科学技術立国としての復活を目指す日本。世界的にニーズが高まり続けるヘルスケア分野でも、日本の新薬創出力に大きな期待が寄せられている。3月に開催された第34回製薬協政策セミナーでは、様々なイノベーションを先導する各界の識者が登壇した。

セミナーでは医療デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進や急速に発達する人工知能(AI)の活用、バイオクラスターの形成やスタートアップの育成、パーソナルヘルスレコード(PHR)の活用をはじめとしたデータ利活用など、創薬エコシステムを活性化させる方策について多くの提言がなされた。

セッション1
「イノベーションを生み出す
エコシステムのあり方」

AI技術の進歩が
物事の価値基準を
変える

筑波大学大学院 博士後期課程
Google・Microsoft Research Ph.D.フェロー
矢倉 大夢
矢倉 大夢氏矢倉 大夢氏

人工知能(AI)を活用したチャットボット「ChatGPT(チャットGPT)」が注目を浴びている。ごく大ざっぱに言うと、これは「与えられた言葉の列に続く単語は何か?」というクイズを解くことで育てられたAIだ。例えば、「日本の首都は」という言葉を与えると、チャットGPTはそれまでに学習した膨大な情報を参照して、これに続く単語、「東京」を返す。この単純なやり取りが複雑化・高度化して発展する。例えば、チャットGPTによる小説執筆や、大喜利のような言葉遊びへの回答などが可能になった。

今回の講演に当たり、私は何を話すべきか……。試しにチャットGPTに聞いてみた。するとチャットGPTは「AI技術の現状と未来から話を始め、その可能性と課題を論じ、イノベーション事例を紹介する」といった全体の流れを示し、続けて講演に必要な様々な要素を提示してきた。チャットGPTをはじめとする生成AIができるのは文章生成だけではない。お題を与えれば、絵画や音楽も見事に返してくる。そのクオリティーには驚くばかりだ。多くの研究者は、こうしたAI技術の実現を以前から予測していた。しかし、これほど急速に進歩を遂げるとは考えていなかった。AIを脅威に感じる人も多いのではないだろうか。

実は、こうした脅威は人類にとって初めての経験ではない。写真や映画が普及し、芸術作品がコピーされるようになった1930年代。ドイツの思想家、ヴァルター・ベンヤミンは、「いま」「ここ」にのみ存在する、一点ものとしての芸術の時代は終わりを告げると予言した。一方で、複製技術を前提とした、遊戯性のある新たな芸術が生まれると論じた。「芸術の定義が変わる」との主張である。実際、その後、米国でポップアートが生まれ、大衆化した芸術は、新たな役割を果たすことになった。

2016年、囲碁AIである「アルファ碁」がプロ棋士に勝利した。当時、多くの世界的著名人が「人類はもうAIに適わない。AIが人類を破滅させる」と危惧した。しかし、いまも人類は滅んでいないし、棋界も健在だ。現在、多くのプロ棋士が囲碁の研究にAIを活用し、新たな打ち手を探している。結果、序盤の打ち手は誰もがほぼ同一になった。しかし、終盤の打ち手のバリエーションは増えた。つまり、AIの登場によって囲碁の世界がより豊穣(ほうじょう)なものになった。AIにはかなわないからと囲碁をやめるのではなく、AIに立ち向かった棋士が強くなり、現在の棋界を背負っている。こうした例から、人間の限界はまだまだこんなものではないという思想が広がっている。

実は我々の身近で長年使われている技術の中にも、AIと呼ぶことのできるものがある。スマートフォン(スマホ)やパソコンに搭載された日本語の予測変換機能だ。冒頭で「日本の首都は」の例を挙げたが、その次に「とうきょう」と打つと、予測変換機能は候補に「東京」を挙げてくる。決して「唐鏡」ではないことを統計的に推定しているのだ。この技術によって、我々はたとえ漢字がうろ覚えでも、的確な単語を使った日本語の文章が書ける。しかし、以前は違った。漢字の使用が日本の生産性を下げているといわれ、「漢字廃止運動」が展開された。こうした問題を電子機器やAIの技術が解決し、誰もが簡単に漢字仮名交じり文が書ける時代となった。幸い漢字は廃止されず、おかげで我々はどこでどういう漢字を使い、どこをひらがなにするのかといった機微を感じながら、今も文芸書を読むことができる。

10年前、「ソフトウエアが世界をのみ込む」との言葉をよく聞いた。当時、世界の企業の時価総額ランキングの上位には、金融業界やエネルギー業界の企業が多かった。しかし、現在はIT企業一色である。次の10年は、おそらく「AIが世界をのみ込む」時代となるだろう。ただし、いまも金融やエネルギーはなくてはならない重要な産業である。古いもの全てがなくなるわけではなく、価値の基準が変わっているのだ。

AI技術が人間の価値の基準を塗り替える──。こうした前提に立ち、人間の持つ本質的な価値に向き合い、いち早く新技術を取り入れるべきだ。イノベーションはその先にあるのだと思う。

スタートアップを
成功させる
8P戦略を実践

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 教授
シンプロジェン 代表取締役 社長兼CEO(兼業)
山本 一彦
山本 一彦氏山本 一彦氏

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科は、学部を持たない独立大学院として2016年に設置された。学問の研究にとどまらず、その成果を経済的・社会的価値の創造に結びつける大学院を目指し、設置後5年以内に5社程度のスタートアップ企業を創業するというのが当初からの目標だった。結果、現在7社を設立、近くもう1社が誕生する予定だ。

我々が狙うのは、バイオ企業の集積地(クラスター)を神戸に形成することだ。そこで注目しているのが近年、世界的なクラスターが形成された米国・サンディエゴである。クラスターは意図的には作れない。サンディエゴの場合、同地にあるハイブリテック社が妊娠検査薬などで大成功し、これが発火点となってクラスターが生じた。神戸もスタートアップの成功を突破口にクラスターを形成したい。

クラスターの実現に向けた、スタートアップ成功のための戦略が「8つのP」だ。1つ目のPは「パーパス(存在意義)」である。解決すべき社会課題を設定し、それに取り組む。パーパスがなければ、事業を行う意味がない。2つ目は「パテント(特許)」である。これで発明や発見をビジネスに結びつける。3つ目の「ペーパー(論文)」は、その発明や発見を世界に知らしめるものだ。4つ目は「プラットフォーム(基盤提供)型技術」であることだ。長期にわたる基盤技術の提供が、経済的・社会的価値の創造につながるのだと思う。

必要なのは技術だけではない。5つ目のPは、営業やマーケティング、人事、資金調達などを担当する多様な「ピープル(人)」だ。6つ目は投資家や協業企業などとの「パートナー」シップである。7つ目は「プロダクト(製品)」。具体的な製品やサービスをイメージすることは、経済的・社会的価値の創造に極めて大切だ。そして、8つ目は「パッション(情熱)」だ。事業成功までには、長い年月が必要だ。情熱がなければ続かない。

神戸大学発のスタートアップであり、私が最高経営責任者(CEO)を務めるシンプロジェン社も戦略に8Pを取り入れる。例えば、コア技術であるOGAB法(枯草菌を利用するDNA合成技術)の「特許」の独占的保有は重要な戦略だ。また、当社はバイオとデジタルを融合させた「プラットフォーム型技術」の提供を狙う。こうした取り組みが成功し、神戸にバイオクラスターが生まれることを願っている。

多様性持つ
バイオクラスター形成

東京大学執行役・副学長
東京大学未来ビジョン研究センター 教授
渡部 俊也
渡部 俊也氏渡部 俊也氏

創薬・バイオ分野でのスタートアップ企業の成長には、それを育むためのエコシステム(生態系)の構築が不可欠だ。エコシステムとは、そもそも生物学の用語で「生物や非生物が複雑に作用し合い、持続的に繁栄するシステム」を指す。例えば、海岸には多くの生物や非生物が存在し、捕食や共生といった複雑な関係性を持ちながら、それを保ち続ける。数は非常に少ないが、取り除くと生態系全体が崩れてしまうキーストーン種と呼ばれる生物もいる。

創薬エコシステムもこれに同じく、多彩な関係者で成り立つ。アカデミアや製薬企業、スタートアップはもちろん、行政、医療機関、ベンチャーキャピタル(VC)などのネットワークが必要だ。我々はスタートアップが持つつながり先と成長性との関係を調べた。結果、ダイバーシティー(多様性)のあるつながりと、成長性との間に正の相関があることを突き止めた。実際、大学の先生だけで始めたスタートアップは概して成功しない。また、世界には米国のボストンや英国のロンドンなど、バイオ関連の大学や企業が集積する地があるが、これらの地のスタートアップのマネジメントチームは極めてダイバーシティーが高い。

東京大学周辺に現在、本郷バレーと呼ばれるクラスターが形成されつつある。本郷バレーで生まれたスタートアップは現時点の累計で478社。うちバイオ関連企業が約3分の1を占める。本郷バレーは、東京の「本郷・お茶の水・東京駅エリア」にあるが、同地には大学や病院、政府機関、あるいはVCなどが多い。その密度はロンドンに匹敵する。ここを世界的なエコシステムに成長させたい。

一方、2021年にバイオ産業の産学官ネットワークとして東京圏に発足したのが「グレーター・トウキョウ・バイオコミュニティー(GTB)」である。GTBは「つくばエリア」や「横浜エリア」など、首都圏の8拠点に分けられるが「本郷・お茶の水・東京駅エリア」もその一つ。具体的には「インキュベーション施設の拡充」や「域内連携の一体的推進・グローバル連携の推進」「スタートアップの成長ステージに応じた支援機能の整備強化」などに取り組む。日本政府は30年を目標に、世界最先端のバイオエコノミー社会を実現することを目標とするが、GTBがその一翼を担う。

セッション2
「データ利活用がもたらす
ヘルスケア分野のイノベーション実現」

医療・介護現場の革新へ
データ利活用急務

早稲田大学 理工学術院 教授
医療法人DENみいクリニック理事長
宮田 俊男
宮田 俊男氏宮田 俊男氏

当クリニックでは所在地である東京・渋谷区、大阪・箕面市と各地をつないでオンライン健康相談やオンライン診療を実施している。2017年には医師と薬剤師が協働して、患者さん自身がセルフケアに関するアドバイスや情報提供を受けられるセルフケアアプリ「健こんぱす」を開発した。こうしたデジタルを活用した取り組みが進めば、患者さんが全国から自分に合う医師を選べたり、日本のプログラム医療機器(SaMD)の成長につながると考えている。

欧米ではセルフメディケーション、オンライン診療、対面診療が連続的に一体化して、保険者と共に運用されている。リアルワールドデータビジネスも大きく速く広がっているが、日本では規制や人材、体制などの様々な問題があり、ビッグデータの利活用ができておらず、スピードが遅いと言わざるをえない状況だ。ヘルスケア・エコシステム全体の中で考え、改めて捉え直す必要がある。

2015年に経済界や医療関係団体、自治体のリーダーが結集して日本健康会議が立ち上がり、デジタル技術を活用した新しい予防健康づくりに取り組む目標が掲げられた。今後はマイナンバーカードの普及によって患者さん個人がPHRを管理できるだけでなく、介護現場や医療機関での共有が広がり、データ利活用や医薬品開発、医薬品の育薬などにつながる可能性がある。日本の医療財源には限りがあり、様々なしわ寄せが出てきているが、今後はより効率的な取り組みが期待される。

以前に私が厚生労働省の医系技官として解決に携わったドラッグ・ラグ(新薬承認の遅れ)の問題が、また日本で再燃してきている。イノベーションを起こすには、インパクトのある研究や個性を大事にして、多様性の爆発を促していかなければならない。そして、医薬品開発へのデータ利活用を進めるためには、個人の権利保護を前提にしながら、健康・医療データの取得時の同意を原則不要として、入り口規制を緩和し、取得したデータの悪用に対するしっかりした出口規制にシフトすることが必要だ。そうすれば日本の大学でのデータのヘルスケア・医学研究はどんどん増え、製薬企業へのデータ利活用も増えて、日本の復活につながっていくだろう。財源や診療報酬の手当てなどもあわせて、国全体でしっかりと考えていく必要がある。

医療と日常の一体化で
新たな健康社会を実現

経済産業省 商務・サービス審議官
茂木 正
茂木 正氏茂木 正氏

少子高齢化社会が進む中で、健康寿命やウェルビーイングが今後の重要なテーマだ。政策を進める上では国民の健康増進と経済成長、持続的な社会保障制度構築の3つを実現する政策を展開する必要がある。特にヘルスケアサービスと介護、医療機器の領域に焦点を当てて進めることが重要だ。

最近ではスマートウオッチやアプリなど様々なヘルスケアサービスが登場しているが、「医療領域と日常生活の一体化」で行動変容を促す仕掛けが重要になる。そのために大事な要素がPHRの活用であり、基盤をしっかり作ることが大切だ。医療側のデータや、個人が日々の生活で積み上げるデータが有機的に結合して様々なサービスが展開され、間に医師が入ることでより的確なサービスの提供や指示を行えるようになっていくだろう。

こうした取り組みを政府全体で進めるべく今年、医療DX推進本部が立ち上がった。電子カルテの標準化や健康医療情報を活用できるプラットフォームの構築を進めている。民間サイドでは、国民が価値を感じられる新たなサービスの創出、セキュリティーの確保、医学会と連携したエビデンス整備などを進めていく。

PHRの活用促進に向けては、事業者団体を今年設立し、産業界からも盛り上げ、万博なども活用し、PHRのユースケースを創出していきたい。また、データの標準化やセキュリティー確保、ルール整備などが大切であり、業界の自主的なガイドライン策定なども推進していく。加えて、日本医療研究開発機構(AMED)を通じて、各学会が予防・健康に関するエビデンスの整理や指針等の策定を支援していく。

プログラム医療機器にも注目している。AIを使った画像診断や、救急の現場で直ちに専門医による治療が必要な患者さんを判別するAIなど医療の効率化や治療の早期化に資するサービスや、薬事承認を得た禁煙アプリや、高血圧の治療補助アプリなど、個人の行動変容を促す様々な医療機器も登場している。医師が介在することで、より適切な指導や薬の処方、普段の生活・食事指導も可能になってきた。今後は実証をしっかり進めて、適用できる分野を増やしていく。医療と日常が一体化した社会を目指すべく、厚生労働省や関係省庁、医学界、産業界などあらゆる業界と連携して進めていきたい。

医療DX推進による
子育て支援・地方創生

エムティーアイ 代表取締役社長
前多 俊宏
前多 俊宏氏前多 俊宏氏

当社は1900万人のダウンロード数を誇る女性の健康情報サービス「ルナルナ」を2000年から提供開始。12年からはヘルスケア関連のサービスに注力してきた。「妊娠前のマイナス1歳から100歳までの健康管理をサポート」をコンセプトに、ルナルナのほか母子手帳アプリ「母子モ」、定期健診データの記録管理アプリ「CARADA」など多数のサービスを展開している。

「ルナルナ」は現在、妊活を支援するサービスとしても広く利用されている。利用者が記録した生理の開始・終了日、基礎体温などのデータは全国1000軒以上の産科・婦人科で医師の端末に表示させることが可能だ。蓄積されたビッグデータから個人の排卵日や妊娠の可能性が高い期間を予測するアルゴリズムを開発し、従来のタイミング法の精度向上にも取り組んできた。

母子手帳アプリ「母子モ」は、妊娠・出産・子育てを切れ目なくサポートするアプリとして全国530以上の自治体で導入されており、現在も拡大中だ。予防接種スケジューラーAIなど、電子母子手帳ならではの便利な機能が利用者や自治体から高い評価を獲得している。

予防接種や乳幼児健診、行政への申請など子育てにまつわる煩雑な手続きはいろいろあるが、子育て世帯の不安と負担を解消すべく、当社はICTの活用で行政と医療機関などと連携して取り組む“子育てDX”を実践している。例えば「母子モ」を活用した小児予防接種サービスでは、利用者の手間の軽減、接種事故の防止、医療機関・自治体における管理業務の削減など、予防接種に関わる全ての負担を軽減できている。

患者さんと健診機関をつなぐアプリ「CARADA健診サポート」では、アプリ上で健康診断の予約やウェブ問診への回答が可能だ。健診後は検査結果をいつでも確認でき、血液検査の結果は最短即日で反映される。健診機関側では、健診結果の連絡の自動化による効率化、利用者とのコミュニケーションによるリピート率の向上を実現している。利用者が自身のデータを必要な医療機関に開示できるサービス「CARADAコネクト」も提供しており、不要な再検査の減少や、診療の質向上にもつながっている。このように地域の各機関が連携して利用者がデータ活用するPHR医療ネットワークの取り組みで、地域医療の質が向上し、住みやすい環境づくりができると考えている。

イノベーション
創出力向上へ
産業自らの変革

日本製薬工業協会会長
岡田 安史
岡田 安史氏岡田 安史氏

1つの新薬を生み出す成功確率は約2万2000分の1、10年以上の時間がかかり、数百から数千億円を超える研究開発費を必要とする。製薬産業は極めてリスクの高い特殊なビジネスといえる。

一方、我々はビジネスを持続性あるものとするため、事業活動により生み出したキャッシュを、研究開発などの無形資産、有形の研究や生産設備などへの投資、そして株主への還元に使っている。2010年以降に製薬協加盟企業のうち9社がそれぞれ9以上の新薬を生み出しており、その売り上げは21年の医薬品全体の7割を占める。製薬企業はもうけすぎとの批判を受けることもあるが、我々は将来のイノベーションを見据え収益を確保し、研究開発に投資、継続的に新薬を創出して、患者さんや国民の健康へ貢献するサイクルを回している。

日本経済にも大きく貢献している。製薬産業は製造業だが、研究開発による知的財産の創出が本質といえる。物質特許や技術によって海外から得られる技術導出入収支で輸出額は6000億円を超え、自動車産業に次いで多く、海外で得た利益を、知財を有する日本に還元している。

しかし製薬産業の国内市場は世界で唯一縮小しているのが現状だ。各国では製薬産業の伸びはGDPを上回っている。我々は、国の施策として、医薬品市場全体で1~2%程度の微増を許容し、新薬の特許満了後は速やかに後発品に置き換え、長期収載品の価格を速やかに引き下げる政策を進めることで、持続的成長が可能であると考えている。グローバルスタンダードに近づけ、日本市場を魅力あるものに再生すべきだ。

日本のイノベーション創出力を高めるには、我々産業自身の変革とともに、国の積極的な施策も必要だ。産業として創薬スタートアップ育成への支援や健康医療関連のビッグデータ利活用環境の整備などを要望してきた。

バイオ分野のベンチャーキャピタル(VC)投資の日米の比較では、2021年に日本が600億円の実績に対し、米国は600億㌦。実に100倍以上の資金が投入されている。また米国は初期研究から製品化に至るまで潤沢な資金が切れ目なく投入されるが、日本はとりわけ臨床段階の資金が不足しており、前途有望なシーズがあっても育ちにくいのが現状だ。そんな中、昨年12月に創薬ベンチャーエコシステム強化に3000億円もの補正予算が措置された。国家のコミットメントが示されたものであり、我々はそれにしっかりと応えたい。

また、各国と比較し手薄な研究開発活動に対する税制優遇に政府支援を期待したい。

健康医療関連のビッグデータ利活用環境は国家にとって、今最も大切なインフラ整備の一つだ。国民にどのような価値を提供するかという視点から、データ基盤と法制度の整備を両輪として進めてほしい。昨年、欧州では医療分野のデータ利活用を推進するヨーロピアン・ヘルス・データ・スペース(EHDS)という非常に先進的な構想がスタートした。個人データの取り扱いに厳しい欧州が、ヘルスケアや創薬、国民の健康のためにその利活用を積極的に進めるという意思が示されている。日本も大いに参考にすべきと考える。

日本の創薬力強化に向け、製薬産業自体のビジネスモデルの転換も不可欠だ。日本はバイオ医薬品開発という潮流に乗り遅れた。その間にもモダリティ、すなわち創薬技術や手法は非常に多様化・高度化しており、抗体医薬、核酸医薬、遺伝子治療、細胞医療など多様なモダリティが生まれている。最先端のバイオテクノロジーやデジタル技術を積極的に取り込むことが急がれる。

また製薬産業は病気になったときの診断・治療をメインとしているが、予知、予防、予後など人の一生を支えるビジネスモデルに進化させる必要がある。すでに巨大IT企業は健康アプリ、AI診断、オンライン診療などにも参入しているが、我々はそれを静観してはならない。DX、AIを含めたビジネスモデルを大きく進化させ、日本発のイノベーションの創出、世界からの投資を呼び込む医薬品市場の形成により、国民に最先端の医療へのアクセスを実現する必要がある。そのための我々のコミットメント、そして必要と考える政策を「政策提言2023」にまとめた。国民の健康寿命の延伸と経済成長に寄与する産業となることを目指して取り組んでいる。

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