熊本県知事 東京大学名誉教授 蒲島 郁夫氏熊本県知事 東京大学名誉教授 蒲島 郁夫氏
シェア ツイート

震災からの「復興」を未来の「創造」につなげていく~熊本県が掲げる「創造的復興」のビジョン~

2016年4月に起きた震災によって過去に例のない甚大な被害を受けた熊本県。現在三期目にある蒲島郁夫・熊本県知事は、大きな試練を未来の「創造」につなげるための様々な取り組みを進めている。私たちがあの震災から学ぶべきことは何か。熊本が掲げる復興と創造のビジョンとはどのようなものか。そして、そこでICT企業が担うべき役割とは──。農協職員から東大教授を経て県知事に。「逆境の中にこそ夢がある」を人生のモットーとし、様々な試練に立ち向かってきた蒲島県知事に、「創造的復興」にかける思いを聞いた。

災害への「対応力」をいかに身に付けるか

2016年の熊本地震から1年と8カ月が過ぎました。あの災害から学んだことをお聞かせください。

蒲島 郁夫 氏

熊本県知事
東京大学名誉教授
蒲島郁夫(かばしま いくお)

蒲島郁夫氏(以下、蒲島) 「対応力」をいかに高めるか──。それが自然災害の多い日本における大きな課題であることを痛切に学びました。

 熊本地震は、震度7以上の揺れが28時間の間に2回、余震が4400回以上も起きた歴史的に見ても稀有(けう)な震災でした。あれだけの地震が熊本で起きることを予測していた人は一人もいなかったと言っていいでしょう。地震がいつ、どのくらいの規模で起こるかを予知することは難しい。しかし、それに対応する力を身に付けることはできます。では、どう身に付ければいいか。災害への対応の実例に学ぶことです。私は、あの地震に際して熊本県が取り組んだことを広く伝えていくことで、日本全体の災害への対応力を高めることに寄与することができると考えています。

 私が今回の災害対応で拠り所としたのが、ハーバード大学時代の私の恩師であるサミュエル・P・ハンティントンの「ギャップ仮説」という理論です。この理論は「期待値÷実態=不満」という式で表すことができます。災害が起きると人々の行政に対する「期待値」はどんどん大きくなっていく。それに対して行政側の施策の「実態」がともなわなければ、「不満」はどんどん膨らんでいってしまうという考え方です。

人々の期待に遅れを取らずに対応策を講じなければいけないわけですね。

蒲島 その通りです。私はまず緊急時の対応として、「人命救助」、「水と食料の確保」、さらに「避難所の確保と避難所における快適性の追求」の3点に取り組みました。

 一方、対応には長期的な視点も必要です。震災後すぐ、私は「復旧・復興の三原則」を発表しました。「被災された方々の痛みを最小化する」「単に元あった姿に戻すだけでなく、創造的な復興を目指す」「復旧・復興を熊本の更なる発展につなげる」──。この三原則です。

 熊本県の人口の1割に当たる18万人が避難している最中に、「長期的ビジョンを考えている場合ではないだろう」という声もありました。しかし、ハンティントンの理論が示すように、人々の期待値が高まってからビジョンを掲げていたのでは遅いのです。事実、この三原則があったことで、避難者に少しでも快適な生活を送ってもらえるよう、木造の仮設住宅を用意したり、仮設住宅の敷地を広くしたりするといった施策をスムーズに実行することができました。「被災者の痛みの最小化」という明確な方向性がなければ、恐らく実現することが難しかった施策です。

県民の総幸福量を最大化するために

三原則にある「創造的な復興」という言葉に、未来へ向けた意思を感じます。

蒲島 震災から3カ月余りで示した「平成28年熊本地震からの復旧・復興プラン」では、まさしく「創造」が重要なキーワードになっています。プランの4つの柱は「安心で希望に満ちた暮らしの創造」「未来へつなぐ資産の創造」「次代を担う力強い地域産業の創造」「世界とつながる新たな熊本の創造」です。では、なぜそのような「創造」に取り組まなければならないのか。それは、県民の総幸福量を最大化するためです。

 知事に就任してから、私は「県民総幸福量の最大化」という大きな目標を掲げてきました。その実現のために必要な要素は、「経済的安定」「誇り」「安全・安心」「夢」の4つです。以前から取り組んできたその目標を復興と結びつけることで、未来の熊本を創造していくことができる。私はそう考えたのです。

キャラクター「くまモン」の活躍も、県の経済的安定や県民の誇りの醸成に寄与していると言えそうですね。

くまモン

©2010熊本県くまモン
地震後間もない2016年5月5日、くまモンは活動を再開。避難生活を送るお年寄りや子どもたちを勇気づけた

蒲島 くまモンによるグッズなどの売上高は、2016年には1280億円に上りました。おっしゃるように、くまモンの活躍が県民の大きな誇りとなっていることは間違いありません。それだけでなく、くまモンは高齢者施設を訪問することでお年寄りに安心感を与えたり、メディアに登場することで人々に夢を与えたりしています。まさしく、県民の総幸福量を最大化する要素のすべてにくまモンは関わっているわけです。くまモンはもともと県庁の臨時職員だったのですが、わずか一年で営業部長に昇格しました(笑)。

 私はこう思うのです。「復旧・復興プランはある意味で、『第二のくまモン』である」と。このプランに取り組むことで、まさしく県民総幸福量の最大化が実現していくことになるからです。

 私の任期は2020年の4月です。任期満了に向けて、時間的緊迫性を持って、創造的復興に取り組んでいきたいと思っています。

くまモン

©2010熊本県くまモン
地震後間もない2016年5月5日、くまモンは活動を再開。避難生活を送るお年寄りや子どもたちを勇気づけた

民間企業の発想やノウハウが創造的復興には欠かせない

未来の熊本を創造していくにあたって、新しい技術をどのように活用していこうと考えていますか。

熊本城

震災で大きな被害を受けた熊本城。完全修復には20年を要するが、天守閣外観は2019年までに復旧する見込み

蒲島 熊本県では農業が非常に重要な産業です。今後、100ヘクタールを超える広域農場の設立を推進し、ICTを活用しながらコストを下げ、安定的に収量を確保する取り組みを進めていこうと考えています。すでに、収穫量を自動で測定するシステムを搭載したコンバインの導入が始まっています。

 もう一つの重点分野は、やはり県にとって大事な産業である酪農です。搾乳、給餌、哺乳など人手がかかる作業にロボットを導入するだけでなく、家畜の発情や分娩の兆候を監視してネットワークで自動的に通知する仕組みの整備を進めています。

民間企業とはどのように協働していくのでしょうか。

蒲島 私は、「復旧・復興プラン」でロードマップを描いた施策の中から、特に県民生活に関わりの深い項目を「創造的復興に向けた重点10項目」として示しました。そこには「阿蘇くまもと空港の大空港構想Next Stage」と「八代港の整備」が含まれています。「大空港構想」とは、民間企業に空港の運営を委ねるコンセッション方式を採用して、空港の機能を大幅に強化するプランです。一方の「八代港の整備」は、八代港を年間200隻の大型クルーズ船が寄港できる一大拠点にする計画です。その目標に向けて、国と民間企業とのコラボレーションによるプランが進んでいます。民間企業の発想やノウハウを活用させていただくことは、創造的復興には欠かせない。そう考えています。

ICT企業への期待についてもお聞かせいただけますか。

蒲島 今後、建築、まちづくり、農業など、あらゆる分野でICTの知見やノウハウが必要とされることになるはずです。また、私は災害を体験して、地域コミュニティーの大切さをあらためて実感しました。コミュニティーにおける情報共有などの基盤となるのがICTです。熊本には本当の意味でのICTの需要がある。そう言っていいと思います。

 しかし、私を含む行政の人間の多くはICTのプロではありません。ぜひ、最新技術の動向や事例について教えてほしいし、積極的にいろいろな提案をしてほしい。そうして、未来の熊本の創造に力を貸してほしい。それがNECをはじめとするICT企業への期待です。

熊本城

震災で大きな被害を受けた熊本城。完全修復には20年を要するが、天守閣外観は2019年までに復旧する見込み

「共創」が創造的復興の一つの推進力となりそうですね。最後に、新年の抱負をお聞かせください。

蒲島 私は、今年を表す一文字として「創」を選びました。単なる復旧に留まらない「創」造的復興により、熊本の新たな価値を「創」り出す。その強い決意をもって、プランの実現に向け邁進していきたいと思います。

オススメ記事