三井住友フィナンシャルグループ 取締役 執行役社長 グループCEO 國部 毅氏 × NEC 代表取締役会長 遠藤 信博氏 × (モデレーター)シンクタンク・ソフィアバンク 代表 藤沢 久美氏三井住友フィナンシャルグループ 取締役 執行役社長 グループCEO 國部 毅氏 × NEC 代表取締役会長 遠藤 信博氏 × (モデレーター)シンクタンク・ソフィアバンク 代表 藤沢 久美氏
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デジタルトランスフォーメーションによる
企業経営の変革と顧客にもたらす新たな価値

日本政府はICTを活用した超スマート社会の実現に向けた指針として、「Society 5.0」を掲げている。ドイツの「Industry 4.0」、フランスの「Industry of the Future」などと並び称される第4次産業革命とも言うべき変化を先導する取組みである「Society 5.0」構想を推進するには、企業はどのようにデジタルトランスフォーメーションを進めていけば良いのだろうか。メガバンクとICT企業を代表して三井住友フィナンシャルグループの國部毅社長と、NECの遠藤信博会長が、シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏の進行のもと語り合った。

デジタル化された社会に必要とされる人材とは

遠藤 信博 氏

NEC
代表取締役会長
遠藤 信博(えんどう のぶひろ)

1953年生まれ。
東京工業大学大学院博士課程修了。
1981年にNECに入社。
主に衛星通信装置や携帯電話基地局等、無線通信機器の開発に従事し、2010年4月代表取締役執行役員社長、2016年4月代表取締役会長に就任。

藤沢久美氏(以下、藤沢) 現在、社会のあらゆる領域のデジタル化、いわゆるデジタルトランスフォーメーションが着々と進んでいます。企業の経営者として、この動きをどう捉えていますか。

遠藤信博(以下、遠藤) デジタルトランスフォーメーションとは、端的に言えば、いろいろなものがデジタル化されることによってコンピューターでの処理が可能になることを意味します。その結果、これまでになかった新しい結合が生まれ、今まで可視化されていなかったものが見えるようになる。そして、そこに新しい価値が生まれる。それが、デジタルトランスフォーメーションが持つ意味です。

 これが企業経営に与える影響は2つあると私は考えています。1つは企業全体のオペレーションが効率化し、生産性が向上すること、もう1つは新しい企業価値を生み出すことができるようになることです。

國部毅(以下、國部) 三井住友フィナンシャルグループは、今年5月に発表した新中期経営計画で、「デジタライゼーションの推進」を明確にうたっています。デジタル化が進んだ社会では、人々がこれまで以上に豊かになり、より満足度が高まる世界になるはずです。それが、日本政府が「未来投資戦略2017」で提唱している「Society 5.0」という社会であると私は理解しています。

 デジタル化が進めば、金融ビジネスの形も変わっていくことになります。まず、個人のお客さまとの取引の方法が大きく変わるでしょう。これは、スマートフォンアプリを使った銀行取引などの形ですでにある程度実現しています。

 さらに今後は、法人のお客さまとの取引の中身が変わるでしょう。これまで銀行をはじめとする金融機関は、お客さまから預金という形でお預りした資金を、事業活動のために企業に融資という形で仲介する、「おカネのプラットフォーマー」でした。それが、デジタルトランスフォーメーションが進むことにより、プラットフォーマーとしての金融機関が扱うもの、仲介するものが変わっていくと考えています。

 Googleは、ネット上の情報検索から始まったプラットフォーマーですが、インターネットで検索者が見つけることができるのは公開されている情報です。一方、金融機関には一般に公開されていない様々な情報が集まります。幅広いネットワークから集まる情報を組み合わせて新しい価値を生み出して提供する、「情報のプラットフォーマー」になることが、デジタル化が進んだ世界で、今後、金融機関が目指すべき方向性であると私は考えています。

藤沢 企業としてデジタルトランスフォーメーションを推進していくに当たって、どのような課題があるとお考えですか。

國部 課題は大きく3つあります。1点目は、人材の確保です。社内のデジタル化を進めていくには、金融に関する知識がある人だけでなく、ITやコンサルティングなどのデジタル化を推進するスキルを持った人を幅広く登用していくことが必要です。また、デジタル化という大きなパラダイムシフトが起こっている時代において、「新たな世界を想像する力」が経営陣も含めて全社員に求められると思います。

 2点目は、そういった人材の能力を組織の能力向上につなげていくことです。働き方、システム開発の手法、意思決定の在り方などを刷新し、新しい社会にふさわしい組織の形をつくっていかなければなりません。

 3点目は、企業カルチャーの変革です。多様なスキルを持った人材が新しい組織の中で思う存分能力を発揮できるよう、ダイバーシティを積極的に受け入れられる文化を醸成していくことが今後は必須になるでしょう。

遠藤 NECにとっても、人材の確保や育成は大きな課題です。デジタルテクノロジーに関する知識やスキルがあることはもとより、人間社会の本質を見極める力を持っている人材がこれからの時代には求められることになると思います。

 先に述べたように、デジタル化された社会では、様々な異種の要素が結合していくことになります。これは、これまで部分最適で考えていたものを全体最適の視点で見ていくことが必要になることを意味します。そのような幅広い視点を持ち、さらには、本当に大切なものは何かを考え、社会にとっての価値を生み出していくことができる。それが、デジタルトランスフォーメーションが進んだ社会に必要とされる人材です。

 技術は進化し、社会は進歩していきますが、人間の本質的な欲求はそう大きく変わるものではありません。その本質的欲求を理解し、多くの人々をより幸福にしていくためにデジタル技術をどのように活用していけばいいのか。それを構想できる人たちを育てていかなければなりません。

デジタル化の流れが止まることはない

國部 毅 氏

三井住友フィナンシャルグループ
取締役 執行役社長 グループCEO
國部 毅(くにべ たけし)

1954年生まれ。東京大学卒業。
1976年住友銀行入行。
2011年4月三井住友銀行頭取、
2017年4月三井住友フィナンシャルグループ取締役執行役社長グループCEOに就任。

藤沢 デジタルトランスフォーメーションに関する具体的な取り組みについてお聞かせください。

國部 新中期経営計画における「デジタライゼーションの推進」の柱は、大きく4つあります。

 1つ目は、「お客さまの利便性向上」です。この4月にオープンした銀座エリア最大の商業施設「GINZA SIX」の店舗では、電子印鑑やサイン認証を使ったペーパーレス取引を導入しました。また、法人取引でも融資電子契約をすでに導入しています。

 2つ目は「新規ビジネスの創造」です。NECと共同で設立したジョイントベンチャー「ブリースコーポレーション」は、まさにその取り組みの先例です。この会社が手掛けるのは、スマートフォン上にバーコードを生成して紙の払込票を使わずに、コンビニエンスストアでの支払いを可能にする決済サービスで、この9月からPAYSLE(ペイスル)の名称でサービスを開始しています。ほかにも、NECの高度な顔認証技術などを活用した生体認証による決済の仕組みづくりにも今後は取り組んでいく予定です。なお、NECと当社の子会社の三井住友カードが実証実験を行った顔認証を使った決済サービスは、先日開催された「CEATEC TOKYO 2017」で優れた技術・製品・サービスとして経済産業大臣賞を受賞しました。

 3つ目は「経営インフラの高度化」です。データを使った科学的経営を進め、経営全体を「見える化」していくことで、意思決定などの精度の向上を目指します。

 そして4つ目が「生産性・効率の向上」です。AI(人工知能)やRPA(ロボットを活用した業務自動化)を導入して仕事を効率化し、そこで生じた余力をより付加価値の高い仕事に振り向けていきます。

 デジタルトランスフォーメーションの流れは、もはや止まることはありません。それに対してリアクティブ(事後的)に対応するのではなく、プロアクティブ(先行的)に手を打っていくこと。それが何より大切であると考えています。

遠藤 お客さまのデジタルトランスフォーメーションを推進するためのテクノロジーやプラットフォームを通じた価値提供することがNECの役割だと考えています。そして、価値提供において重要な役割を果たすのがAIです。AIを活用して価値を創造するには、先ずは様々なデータを分析できるように良質化しなければなりません。次に良質化されたデータを複数組み合わせて分析することでデータの関係性や意味を理解する。それらを理解し、精度の高い未来予測をすることで、お客さまの業務上のトラブルなどを未然に防ぐことができるようになります。

 例えば当社は、最先端AI技術群「NEC the WISE」を活用し、プラントを停止するような異常や故障といった大きなトラブルを未然に防ぐサービスをご提供しています。従来、プラントの運用は、温度や圧力、ガスや液体の流量など様々なデータの分析が求められ、技術者や熟練の運転員の知見に頼ってきました。しかし、先進国ではプラントの長寿命化、運転員の高齢化が進んでいることが課題となっています。また、新興国ではブラントの増加に伴い、スキルある運転員の確保が難しく、いかに安定・安全運転を維持し、効率的なプラント操業を行うかが課題でした。そこで、データの分析にAI技術を活用することで「いつもと違う」動きを予兆段階でいち早く検出できるようになりました。その結果、想定外のトラブルによる生産停止を防げるようになり、プラントの稼働率を高めることができました。今後、このようなサービスを様々な業種のお客さまにご提供していきたいと思います。

サイバー空間の価値を現実化するためのエコシステムを

藤沢 久美 氏

シンクタンク・ソフィアバンク
代表
藤沢 久美(ふじさわ くみ)

藤沢 デジタルトランスフォーメーションを進めていくには、いろいろな形での「共創」が必要になりそうですね。

國部 その通りです。キーワードは「オープンイノベーション」と「ベンチャーの創出」であると考えています。いろいろな技術を持った会社が有機的に結びついて、価値を生み出していく。それがオープンイノベーションであり、まさしく共創の一つの在り方です。

 もう一方のベンチャーの創出に関しては、金融機関の役割がとりわけ大きいと思います。高度な技術はあっても十分な資金を持たないベンチャー企業に積極的に融資をしていくだけでなく、資本力のある大企業とベンチャー企業をうまくマッチングさせていく。それも金融機関が目指すべき共創の在り方であると思います。

 9月1日に、渋谷に「hoops link tokyo」を開設しました。この施設では、SMFGのためのオープンイノベーションにとどまらず、「社会課題の解決」に向けて様々なプレイヤーが集います。金融機関によるこうした共創の場の提供が、日本のベンチャー・エコシステム形成の一助になると考えています。開設して間もないですが、銀行によるこれまでになかったタイプのイノベーション拠点として、ベンチャー・エコシステムのプレイヤーの方々からご好評をいただいています。

遠藤 デジタルテクノロジーによって生み出されるのは、サイバー空間におけるいわば仮想価値です。それを広く社会の資産としていくには、実世界にその価値を展開し、現実価値としていかなければなりません。そこで重要になるのが共創です。

 例えば、現在の物流ではドライバー不足の問題があり、トラックの積載率の向上が課題となっています。その課題を解決するためには、様々なデータを統合していくことが必要です。荷物、トラック、運転手、エリアなどに関する情報を集め、それをサイバー空間上で統合すれば、1台のトラックに積載する荷物を増やし、物流を格段に効率化する解を得ることが可能になるでしょう。

 しかし、その解を実際に動かしていくには、実世界で物流事業者同士が連携を図る仕組みが必要です。例えば「自社のトラックに他社扱いの荷物を載せてもいい」というルールをつくる取り組みが求められるでしょう。この様なアレンジが、これからの時代に必要な共創の在り方であると思います。

藤沢 実世界においてエコシステムをつくることが、サイバー空間で生まれた価値を最大化することにつながるわけですね。

図1 NECが考える価値創出デジタルトランスフォーメーション

図1 NECが考える価値創出デジタルトランスフォーメーション

図1 NECが考える価値創出デジタルトランスフォーメーション

図1 NECが考える価値創出デジタルトランスフォーメーション

遠藤 はい。NECはセンシング技術や画像認識技術を使って実世界のデータを「見える化」し、さらに、「分析」や「対処」することによって新たな価値を生み出します。実世界から取得したデータを、サイバー空間で分析して価値に変え、それをもう一度実世界のエコシステムの中に戻していく。いわば、「リアル(アナログ)→サイバー(デジタル)→リアル(アナログ)」というサイクルをつくっていく。そのベースとなるのが共創ということです。

 AIはもちろん、高信頼かつ統合されたICTプラットフォーム(コンピューティング、ネットワーキング、セキュリティ)を通じて価値提供を確かなものにできればと思います。

藤沢 最後にそれぞれに対する期待をお聞かせください。

國部 ドイツは2011年に「Industry 4.0」というビジョンを掲げました。Industry 4.0は工業分野におけるデジタルトランスフォーメーションの宣言でしたが、日本が現在掲げているSociety 5.0は、工業はもとより、あらゆる産業を含んだ社会全体のデジタルトランスフォーメーションのビジョンです。Society 5.0を実現するための過程で得られた経験や技術、知識の蓄積があれば、日本は世界をリードしていくことができると私は考えています。

 そこで必要とされるのが高度なICT技術です。もてる技術力を最大限に発揮し、Society 5.0を実現するキープレーヤーとして世の中をけん引していってほしい。それがNECに対する私の期待です。

遠藤 メガバンクは、人間社会を構成する重要なプラットフォームです。メガバンクの進化は、社会全体の進化に大きく貢献するでしょう。デジタルトランスフォーメーションを先頭に立って推進し、よりよい社会の基盤を創るキープレーヤーとなっていただきたいと思います。今後も手を取り合って、新しい時代をともにつくっていきましょう。