提供 日本公認会計士協会

公認会計士による
監査・保証の「価値」とは何か

サステナビリティーやテクノロジーへの対応など、企業に求められる課題は多い。企業がそれらの課題への取り組みについて行う情報開示の信頼性を保証する役割を求められているのが、公認会計士だ。公認会計士の業務は多様化しているが、その根源にある監査・保証の価値およびその価値向上のために求められる次世代の公認会計士の在り方とは何か。日本公認会計士協会(JICPA)会長の茂木哲也氏にきいた。

公認会計士による
監査・保証の「価値」とは何か

サステナビリティーやテクノロジーへの対応など、企業に求められる課題は多い。企業がそれらの課題への取り組みについて行う情報開示の信頼性を保証する役割を求められているのが、公認会計士だ。公認会計士の業務は多様化しているが、その根源にある監査・保証の価値およびその価値向上のために求められる次世代の公認会計士の在り方とは何か。日本公認会計士協会(JICPA)会長の茂木哲也氏にきいた。

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茂木哲也氏

日本公認会計士協会 会長

茂木 哲也

1967年生まれ。90年慶應義塾大学経済学部を卒業。
同年、太田昭和監査法人(現EY 新日本有限責任監査法人)に入所し、2016年に同法人の経営専務理事に就任。同法人在籍中から、日本公認会計士協会会計制度委員長、企業会計基準委員会の専門委員などを歴任し、会計基準の策定に深く関わる。22年に同法人を退所し、日本公認会計士協会会長に就任。

時代のニーズに対応して広がる
  公認会計士の活躍のフィールド

―公認会計士とは、どのような仕事であると捉えていらっしゃいますか。

「信頼の力を未来へ」――。全国の公認会計士や監査法人が所属するJICPAのタグライン(理念を表す言葉)です。公認会計士は情報に信頼を付与する仕事です。76年前に公認会計士制度が始まって以来、私たちは上場企業の監査を行う専門家として、企業の財務諸表の信頼性を担保してきました。監査の結果は投資などの判断材料として用いられます。そうした背景から公認会計士は会計および保証に対する専門的知見と高い倫理観を有しています。信頼の担い手である公認会計士は企業会計の領域だけでなく、社会全体のサステナビリティーに貢献できると自負しています。

―社会が変化する中、公認会計士の役割にも変化はあったのでしょうか。

まず、業務の深度が増しました。およそ25年前の「金融ビッグバン」によって企業会計と税務会計の差異を調整する税効果会計が導入されました。2010年にはビジネスのグローバル化にともなって国際財務報告基準(IFRS)の任意適用が始まりました。一方、1990年代後半から2000年代初頭に発生した国内外の会計不正、08年のリーマン・ショックによる経済危機などの影響で、企業の財務諸表の適正性を検証する監査に対する社会の期待が高まりました。それに対応するために高度化した様々なルールや基準を、公認会計士は理解し、活用してきました。

そして公認会計士の仕事のフィールドは広がっており、近年では非財務情報の開示への関与も重要な業務になりつつあります。24年2月に行われた金融庁の金融審議会では、環境や人権などの問題に関連したサステナビリティー情報に対する第三者による保証を必要とする制度の導入について議論が始まりました。それに先立ち、23年4月にJICPAは「サステナビリティに関する能力開発の基本方針とアクション」を公表し、サステナビリティーへの知見や能力を向上する取り組みを行っています。ガバナンスやコンプライアンスなどの非財務開示情報についても第三者が信頼を担保する議論がなされていますが、この分野でも公認会計士に期待が寄せられています。

―公認会計士に求められる業務が変化しているのですね。

私が公認会計士として登録した90年代初頭、公認会計士の業務の柱は「監査」、「コンサルティング・アドバイザリー」、「税務」だと言われていました。現在はそれに加え、企業の中で財務や経理、内部統制などに携わる公認会計士(組織内会計士)も増えました。JICPAが向き合う相手も組織内会計士や社外取締役、起業家、政治家など幅が広がっています。約60%の公認会計士が、監査法人以外の場で社会課題の解決に貢献しています。

―業務が広がり、公認会計士が担う監査・保証の価値が高まっているようです。

どのような監査・保証に価値があるのか、明確な基準は確立されていませんが、根底にあるのが情報の信頼性確保であることは言うまでもありません。監査・保証があることによって情報を安心して利用することができるようになります。加えて、今後は付加価値のある監査・保証が求められてくると考えています。

好例となるのが、21年度から開始されたKAM(監査上の主要な検討事項)です。KAMとは、監査において監査人が重要であると判断した事項について、監査報告書に記載するものです。例えば、企業が行った投資に対して、期待するリターンが得られなかった場合、決算書における固定資産の価値を減らす「減損」を行います。減損を行うことにより企業の資産が減り損失が計上されるわけですから、投資家などのステークホルダーにとって重要な項目です。そこで、監査対象の企業が収益に寄与しているか疑義がある固定資産をどのように認識し、監査でどのように検討したのかをKAMとして記載することで、投資家は企業の経営に関する重要な事項を明確に把握できます。監査報告書によって開示情報の透明性と信頼性が高まるのはもちろんですが、KAMによって情報の価値も向上します。同時に、公認会計士にとっては数字の正しさだけでなく「監査の質」が求められる場面であると捉えて、身を引き締めています。

監査は監査対象企業にも新たな価値を提供できます。監査の過程で発見されたビジネスリスクについて、公認会計士と議論を重ねることで業務改善を実現できるからです。すべてのステークホルダーに対して、信頼に基づいた価値を提供することが公認会計士の役割です。

茂木哲也氏

変化する社会に信頼を付与する
  公認会計士に求められる能力と職業的魅力

―企業におけるテクノロジーの利活用が重視される現在、会計・監査の在り方に変化は生まれるでしょうか。

どれだけ技術が発展しても監査・保証の本質が「信頼を付与すること」であることに変わりはありません。その意味で公認会計士が持つべき能力は、テクノロジーが企業内の業務にどのように組み込まれ、運用されているのか適切に判断することも含むといえるでしょう。例えば、大規模言語モデルをはじめとした生成AIの活用が進んでいますが、現在のところAIの正確性や正当性は議論の段階にあります。そうしたAIを適切にビジネスの現場で利用できているのか、私たちが保証する役割を担う可能性もあります。

保証業務のニーズは人間が不安を感じる部分に必ず発生します。情報を信頼していいのか迷った場合、客観的な判断を下せる専門家の言葉が頼りになるからです。そこで大きな力を発揮できるのが私たち公認会計士です。テクノロジーによって急速に変化する社会の中で、公認会計士の役割はさらに広がっていくことでしょう。私たちがそのニーズに対応していくためには、変化に対する柔軟性と学び続ける姿勢が重要です。

―公認会計士の業務が高度化する現在、人材についてはどのようにお考えでしょうか。

高度化し、業務範囲が広がった公認会計士がステークホルダーと良好な関係性を構築するには、優秀かつ多様な人材の確保が欠かせません。そのためには、職業としての公認会計士の魅力を周知し、業界への志望者を増やす必要があります。人はどのように自分の職業を決めるのでしょうか。金銭的な報酬はもちろんありますが、何より大事なのは職業としてのやり甲斐です。

公認会計士の魅力は「社会への貢献」と「多様な経験」です。繰り返しになりますが、公認会計士は「信頼」を生み出す職業です。その信頼は付加するだけではありません。重大なインシデントが発生した際に組成される調査委員会や第三者委員会などに参画し、信頼を取り戻す手伝いをする役割も可能です。公認会計士しての知見と倫理観で社会に信頼の基盤を築く。それが私たち公認会計士が社会貢献として提供できる共通の価値です。

また、若手の公認会計士であっても、上場企業の経営者や管理者と経営方針や財務について議論できることは大きな財産となるでしょう。監査対象企業のトップとひざをつき合わせて話し合ううちに、ビジネスへの感度を高めることができます。監査を通じて得られる知見を生かすことで、企業の課題を解決するパートナーとして活躍できるようになります。

世界的に見ると公認会計士の志願者は減少していますが、日本では公認会計士試験受験者数が15年以降増加を続けています。一方で、監査法人に勤める公認会計士はほぼ横ばいです。活躍の場が多彩であることも公認会計士の魅力ですが、監査を通じて何事にも代えがたい経験をし、資本主義のインフラである監査を担う人材が増えることを願っています。

―公認会計士の価値について、より理解を深めることができました。

社会を律する制度は様々ありますが、企業情報の開示ほどグローバル基準で高度に標準化された制度はありません。なぜなら、財務諸表の基準が国ごとに異なってしまうと、グローバルな投資判断ができないからです。その意味で会計や監査は、最も国際化が進んでいる領域といえるでしょう。4月にJICPAはホテルニューオータニ大阪で開催される「グローバル会計・監査フォーラム」(主催 日本経済新聞社)に協賛をします。そこでは、海外からの参加者とともに国際的に高まる監査・保証の価値を考えます。同時に、公認会計士試験合格後5年目までの若手に調査した結果を検討し、監査を担う次世代の人材に監査の魅力をどう伝えていくのかを議論していきます。

公認会計士は変化する時代とともに進化し続けます。求められる役割の変化、テクノロジーの発展や社会課題の複雑化に対応しながら、信頼という価値を社会に提供していきます。

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