サステナビリティーの世界的リーダーが対談後編
提供:KPMGジャパン
WBCSD
プレジデント&CEO
ピーター・バッカー 氏
KPMGインターナショナル
ESG統括グローバルヘッド
ジョン・マカラリーシー氏
KPMGジャパン あずさ監査法人
専務理事/サステナブルバリュー統轄
田中 弘隆 氏
サステナビリティーへの取り組みを通じて企業価値を高めることが重要視されるようになった今、経営者はサステナビリティーをどう理解し、どのようにサステナビリティーを企業戦略に組み入れるべきなのだろうか。KPMG/あずさ監査法人 専務理事の田中弘隆氏がWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)の代表を務めるピーター・バッカー氏と、KPMGインターナショナル ESG統括グローバルヘッドのジョン・マカラリーシー氏の2人に見解を聞く本対談企画の後半では、より幅広い視点からサステナビリティーについて議論する。
田中 日本でもサステナビリティーへの取り組みが企業価値に直結すると考えられるようになり、有価証券報告書にもサステナビリティーに関する情報開示が義務づけられました。このような状況下で、経営者はいかにしてその説明責任を果たすべきなのでしょうか。
バッカー まず経営者は、企業がさらされているリスクを把握し、評価しなくてはなりません。それは財務リスクのみならず、環境リスクや社会リスクも含まれます。特に気候変動は、事業分野にもよりますが、すでに現実的な物理リスクを抱えています。
さらに、変革に伴う移行リスクについても考える必要があります。このようなリスクの解決策を戦略に組み込み、その戦略を実行する組織づくりに取り組まなくてはなりません。それが結果として統合報告書などに記載されることになります。サステナビリティーはもはやCSR活動ではなく、事業の中核に統合されたものなのです。
マカラリーシー 説明責任を果たす上で大切なのは、経営者が自らの責務の変化を認識することです。自社の状況や課題解決への道筋を把握するには、新たなスキルや知識が求められるでしょう。経営者自身が積極的に学ぶだけでなく、各分野の専門家とも協力しなくてはなりません。信頼や透明性が求められる中、経営者の役割は拡大しているのです。
田中 「気候変動」のほかにも、サステナビリティーの観点から避けて通れないトピックとして、「生物多様性や自然資本への責任」が挙げられると思います。
昨年モントリオールで開かれたCOP15で、2030年に向けた生態系保全に関する目標が採択されたほか、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)も今後の基準開発トピックの候補として生物多様性を挙げています。さらに、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が、自然資本・生物多様性に関する開示提言の第1版を9月に公表しました。このような状況下で、経営者はどのような視座でこの課題を議論すべきでしょうか。
バッカー IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム)による報告書を見ると、自然破壊や生物多様性の喪失が深刻な問題であることがわかります。企業の多くは、生産物や建築物の原料・材料などあらゆるものが自然に依存していることに気づいていません。
ビジネスリーダーは、自社の事業の自然への依存状況、関連するリスク、影響などを理解して評価し、その解決策を戦略に組み込まなくてはなりません。
マカラリーシー 多くの企業が自然にどれだけ依存し、生物多様性に影響を与えているかを理解できていないのは危機的状況といえます。経営者は、まずリスクの把握から着手すべきです。
あるグローバル企業では、自然環境や生物多様性を損なうリスクを軽減できないプロジェクトはその範囲を限定し、リスクを軽減できる場合にのみ範囲を拡大し、自然に貢献しながらプロジェクトを実現する方法を検討しています。このプロセスがプロジェクトの財務評価に組み込まれているのです。
自然や生物多様性への対応を、新たなコストと捉えている経営者がいるかもしれません。しかし、これは新たなビジネスチャンスでもあり、その規模は10兆ドル超とも言われています。KPMGもTNFDのメンバーとして活動に参画するとともに、数多くのアーリーアダプター企業を支援しています。
田中 生物多様性や気候変動も含むサステナビリティーの問題は、いまや企業だけでなく社会や経済全体を脅かすシステミックリスクとして捉えられています。これについてはどのように考えていますか。
バッカー WBCSDでは、世界には3つの大きな危機があると考えています。気候変動、生物多様性の損失、そして不平等の拡大です。最初の2つは人類の安全な活動空間に大きな変化をもたらし、不平等は社会の結束を揺るがします。
もし私たちの活動空間が公正なものでなくなり、社会的結束力が失われれば、気候や自然に影響を与える活動を変革する力も失われるでしょう。そのため、これらをシステム全体に影響を与えるシステミックリスクとして理解することが肝要です。適切に対処しなければ、大きなビジネスリスクにつながりうるのです。
そこでWBCSDでは約2年前にBCTI(Business Commission to Tackle Inequality)という組織を立ち上げ、今年5月に「不平等に取り組む:企業行動に関する指針」を公開しました。この指針は、KPMGの協力を得て日本語版も作成されています。また、不平等などの社会課題に関連する開示枠組の提言に向け、今年後半には「不平等・社会関連財務開示タスクフォース」も発足予定です。
田中 不平等は、まさに人々の生活や労働と関わりが深いものです。経営者は何を認識しておくべきでしょうか。
バッカー 経営者が遵守すべきことは、人権保護からサプライチェーンにおける適正な労務環境の整備まで、多岐にわたります。将来に向けた労働力の再調整や、公平な賃金の支払いも重要です。貧困の拡大も大きな問題です。英国やオランダでさえ数百万から数千万人が貧困状態にあります。この事態を放置すれば、国民の怒りに乗じたポピュリストが台頭し、予測不能な政策変更につながる可能性もあります。経営者はこうしたシステミックリスクを理解すべきでしょう。
マカラリーシー すべてに共通して言えるのは、拡大するリスクを把握し、対応策を見極める必要があるということです。一方、リスクは裏を返せばチャンスでもあります。リスクを把握してそれを軽減する必要があると同時に、これまで見えていなかった新たなビジネスチャンスがあるのです。このような視点を経営者が持ち、企業の「Sustainable Value Creation」を目指す動きを、KPMGはサポートしていきます。
持続可能な社会の実現に向け、KPMGは戦略、開示、保証そして変革のためのサポートを通し、企業のSustainable Value Creationを支えています。