たちの仕事ですが、私はこれを引き継いだ世代に当たります。当時から、チーム内では「いずれ、自動運転の時代が来る」という話をしていました。自動運転に必須の技術要素は3つあります。第1に自車位置の正確な把握で、これがカーナビとして発展しました。第2にブレーキコントロール、第3にクルーズコントロールです。初期のカーナビの大きな課題は、地図が古い、ルートが正しく表示されない、の2つでした。これらの課題は、通信によって解決しました。ホンダのカーナビを搭載する車両の走行情報を集めて、走行データを共有する仕組みを作ったのです。この仕組みによって、ドライバーはどの道が通行可能かをリアルに知ることができるようになりました。

中山 東日本大震災の時は、そのデータを「通行実績情報マップ」として公開されたことで、多くの人が道路の通行可否を知ることができたとお伺いしています。自動車の走行データが社会に貢献した素晴らしい事例ですよね。その後、自動車が通信につながるコネクテッドの世界がどんどん広がっていきました。モバイル通信環境は格段に向上し、これから5Gの時代が始まろうとしています。MaaSの未来にとっても、これは非常に重要な動きです。なぜならば、モビリティー・サービスを提供するためには、自動車を含むモビリティーが現在どこを移動しているのか把握し、他の外部データも組み合わせて最適化する必要があります。モビリティーが通信でつながっていて、各種の走行データを取得できることがMaaSに不可欠なのです。

――MaaSの発展に向け、通信に加えてどのような技術要素が必要でしょうか。

中山 5Gの普及に伴い、走行データをはじめ膨大なデータが生成・蓄積されるようになります。ビッグデータの受け皿、分析の基盤としてクラウドは大きな役割を担います。また、位置情報や利用者の好みなどをもとに最適なレコメンドを行うにはAIが欠かせません。分析するデータの中には、個人情報も含まれるのでセキュリティー技術も必須です。ここでは、ブロックチェーンの技術がカギになるでしょう。さらに、データを生成するセンサー類を含めたIoT技術も重要です。列挙するとクラウド、AI、ブロックチェーン、IoT、5GがMaaSにおける必須技術です。

今井 武 氏、中山 英明 氏

「クラウド、AI、ブロックチェーン、IoT、5GがMaaSの必須技術です」(中山氏)

多様なニーズを支えるMaaS環境づくりに向けて

――MaaS時代のサービスを考える上で、重要なポイントは何でしょうか。

今井 生活者や社会の視点でサービスを考えることが大事だと思います。誰のためのサービスなのか、誰の課題を解決したいのか。サービス設計などに携わる人たちには、こうした視点を持ち続けてもらいたいですね。

中山 まったく同感で、ユーザー目線がキーワードだと思います。技術としては先ほど挙げたものが該当しますが、重要なのはテクノロジーありきで考えるのではなく、人間を中心にサービスを考える。そのためには、従来とは異なるアプローチが求められるでしょう。例えば、IBMは「Garage(ガレージ)」という活動を始めています。顧客体験を意識して、ユーザーがどのような場面で何を考えるのか、何を望むのかを議論しながら新サービスを構想する。そして、プロトタイプをつくり、短サイクルでサービス品質の向上や改善を繰り返すというアプローチです。Garageはあらゆる分野で活用されていますが、MaaSにおいても有効です。Garageの適用事例の1つが、自動車での例となりますが、車内での新たな体験を提供するサービスです。自動車に搭載されたAIが個人の嗜好や天気にあわせた提案を車内で行い、その提案を受け入れると提案された目的地まで案内してくれる、というようなサービスです。例えば、何日か前に雨が降ったとしましょう。自動車に搭載されたAIは、天気とドライバーの嗜好データを分析し、洗車のクーポンとその日のお勧めのホテルやレストランをユーザーの好みに合わせる形で提案をしてくれるのです。IBMは顧客視点でのアイデアの創出、収益化するためのビジネスモデルの立案、実装するためのシステム構築やAI活用などを一気通貫でご支援しています。

今井 武 氏、中山 英明 氏

「生活者や社会の視点でサービスを考えることが重要です」(今井氏)

――MaaSの領域におけるIBMの支援事例も増えていると思います。

中山 世界中で様々なプロジェクトが進行しています。もう1つ、ドイツ鉄道の事例を紹介します。鉄道を含めた多様な移動手段、ホテルや旅行会社などもつないで利用者の快適な旅を支えようというコンセプトで生まれたサービスです。IBMは主にシステム基盤面をサポートし、中核的な技術としてブロックチェーンを活用しました。このサービスのユーザーは、旅行で利用する乗り物や宿泊の予約と決済を、単一のスマホアプリなどを使って簡単に行えます。このようなシームレスな顧客体験をユーザーに提供するために、サービスに参加している交通プロバイダー各社は、公平な体系に基づく請求の分配をブロックチェーンによって実現しています。MaaSにおいて、エコシステムによるビジネスモデルを実現するには、エコシステムに参加するあらゆる企業の間で情報が共有されて、透明性とセキュリティーを担保できる基盤が必要なのです。

――最後に、モビリティーの将来に対する期待についてうかがいます。

今井 ビジネスの視点でモビリティーを考えると、需要のあるところに移動レストランや移動コンビニを置く、または、移動そのものをITで効率化する、という発想になりがちです。僕はそうではなく、SDGs(持続可能な開発目標)の観点に立って、高齢者のような移動していない人、過疎地域のような移動手段が限られているところに対して、移動を作る。そして、にぎわいを作り、事業を作ることの方が、はるかに大事じゃないかなと考えています。

中山 おっしゃる通りで、モビリティーは単なる移動手段でだけではなく、都市の未来を変えていく可能性があると考えています。そして、同時に、ユーザーの好みや場面に応じて、最適な移動を支える環境づくりが求められています。様々な関係企業とコラボレーションしながら、IBMとしても新しいモビリティー社会の実現に向けて貢献したいと考えています。

今井 武 氏、中山 英明 氏

「新しいモビリティー社会の実現に貢献していきます」(中山氏)

撮影協力 MEGA WEB

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