「使いたくなるような
乗り物にする」
明るい黄色の車体に「KOMATSU」の青いロゴ。街でもよく見かけるコマツのミニショベルなのに、何か様子が違う。走行しても、旋回しても、建機らしい音や振動がなく静かに風を切る空気の動きだけが伝わってくる。何よりオペレーターの座る運転席が見当たらない。「これ、ニセモノなんでしょう?」。見学会でデモンストレーションを見た参加者の感想だ。コマツの開発責任者は、「まさか本物だと思わなかったそうです」と振り返る。
試作機はリチウムイオン電池を動力源とするだけでなく、アームなどを動かすシリンダーを油圧ではなく電気で駆動させる世界でも珍しい「フル電動」方式だ。排ガスが出ないのはもちろん、騒音や排熱も大幅に低減。油圧による制御を電気信号に変換するロスがなくなるため、ゲームコントローラーなどで遠隔からスムーズに操縦できるようになった。
コマツが開発した
ミニショベルの特徴
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既存のゲームコントローラーで、離れた場所から操作が可能
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無線LANを活用することで、特別なシステムをつくる必要がなく、すぐに設定できる。
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動力源としてリチウムイオン電池を搭載。アームなどを動かす機構も電動化し、世界でも珍しい「フル電動」を実現 。
コントローラーと建機をつなぐ規格は無線LAN。他にも高速通信規格「5G」を使い、現場の高精度な画像を確認できるコックピットを設置して遠隔操作する方法もあるが、システムを構築する手間がかかる。多くの現場を移動して使われるミニショベルにとっては、誰でもすぐに設定できる無線LANのほうが利便性は高い。テレワークで使うようなカメラやタブレットなどのデバイスを簡単に接続することができるという。
コマツがこんな建機の開発を企画した背景には建設現場を取り巻く厳しい状況がある。世界的に脱炭素の流れが加速するなか、建機メーカー各社は電動化への対応を急いでいる。深刻なのは人手不足だ。建設業は急速に高齢化が進む一方、労働環境の過酷さから若い世代に敬遠され、就業者は減少の一途をたどる。
コマツがめざしたのは「働き方として魅力あるもの」。建機は、暑さ寒さをしのげない屋外や、排ガスやちりがこもる屋内で使われ、転倒や落盤などの危険もつきまとう。運転席に人が座らなくてはいけない機械のしくみになっているなら、「技術で乗り越えて、運転する人が運転する場所もコントローラーも選べる。そんな使いたくなるような乗り物にする」(開発責任者)。
紙に鉛筆で
アイデアスケッチ
開発プロジェクトに与えられた時間は半年。コマツはいち早くフォークリフトの電動化を進め、建機でもエンジンと電気モーターで駆動するハイブリッド型の油圧ショベルを実用化するなど電気のノウハウの蓄積があった。シリンダーのように伸び縮みする装置の電動化は難しかったが、同社の専門部隊が開発に成功した。
ミニショベルを「フル電動」で動かすために必要なパーツはすでに社内にあったものだ。ただ、それをどう組み合わせて建機の機能を実現したらよいか。通常の開発の進め方では相当な時間がかかる。モノをつくって試すのではなく、紙に鉛筆や定規を使って手書きでどんどんアイデアスケッチを重ねて設計を煮詰めていった。
例えば車体の旋回する部分。油圧に代わって動きを伝達できる電動の装置が世の中に存在するのかどうかもわからない。いったん建設機械の枠を取り払い、「走る」「止まる」「回る」など動きに注目してみていくと、いろいろな製品のなかに使えそうな技術が見つかったという。最終的には建機とかけ離れた産業分野の装置が試作機に採用されている。
若手を中心とした開発グループのメンバーと、多彩な部門のベテランがアイデアを出し合った「チーム・コマツ」のプロジェクトだった。試運転の日。試作機とはいえ、実際の製品と同じようにデザイナーが外観を仕上げたフル電動のミニショベルが、ゲームコントローラーの操作でゆっくりとアームを持ち上げた。言葉にならない歓声が広がったと、開発チームのマネジャーは笑顔を見せる。
今後は建機として土や水がある環境で、様々な気象条件のもとで使えるよう強度を高めることが実用化に向けた課題となる。とはいえ、開発責任者が見つめるのはもっと近い将来だ。「今回の試作機で培った技術をうまく使って、既存の製品の魅力を高めて社会に貢献できるようにする。その先にこの試作機が普通に動く時代が来てくれれば」。子どものころ大好きだった建機で、誰でも遊ぶように活躍できる未来の現場へ。コマツの歩みは続いていく。