NEC OncoImmunity AS, CEO Richard Stratford Ph.D. × NEC OncoImmunity AS, CSO (Chief Scientific Officer) Trevor Clancy Ph.D. × NEC Laboratories Europe, General Manager Saverio Niccolini Ph.D. × NEC Laboratories Europe, Senior Researcher Brandon Malone Ph.D.NEC OncoImmunity AS, CEO Richard Stratford Ph.D. × NEC OncoImmunity AS, CSO (Chief Scientific Officer) Trevor Clancy Ph.D. × NEC Laboratories Europe, General Manager Saverio Niccolini Ph.D. × NEC Laboratories Europe, Senior Researcher Brandon Malone Ph.D.
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NECが新型コロナウイルスの
ワクチン開発に挑む
グループ3社が連携して進める
AI創薬の可能性

最新のAI技術を持つNECが新型コロナウイルスのワクチン開発に名乗りを上げた。2020年1月に臨床試験入りしたがんの“ネオアンチゲンワクチン”に続く、2つ目のプロジェクトだ。世界的な製薬企業や研究機関が参画する新型コロナワクチン開発競争にNECグループはどう挑むのか。NEC、そしてNEC OncoImmunityAS社(NOI)、NEC欧州研究所(NLE)の各担当者に、AI創薬の可能性を聞いた。

 2019年末に発生した新型コロナウイルスによる感染症は瞬く間に世界を席巻し、今もなお収まる気配が見えない。世界保健機関(WHO)の集計では世界の累計感染者は11,500,302人、死者は535,759人を数える事態となっている(いずれも2020年7月7日時点)。この情勢の中、NECがオンライン記者説明会を4月23日に開催し、AIを用いた新型コロナウイルスに対するワクチンを開発していること、さらにその成果を同日論文として発表したことを明らかにした。

 開発はNEC単独ではなく、ドイツ南西部のハイデルベルグにあるNLEとノルウェーのオスロ市にあるバイオテクノロジー子会社であるNOIとの3社の密な連携のもとに進んでおり、国境や時差を超えて進む創薬研究の新しいスタイルとして注目を集めた。

 今回の発表は新型コロナウイルスのワクチン開発ということで注目されているが、NECが創薬に挑むのは初めてではない。創薬への正式な参入を表明したのは2019年のことだ。同社が最初に目指したのは、「がんのネオアンチゲンワクチン」だった。ネオアンチゲンとは正常の細胞には存在しないが、がん化することによってつくられる新たな抗原のこと。ネオアンチゲンワクチンはその抗原の発現を遺伝子情報から予測して、その結果をもとに設計するワクチンだ。

 がんネオアンチゲンワクチンの臨床試験は既に始まっており、その滑り出しは好調だ。そして次の矢が、今回発表した新型コロナウイルスに対するワクチンなのである。

欧州2社から同時の提案。
悩んだ末の決断

北村 哲 氏

NEC
AI創薬事業部 事業部長
北村 哲(きたむら あきら)

なぜ新型コロナウイルスのワクチンを開発しようと考えたのですか。

北村 哲氏(以下、北村) まず、NECが2017年に現在のAI創薬事業部の前身であるHealthTech事業開発室を立ち上げたときに作成したビジョン・ミッションステートメントには、がんのほかにAI技術を活用した感染症や自己免疫疾患などを対象としたワクチン開発も掲げていました。ですが、2019年の時点では新型コロナウイルスのアウトブレイクは予想していなかったので、そのワクチンを我々が開発するとは考えていませんでした。そんな折、NLEとNOIから同時に、新型コロナウイルスのワクチン開発の提案がNECへ寄せられたのです。


Brandon Malone Ph.D.

NEC
Laboratories Europe, Senior Researcher
Brandon Malone Ph.D.
AI研究とバイオインフォマティクスが専門

Brandon Malone氏(以下、Malone) NLEは、がんネオアンチゲンワクチンを開発した実績があります。構築したプラットフォームが新型コロナウイルスにも応用できると考え、ワクチン開発に挑戦すべきだと提案しました。

Trevor Clancy氏(以下、Clancy) がん細胞も細菌もウイルスも、ワクチン開発のためには免疫の精密なプロファイルをする必要がありますが、その技術基盤は共通しています。我々はそのために必要な技術を持っているので、NOIとしても是非挑戦すべきだと思いました。

では、提案を受け入れてすぐにワクチン開発に取りかかったのですか。

北村 提案があったのは2020年3月で、既にパンデミックであることが明らかになって2カ月が経過していました。今から取り組んで間に合うのか。役に立てるワクチンを首尾よく開発できるのか。貴重な研究開発資源を割くべきか……。相当悩みましたね。

Trevor Clancy Ph.D.

NEC OncoImmunity AS, CSO (Chief Scientific Officer)
Trevor Clancy Ph.D.
ITを駆使したがん細胞の研究が専門

3月だと既にワクチン開発に世界の製薬会社やスタートアップが名乗りをあげている頃ですね。米国研究製薬工業協会が4月に発表した集計では、米国に限って進んでいる新型コロナワクチンの研究プログラムは70以上あり、既に臨床試験入りしているものが6つもありました。

Trevor Clancy Ph.D.

NEC OncoImmunity AS, CSO (Chief Scientific Officer)
Trevor Clancy Ph.D.
ITを駆使したがん細胞の研究が専門

北村 はい、わずか2カ月であってもNECグループが後発であることは明らかでした。ですが、先行しているワクチンが成功するかどうかは誰も予想できません。仮に間に合わなかったとしても我々が進めているがんワクチン開発技術の検証にもなり、また感染症領域への技術適用を検討する良い機会になるはずだと信じて、NEC本社が全体の調整役となり、ワクチン開発を行うことを決断しました。

がんは個別化を極めるが、
感染症はより広域化を目指す

プロジェクトにおけるNOIとNLEの役割と分担について教えてください。

Richard Stratford Ph.D.

NEC OncoImmunity AS, CEO
Richard Stratford Ph.D.
免疫学博士

Richard Stratford氏(以下、Stratford) NOIがサイエンスとワクチン設計のリーダーの役割を担っています。ウイルスのゲノム分析とそれに続くエピトープマッピング分析(エピトープ:T細胞またはB細胞によって認識されるウイルスの断片)により、ヒトの免疫機構に認識される可能性のあるエピトープの選定を私とClancyが率いるNOIのチームが担当しました。ワクチンの開発に適していると考えられる、複数の重複あるいは近接したエピトープを含むウイルスプロテオームのホットスポットを特定しました。

 がんワクチンの技術基盤を利用することで始まった新型コロナウイルスのワクチン開発ですが、その方向性は少し異なっています。がんワクチンの場合は患者一人ひとりに合わせたワクチンを設計する必要がありますが、新型コロナウイルスのワクチンの場合はより多くの人に広く免疫反応を引き起こす必要がありました。

Malone エピトープの特定と対応するエピトープのホットスポットの選定をNOIが行った後で、人口カバー計算とNOIが選んだ複数のエピトープホットスポットの最適な組み合わせの探索をNLEが担当しました。方向性は異なりますが、エピトープを選びワクチンにするという点ではがんも感染症も同じです。有望なエピトープを決定することが目標であり、この目標を達成するためにバイオインフォマティクスと機械学習を駆使して実施することには変わりありません。

ワクチン開発競争の
後発ならではの強みを生かす

ワクチン開発においてNECの強みはどこに生かされるのでしょうか。

Stratford 効果的なワクチンにするには免疫細胞のT細胞に認識され、T細胞を活性化する有望なエピトープを見つけ出すことが必要です。詳しく話しますと、ウイルスなどの病原体が体内に侵入してもT細胞は直接、その抗原を認識することはできません。断片化処理された抗原とそれに結合したヒト白血球抗原(HLA)の複合体となって初めてT細胞が認識できるのです。このHLAは多様性が大きいため、より多くの人に効くワクチンを開発するには、より多くの人に共通するHLAに反応するエピトープを見つける必要があります。

 つまり、真に有効なワクチンを開発するためには新型コロナウイルスとともに人のHLAについての情報も必要で、この両者の最適な組み合わせを検討するところにNECグループの技術が生かされているのです。

Malone 新型コロナウイルスの感染は、表面に突き出たスパイク状のタンパク質(S-タンパク質)とその受容体である人の細胞表面のACE2タンパク質が結合する必要があります。世界中の研究者が新型コロナウイルスの研究を続けていますが、その労力の大半はS-タンパク質に注がれており、ほかのウイルスタンパク質についてあまり研究されていませんでした。後発であってもここに勝機はあると考えています。

NECのデータ処理技術も解析部分で役立っているとお聞きしました。

Saverio Niccolini Ph.D.

NEC Laboratories Europe, General Manager
Saverio Niccolini Ph.D.
リサーチマネージャー

Clancy NOIでは、新型コロナウイルスのS-タンパク質に限らずすべてのタンパク質を解析し、さらに100種類のHLAと結合する可能性があるエピトープを洗い出して、エピトープマップを作製しました。さらにコンピューターによるシミュレーションを加え、HLAに最も結合して提示されやすいと期待されるウイルスのエピトープを選びました。そしてその後で、ワクチンで引き起こされた免疫反応がヒトの正常組織を攻撃することを防ぐために、ヒトの持つエピトープあるいはアミノ酸配列レベルでヒトの組織との類似性が高いエピトープを除外しました。

Saverio Niccolini氏(以下、Niccolini) そして、この過程にはNECグループが持つデータ処理技術が発揮されています。検討したウイルスは3,400株、HLAは22,000人分に及び、解析にはクラウド上に計算して得た情報を再現して現象を事前に評価する手法“デジタルツイン”という情報処理の手法を使いました。

Stratford HLAとエピトープの結合をいちいち実験室で行っていては、多くの時間と人手がかかります。ですが、データ処理技術を活用することで、研究開始からわずか1カ月で有望な8個のエピトープホットスポットの最適な組み合わせを特定することができました。これで世界人口の90%をカバーすることができると考えています。

今後はワクチン作成、臨床試験で予防効果を確認するというステップになりますか。

北村 はい、そうなります。今NECでは国内外の製薬会社と協議をしているところです。

共通の目標に誇りを
持って取り組んだ

新型コロナウイルスの流行が続く中で、どのように研究を続けられたのですか。

Malone 私を含め研究者の多くが在宅を余儀なくされたので、議論や打ち合わせは主としてビデオ会議を利用して行いました。遠距離でも顔を見て会話ができるだけでなく、データも共有することができ、何とか研究を進めることができました。

Niccolini 厳しい状況の中でも研究が進展し、成果をあげられた理由としては、「新型コロナウイルスのアウトブレイクをなんとか止めたい」、その共通の目的をチームで共有したことで、技術を持ち寄ることができました。ワクチンを開発するという問題を解決することによって世界の問題を解決できます。そこに情熱を傾けることができたことが今回の成果につながりました。

Stratford COVID-19と闘うという決意がプロジェクトの成否のカギを握っていました。感染症の流行という研究環境としては良い状況ではなかったですが、研究は非常にエキサイティングで高いモチベーションを持ってできましたね。

Clancy ワクチンの設計にインフォマティクス(情報科学)が非常に重要であることを今回の成果を通じて証明できました。感染症の大流行は時間との勝負という側面もあるので、この技術は大変有望だと確信しています。

最後に今後の展望についてお聞かせください。

北村 まだまだワクチン開発には様々なステップを踏まないといけませんが、未曽有の危機に直面している人類社会に何とか貢献したいというメンバーそれぞれの強い使命感が今回の成果に表れたと思います。ワクチン開発の成功を信じて、これからも3社連合での研究を進めていきます。