日本電産 代表取締役会長 最高経営責任者 永守 重信 氏 × NEC 取締役 執行役員副社長 石黒 憲彦 氏日本電産 代表取締役会長 最高経営責任者 永守 重信 氏 × NEC 取締役 執行役員副社長 石黒 憲彦 氏
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「投資なくして働き方改革は成らず」
日本電産 会長 永守氏が語る働き方改革と人材戦略

一代で一兆円企業を築いた名経営者、日本電産の永守 重信 代表取締役会長 最高経営責任者が2020年までに「生産性2倍・残業ゼロ」を目指すことを宣言した。長時間残業を美徳とする風潮、残業代で生活を支える社員など、日本の働き方改革は容易ではない。「モーレツ主義」で知られてきた永守会長が、労働時間を減らす方向に大きく舵をきったのは何故なのか。その真意について、古くから親交のあるNECの石黒 憲彦 取締役 執行役員副社長が話を聞いた。

永守流改革其の一
経営者は社員の為の投資は惜しまず、細部まで改革せよ

永守 重信 氏

日本電産
代表取締役会長 最高経営責任者
永守 重信(ながもり しげのぶ)

1944年生まれ。京都府出身。職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)電気科卒。
1973年7月 日本電産を創業、
代表取締役社長に就任(2014年10月から会長を兼務)。
2018年6月 代表取締役会長(最高経営責任者)に就任。現在に至る。

石黒憲彦氏(以下、石黒) 日本電産の永守会長といえば、以前は人の2倍3倍働く「ガンバリズム」というイメージがありましたが、最近は真逆の「残業ゼロ」の働き方を推進されています。「生産性2倍・残業ゼロ」の実現にむけて、1,000億円もの費用を投じると仰ってますが、永守会長が思い描いていらっしゃる「働き方改革」とはどのようなものでしょうか。

永守重信氏(以下、永守) 日本電産は短期間で全面的に働き方を変えようとしていますが、単に残業を減らし、曜日を決めて早く退社を促す、といった多くの日本企業で行われている「働き方改革」とは全く違うものです。そういうものは「改革」と呼ぶに値しません。我々が理想とするのはドイツの企業です。彼らは残業をせず、夏休みを1カ月も取りながら、高い利益率を達成しています。マイスター制度で社員をしっかりと育成している上に、指導者の力量もあって無駄のない働き方が徹底されているからでしょう。生産性だけで見れば日本はドイツの約半分です。ドイツ並みの働き方をするにはどうすればよいか。残業をゼロにして、生産性を2倍にすればいい。そうすれば実現できると考えたわけです。

 しかし、「残業ゼロ」は困るという社員が結構多くいます。日本の場合、残業手当が生活給に含まれているという実態があるからです。私自身も若い頃はそういう感覚でした。残業代を見込んで住宅ローンを組んだりするので、残業代がゼロになったら暮らしていけない、というわけです。それでは改革なんかできません。その難関を乗り越えるため、5年かけて徐々に残業を減らすが、年収は維持することを社員に約束しました。給与水準を下げずに残業を減らすのは、もちろん簡単ではありません。生産性を高めるために、多額の設備投資が必要ですし、就業規則や業務の進め方を根本から見直していかなければなりません。例えば、社内の説明資料作りは、時間と紙を無駄にしないようA4版1枚に収めるとか、そういう細かいことの積み重ねです。

永守流改革其の二
経営者は「3Q6S」を徹底せよ

石黒 憲彦 氏

NEC
取締役 執行役員副社長
石黒 憲彦(いしぐろ のりひこ)

1957年生まれ。北海道出身。
東京大学法学部卒業後、1980年通商産業省入省。経済産業省 商務情報政策局長、経済産業審議官などを経て、
2015年10月経済産業省顧問退任。2016年10月NEC執行役員副社長
就任。2018年6月 取締役 執行役員
副社長就任。現在に至る。

石黒 生産性の向上には、社員をやる気にすることがとても重要だと思います。以前、永守会長が「会社の再生は心の再生から」と仰っておられて、とても深く心に響きました。また、日本電産には、国内外でのM&Aによって、多様な企業文化で育った社員が増えてきていると思いますが、グループ全体をひとつにまとめ上げるにはどのようなことが必要でしょうか。

永守 最も重要なのは、会社の売上の成長、利益の伸びです。それこそが全てを癒やします。成長すれば活力が生まれ、社員も、その家族も、そしてもちろん経営者の心も癒やされます。逆に、成長がなく業績が悪い企業は、閉塞感が漂います。社員が新聞を読む時に転職向けの求人欄に目を通しているような状態では、どんなに元気を出せと言っても効果はありません。何よりも売上を伸ばし、利益を出す以外に、社員の心をつかみ、やる気にさせる術はないのです。

 では利益を出すためにはどうするか。大切なのは3Q(良い社員、良い会社、良い製品)6S(整理、整頓、清掃、清潔、作法、しつけ)です。会社の業績はこの3Q6Sの点数と連動すると私は考えます。床に部品が落ちていても拾おうとしない、電話の応対も悪い、という会社は、当然業績もよくありません。掃除が行き届いてなくても利益を上げている会社があるなら教えてくれと常々言っていますが、今のところお目に掛かったことはありませんね(笑)。業績の悪い会社に対しては、社員にいつもより少し早く出社して掃除をし、早めに機械のスイッチを入れるように頼みます。3Q6Sが当たり前の努力として身についてくれば、従業員の士気が上がり業績もよくなってきます。3Q6Sの点数が100点満点で60点になれば黒字化、80点になれば間違いなく過去最高益になりますよ。

 国外ではやり方を少しだけ変える必要があります。欧米のような契約社会では、まずはこれだけ利益が出ればあなたの給料を上げます、というところから始めなければなりません。でもその後はどこでも同じです。とにかく当たり前の努力をしてもらう。それが身についてくれば普通に働いて10%の利益が、さらに頑張れば15%の利益が出るようになるものです。もしそれでも2~3%しか利益が出ないのなら、それは経営者の経営努力が足りないということです(笑)。

永守流改革其の三
経営者は生産性向上を阻む3つの課題を解決せよ

永守 重信 氏

石黒 2017年はAIの有効性が確認できたAI元年ともいうべき年でした。NECは日本電産と、無線の通信遅延をAIで予測して、御社のインテリジェントモータで協調制御し、高精度に搬送ロボットを遠隔制御する技術を共同開発させて頂きました。働き方改革の観点から、こういう課題を解決するソリューションがほしい、といったご希望があればお聞かせください。

※プレスリリース:NECと日本電産、インテリジェントモータ®搭載のロボットを無線で協調制御する技術を共同開発

永守 生産性向上を阻む要因は、大きく3つあると考えています。1つは語学力です。英語の電話に応対できない、資料の翻訳に半日かかる、法律や技術的な会話ができないなど、語学力不足は、生産性向上を阻害する要因の実に4割を占めています。2つ目は、ミドルマネジメント職が部下の管理を十分にできていないことです。部下がなぜ残業をしているのかを理解していないので、的確な指示や指導ができないのです。これでは生産性は上がりません。この問題がおよそ3割ぐらいでしょう。

 3つ目は、ITをはじめとする設備や技術で、これが残りの3割です。日本電産は大小問わず有用な手段と思えるものは全部使って生産性向上を進めています。例えば、生産工程における「匠の技術」をAI化する、審査業務に当たってホワイトカラーの経験に頼っていた部分をAIで代替する、といった取り組みには大きな効果があります。社員のテレワークを推進するのもいいでしょう。NECの顔認証技術を活用して、カメラ付きのパソコンでアクセスできるようにするなども考えられます。とにかくビジネスは時間との勝負です。例えば、見積もりを出すのに、社内手続きや社内承認で余計な時間がかかっていては勝てません。日本電産では1日で対応するようにしています。

石黒 まさに仰る通りですね。以前、永守会長から頂戴した「すぐやる 必ずやる 出来るまでやる」と書かれた額は、私自身を含むNECに必要な言葉として、執務室に掲げています。「持ち帰って検討する」といって無駄に時間を費やしてしまいがちな文化を変えなければ、と気持ちを新たにしました。NECももっとスピードを上げれば、より売上を増やせると思います。

永守流改革 其の四 ~ 其の六を読む

永守流改革其の四
引く手あまたになる人を育てよ

永守 重信 氏

石黒 永守会長はこの春に京都学園の理事長に就任されました。企業経営者が、教育の世界にこうした形で携わるのは珍しいことと思います。どのようなお考えがあってのことでしょうか。

永守 今の日本は偏差値中心の教育です。18歳の時に偏差値で一律に序列がつけられて、進路が決まります。しかしそれでは無個性な人間しか育ちません。世の中から求められているのは単一の能力ではありません。メーカーで働くのであれば、研究部門があり、開発部門があり、製造現場がある。それぞれ求められる能力は多種多様なのに、偏差値の高低で人生が決まるような教育のありかたでは、若者たちの人生の可能性を狭めているようなものです。経済学部を出たのなら、バランスシートが読めて税額の計算ができる能力を企業は期待しますが、実際にはそんな人材を育てるようにはなっていません。英語力も十分でなく、海外とのやり取りも満足にできないような人がなんとなく卒業して社会に出てきてしまう今の教育を変えないといけないのです。

 京都学園大学は、2019年度から京都先端科学大学と名を変えて、企業から引く手あまたになる人材を生み出す教育への改革に取り組みます。一例を挙げると、TOEICで650点以上を取らないと卒業できないような仕組みを設ける予定です。日本電産のビジネスと重なるところでは、モータの研究者の育成に力をいれようと思っています。例えば、これから先、電気自動車(EV)が普及していくと、モータの需要は大きく増加します。しかし残念ながら日本の大学は、少し前は半導体、最近はAIというように、学生の人気が高い学科ばかりを増やして、モータの研究のように本当に必要な学科をないがしろにしてしまっているところがあります。一方中国は、モータ分野に力を入れていて、EV時代に必要な人材をしっかり育てています。このままでは日本の国際競争力が低下していくのではないかと大変な危機感を覚えます。京都先端科学大学では、2020年4月より工学部モータ工学科を新設して、日本の製造業に貢献できる優れた人材を送り出していこうと思っています。

永守流改革其の五
管理職は人間力と雑談力を磨き、愛情をもって部下を叱るべし

石黒 憲彦 氏

石黒 若者たちを直接指導するミドルマネジメント層の人材育成能力向上も、企業経営上の重要課題になっていますね。

永守 彼らに必要なのは「人間力」と「雑談力」と言えるのではないでしょうか。欧米人は日本人と食事をするのを嫌がります。何故だか分かりますか? 料理を黙々と食べるだけで、コミュニケーションを楽しむことができないからです。単に業務をこなすだけならいいのでしょうが、コミュニケーションができない人が若者を育てるのは難しいでしょう。管理職は「人間力」と「雑談力」を磨かなければなりません。無気力無関心ではダメです。失敗や挫折、寄り道といった経験が何よりの糧になります。そのためには失敗したら終わりではなく、挽回のチャンスが与えられる環境でなくてはなりませんね。日本電産では「人間力」と「雑談力」を磨くための教育カリキュラムを作りました。例えば、航空会社のCA職といった、コミュニケーションのスペシャリストにも講師をしてもらっています。

 若者を育てるやり方はどうあるべきでしょう。書店の教育コーナーには「人は褒められると伸びる」「褒めて育てる」といったタイトルの本が数多く並んでいます。褒めるだけで人が育つのであれば、苦労はしません。私は逆なのではないかと思います。私は部下を叱って育てます。ある時、自宅の電話で部下を怒鳴りつけていたら、妻が「そんなに叱ったら会社を辞めてしまうわよ」と心配するくらいです。でも叱られた部下は「永守会長に叱ってもらえるまでになった」と嬉しそうに出社してくるんです。私に叱られるのは有望と認められたからだ、ということを社内のみんながよく分かっているわけです。

 ただし、叱るのは小さなことに限ります。大きな失敗をした時、当事者は叱らずとも十分反省しているものです。そんな時に叱っても、さらにしおれてしまうだけでいいことは何もありません。母の叱り方がまさにそれで、人様の家に謝りにいくようなことを私がしでかして、すっかりしょげていた時には、直接私を叱ろうとはしませんでした。でも、私が赤信号なのに道を渡ろうとした時は「いつか大ケガするからね」と、こっぴどく叱られたものです。愛情を持って、上手に叱れば、若者は必ず伸びます。エネルギーは要りますが、褒めるより、叱ることが若者のためになると思いますよ。

永守流改革其の六
自分の理念に共鳴する人を集めよ

永守 重信 氏

石黒 最近の若者たちは、従来とは異なる価値観を持っている、とよく語られます。「ゆとり世代」「ミレニアル世代」という言葉もありますね。

永守 人の心にどう接するか、それは今も昔も変わりません。人を高給で集めたとすれば、高給を与え続けなければやがて人は離れていくでしょう。日本電産は、そうした移ろいやすい表層的な魅力で人を集めた会社ではありません。会社が掲げる理念に共鳴した人の集まりです。理念に共鳴するかしないか、そこに世代は関係ありません。

石黒 理念がしっかりと定まっているからこそ、日本電産が優れた人材を集めることができているのですね。

永守 興味深いことに、新卒の人が入りたい会社ランキングを見ると、商社やら航空会社やらブランド力のある大企業が上位に名を連ねる傾向がありますが、日本電産は新卒よりも転職組に人気があるのです。勤めてみたけど思っていたのと違った、という人が転職を考える時、「自分は何をやりたいのか、どうなりたいのか」キャリアプラン、ライフプランを考えるでしょう。その選択肢に日本電産が選ばれるというのは嬉しいことですね。特にキャリアアップを求める人は大歓迎ですし、そのためのチャンスもきちんと与えて、しっかりと応援していきたいと思います。私はM&Aで一緒になった社員も含めてクビをきるようなことは絶対にしません。昔は「日本電産はブラック企業だ」と散々言われましたが、面白いことに最近は「日本電産こそホワイト企業の代表だ」と言われるようになって、特に女性からの人気はうなぎ登りです(笑)。おかげさまで人手不足とも無縁です。時代に合わせて働き方は変わりますが、人の心は今も昔も変わりません。私の考え方、理念に共鳴する人と一緒に、これからも成長していきたいですね。

永守流改革 其の一 ~ 其の三を読む

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