ドイツ国営気象局 へニング・ウェバー氏 × ドイツ国営気象局 クラウス=ユルゲン・シュライバー氏 × NEC 執行役員常務 須藤 和則氏ドイツ国営気象局 へニング・ウェバー氏 × ドイツ国営気象局 クラウス=ユルゲン・シュライバー氏 × NEC 執行役員常務 須藤 和則氏
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ドイツ国営気象局が挑み続ける、
欧州の気象予測高度化とは

自然災害の激甚化が、地球規模で進行している。暴風雨や洪水、干ばつなど、世界各地で大きな被害が発生しており、その対策は私たち人類にとって喫緊の課題だ。各国で様々な取り組みがはじまっているが、ドイツ国営気象局(Deutscher Wetterdienst 略称:DWD)の取り組みもその1つ。2021年夏、欧州で断続的に続いた大雨によって、ドイツで洪水が発生、180人以上の方が亡くなるという大惨事が起きた。ドイツ国営気象局は、気象予測機関として、こうした被害をおさえるべく、気象予測の精度向上の研究を進めている。その取り組みを支えているのがNECのベクトル型スーパーコンピュータ(以下、スパコン)「SX-Aurora TSUBASA」だ。気象予測の最前線の動向について、ドイツ国営気象局のキーマン2人とNEC執行役員常務の須藤が語った。

ドイツ国営気象局のミッションは
気象予測と気候関連の警報の発令

ドイツ国営気象局の役割とミッションについて教えてください。

クラウス=ユルゲン・シュライバー 氏

ドイツ国営気象局
Klaus-Juergen Schreiber(クラウス=ユルゲン・シュライバー)

クラウス=ユルゲン・シュライバー氏(以下、シュライバー) 私は、ドイツ国立気象局の技術インフラとオペレーションを担当するディレクターです。また、ドイツ国営気象局を共同で管理・指導する理事会のメンバーでもあります。私の担当は技術インフラの分野で、通常の気象観測所、航空観測所、気象観測気球、レーダーネットワーク、レーダー局から船舶観測までのデータ取得、データ交換と処理のためのITインフラ全体、そしてDWDの通信ネットワークが含まれます。

 ドイツ国営気象局はドイツ国営の気象予測機関で、気象の予測だけでなく警報の発令、研究成果などの情報も発信しています。主なユーザーは、連邦州政府の行政機関や州・市町村ですが、海上、航空、道路、鉄道などの交通インフラやエネルギー関連企業も含まれています。特に、人命や財産などに大きな被害を及ぼす気象警報の発令は重要な役割です。その情報をいかに高精度で予測し、リアルタイムで伝えられるかだけでなく、どのような影響が発生するかという情報を提供することも非常に重要です。例えば、各州の鉄砲水警報システムなど、ユーザーと密接に連携しています。

ドイツや隣接国では、気候やエネルギーに関してどのような課題がありますか?

シュライバー 昨今の気候変動により、ドイツでは突発的に急発達する予測困難なゲリラ豪雨が発生しています。ゲリラ豪雨は鉄砲水を起こし、局地的に甚大な被害をもたらしているのです。そこで我々はそのような事象をよりよく検知できるシステムへと改善したいと考えています。

 例えば2021年には2日間で1平方メートルあたり200ml以上ものすさまじい集中豪雨が降り続いて鉄砲水が起き、180人以上の方が亡くなりました。土石流によって最大7mに達する洪水を引き起こし、家屋や村が破壊されました。

 このような被害を減らすためにも、気象情報をリアルタイムに伝えるだけでなく、起こりうる被害情報を提供することは非常に重要です。例えば、私たちが運用している鉄砲水警報システムは連邦政府と緊密に連携し、予想される被害規模などを発令しています。また、風力発電や太陽光発電の事業者、電力網の管理者にも多くの気象情報を提供しなければなりません。なぜなら、再生可能エネルギーの出力は気象条件に大きく左右されるからです。

演算パフォーマンスと
エネルギー効率の高さが
採用の決め手

ドイツ国営気象局とNECの関係性についてお聞かせください。

ヘニング・ウェバー 氏

ドイツ国営気象局
Henning Weber(ヘニング・ウェバー)

ヘニング・ウェバー氏(以下、ウェバー) 私はドイツ国営気象局のIT部門の責任者として、気象予測を行うために必要な全てのIT機器の仕様決定、選定、運用を担当しています。NECとは長年にわたりドイツ国営気象局にとって非常に重要なパートナーです。2007年に初めてNECからデータ処理システムを調達し、以来継続的に同システムを採用しています。様々なシステムから収集した気象や気候データをNECのシステムに保存する仕組みです。また、気象予測システム用にNECのベクトル型のスパコンを過去2回採用しています。

2019年の気象予測システムのハイパフォーマンスコンピューティング(以下HPC)更新で重視したポイントとNECを再度選択した理由についてお聞かせください。

ウェバー 研究や学術的な分野で使用するHPCとは異なり、官庁では非常に高い信頼性で、HPCによるコンピューティングやモデリングを実行する必要があります。その点が研究用途との最大の違いです。さらに、気候や気象モデリングは、世界で最もパフォーマンス要件の高い分野だと考えています。そのため、極めて高い演算パフォーマンスを提供できること、非常に高い信頼性で日夜システムを稼動できること、そして高品質のシステムサポートを提供できること、こうした条件を全て満たす必要がありました。それらの条件を全て満たしていたのがNECだけで、選択をした理由の1つです。また、エネルギー効率も非常に重要なポイント。特に欧州ではエネルギーが非常に高騰しているので、エネルギー効率の高いNECのシステムを選択しました。

NECの「SX-Aurora TSUBASA」の特長と競合製品より優れている点を教えてください。

須藤 和則 氏

NEC
執行役員常務
須藤 和則(すどう かずのり)

須藤 和則氏(以下、須藤) 私はNECのシステムプラットフォームビジネスの責任者です。ベクトル型スパコン「Aurora TSUBASA」をはじめとするHPCやサーバといったハードウェアと、ソフトウェアの製造、開発、保守などの事業を担っています。

 NECのベクトル型スパコンは唯一無二のアーキテクチャーで、世界中でNECだけが提供しています。このスパコンの最大の強みは、プロセッサとメモリ間のデータ転送能力が非常に高いことです。これによって、科学計算に対する高い処理パフォーマンスを実現しました。ベクトル型プロセッサは、特に気象および気候シミュレーションで用いられる流体解析の計算に適しています。デジタル化が加速する中、スパコンを使って複雑で大規模な社会問題を解決したいというニーズは増大していますが、そのためには一般的なベンチマークの結果ではなく、実際に使用するアプリケーションを実行してパフォーマンスを実測することが重要です。NECは以前から、この実パフォーマンスを高めるという点に注力しており、大きな成果を上げています。アプリケーションの特性に合わせて、パフォーマンスを出せるようにアプリケーションのカスタマイズやチューニングを行う必要があるのです。

ドイツ国営気象局に対して強調したNEC製品の優位性について教えてください。

須藤 ドイツ国営気象局は、新しいスパコンの要件として、現在使用している気象システムアプリケーションで6倍以上のパフォーマンスを達成することと、消費電力が指定された範囲内であることを挙げました。NECの「SX-Aurora TSUBASA」は、実際のアプリケーションを使ったベンチマークテストで最も高いパフォーマンスを達成し、電力効率も他の競合製品よりも優れていました。

わずかなコードの修正で
高パフォーマンス、
温水冷却により
運用コストも大きく低減

NECのスパコン導入後の感想をお聞かせください。

ウェバー NECのプラットフォームでは、あまりコードを修正せずに現在私たちが使っているモデルコードを適応させることができる点に着目しました。通常、新しいプラットフォームに合わせてモデルコードを大きく変更する必要がありますが、NECのベクトル型プラットフォームのコンパイラは、数箇所のコードを修正するだけで、非常に高いパフォーマンスが得られました。そのため、旧プラットフォームから新プラットフォームへの移行がわずか数カ月で完了し、すぐに新システムでの運用を開始できました。もう1つのメリットが、NECがHPC用に温水冷却と呼ばれる水冷システムを採用したことです。この水冷システムは温水を使って冷却するため、冷却水の温度を下げる冷却装置が不要になります。その分、運用コストを大幅に削減できます。この2つが、NECのプラットフォームを選択して良かった点です。

NECのスパコン「SX Aurora-TSUBASA」

ドイツ国営気象局のデータセンターにあるNECのスパコン「SX Aurora-TSUBASA」

今回NECのスパコンを導入したことで、どのような効果が表れましたか。

ウェバー 気象予測を出すためにかけられる時間が決まっているのですが、同じ時間の中でNECのプラットフォームでは、モデリングの質を大幅に高めることができました。解像度を上げ、より多くの物理的な解析を行うことで、従来と同じ時間で、より精度の高い気象予測ができるようになったわけです。

具体的に、気象シミュレーションのグリッドサイズ(解像度)がどれくらい小さくなったのですか。

ウェバー 我々には、気象予測を段階的に改善していくためのロードマップがありますが、それをHPCの技術ロードマップと整合させる必要があります。現在、NECの新しいスパコンによってパフォーマンスが向上しました。そして今、新しい気象予測システムの実装を進めています。新HPCが完成すれば、局地的な悪天候について信頼性の高い精密な予測ができるようになるでしょう。パフォーマンスが向上したことで、予測の更新サイクルも短縮でき、1時間ごとに予測を更新できます。解像度については、ドイツ国内では現在2.2kmまで細かくなりました。欧州全域では6.5km、全世界では13kmの解像度でシミュレーションしています。

局地的な気象予測の実現を目指し、
さらに進化を続ける

ドイツ国営気象局は、今後どのような活動を予定していますか。

シュライバー さらなる気象予測システムの改善を目指しています。時間的にも場所的にも精度を高めて、小規模であっても影響が大きい局地的な激しい雷雨などをあらかじめ察知できるようにしていきたいです。また、全てのプロジェクトや主要サービスをユーザーと共同開発していきたいと思っています。ユーザーが一目で理解できるようなサービスを提供することが目標で、それにはユーザーごとのカスタマイズ、最適化が非常に重要です。さらに、ドイツ国内で発生するありとあらゆる自然災害を網羅した情報プラットフォームを実現したいと考えています。特に現在欧州では、干ばつによる災害も懸念されています。干ばつは河川輸送や農業、林業に大きな影響を及ぼすので、夏に発生する干ばつの予測精度を上げることは重要です。

局地的な雷雨や大雨など、いわゆるゲリラ豪雨といった従来は予測が難しかった現象を予測するシステムを開発中ということですが、進捗はいかがでしょうか。

シュライバー 順調に進んでいますが、まだ最終的な目標には達成していません。HPCのアップグレードにより、演算性能がさらに向上することを待っている段階です。HPCのアップグレードを想定した新しい物理解析機能を多数開発しており、システムがアップグレードされ次第、プレオペレーションに入る予定です。これまでに物理的および数値的な検証をクリアしており、現在最終段階に向けた準備が進んでいます。

欧州の雲と降水量をリアルタイムに映像化したもの

欧州の雲と降水量をリアルタイムに映像化したもの。データをスパコンでシミュレーションした後、映像化をして24H365日監視している(提供:ドイツ国営気象局)

局地的な悪天候の予測は、とても難しいチャレンジだと思います。2023年9月に、より性能が向上した「SX-Aurora TSUBASA」を導入予定とのことですが、導入後、局地的な悪天候の予測システムの運用が開始されるのでしょうか。

ウェバー NECとは複数段階の契約を結んでおり、最初の段階ではモデル開発に必要なパフォーマンスを達成する予定です。2022年のシステムアップグレードによって、プレオペレーション段階に進み、さらなるテストや最適化を行うことができました。そして2023年には新しいNECのスパコンを追加導入して、実運用を開始する予定です。

つまり、中長期的にもNECとの協力関係を継続してこのシステムで精度を高め、局地的な気象予測を実現するということですね。

ウェバー はい、少なくとも3、4年の間は、共同プロジェクトによって段階的にパフォーマンスと予測精度を高めていきます。2026年くらいまでは間違いなくNECのスパコンを使って予測を行うことになります。

今後は、電力効率に優れたシステムがより重要になってくるということでしょうか。

ウェバー 間違いなくそうなると考えています。特に欧州では、エネルギーコストが非常に高騰しているので、効率的にシミュレーションができることがとても重要です。

 そのためには、広帯域幅のメモリを搭載したシステムと効率的な冷却技術が必要になります。気象関連だけではなく高度なシミュレーションを行っている全ての業界で、少なくとも今後数年間は重要性が高いポイントといえるでしょう。

量子アニーリング技術にも注目

量子コンピュータの活用は検討されていますか? 活用方法についてもお聞かせください。

ウェバー 量子コンピュータは、気象サービスに利用するにはまだ新しいテクノロジーですが、その動向を常に注視しています。量子コンピュータで大規模な気象現象のモデリングを行うためにはゲート型量子コンピュータの実現を待つ必要があり、それにはまだ20~30年はかかるでしょう。しかし、アニーリング型量子コンピュータについては、気象予測の改善に伴う最適化問題を解決できる可能性があります。これは私たちのお客様にとっても興味深い点であり、将来的にドイツ国営気象局は、お客様と共に最適化問題に取り組むことになるでしょう。その際、重要な役割を果たすことになると考えています。

HPCや量子コンピュータに関するNECの今後の予定を教えてください。

須藤 NECは気象や気候関連の分野など、HPCが必要な分野のお客様向けに最適なHPCを引き続き提供してまいります。現在、HPCは主として科学分野での計算やシミュレーションに使用されていますが、AI(人工知能)や機械学習の分野にも使われるようになっています。量子コンピューティングについては、NECはベクトル型スパコンによる高性能なシミュレーテッドアニーリング技術を使用して、組み合わせ最適化問題を解きたいと考えています。これらのテクノロジーを活用して、NECは量子コンピューティングの用途を拡大し、世界の様々な課題を解決していくことが目標です。

ドイツ国営気象局とは、今後どのようなパートナーシップ構築を目指していますか。

須藤 ドイツ国営気象局とは、長期にわたって良好な関係を確立しており、気象および気候分野での弊社のベクトル型スパコンの優位性、使いやすさ、そして充実したサポートに、大きな信頼を寄せていただいています。NECは今後も最適なソリューションを提供し、世界をより良くするために連携していきます。

ドイツ国営気象局本部

オッフェンバッハにあるドイツ国営気象局本部

NECに対する期待をお聞かせください。

シュライバー 局地的な範囲での高精度な気象予測につながるテクノロジーの進化を期待しています。また、そのような技術を搭載したシステムが、より少ないメンテナンス、少ない消費電力で運用され、より高い性能と安定した運用を実現することを期待します。このようなテクノロジーの進化を期待するとともに、NECとはこれまで同様に信頼できるパートナーであり続けたいと考えています。

ウェバー NECには、効率と信頼性が非常に高いプラットフォームを求めている方々に対して、引き続き新しいテクノロジーを提供してくれることを期待しています。

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