NEC 代表取締役 執行役員社長 兼 CEO 新野 隆 氏NEC 代表取締役 執行役員社長 兼 CEO 新野 隆 氏
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Digital Inclusionは社会実装へ
デジタル価値の拡大を目指す
NECの取り組み

第4次産業革命技術の社会実装を進め、Society5.0を実現する。そのカギとなるのは何か。「Digital Inclusion」というビジョンを掲げ、生体認証をはじめとするデジタルテクノロジーの社会実装をけん引するNECの代表取締役執行役員社長兼CEO・新野隆氏に、わが国のテクノロジー活用の現状や課題、そして未来に向けた見通しについて聞いた。

デジタルの価値を「体感」
してもらうことが必要

昨年から「Digital Inclusion」というビジョンを掲げていますね。

新野隆氏(以下、新野) 「Inclusion」は日本語では「包摂」「受容」などと訳されますが、私たちが言うDigital Inclusionとは、デジタルテクノロジーが社会の隅々まで浸透し、データの安全で自由な活用が当たり前になること。そして、それによってさまざまな課題が解決し、人々がいきいきと生活できるようになることを意味しています。デジタルの力で一人ひとりが輝ける社会を目指す──。それがDigital Inclusionという言葉に込めた私たちの思いです。

図)NECの考えるDigital Inclusion

図)NECの考えるDigital Inclusion

図)NECの考えるDigital Inclusion

図)NECの考えるDigital Inclusion

そのビジョンは、現在どのくらい実現しているのでしょうか。

新野 隆 氏

NEC
代表取締役 執行役員社長 兼 CEO
新野 隆(にいの たかし)

1954年生まれ。京都大学卒業後、77年NEC入社。
主に国内金融業向けITシステム・サービス事業に従事し、2016年4月 代表取締役執行役員社長 兼 CEOに就任。

新野 デジタルの価値をテクノロジーによって拡大し、その価値を多くの人々に体感してもらうフェーズに入っています。このフェーズにおけるキーテクノロジーが、生体情報の認証技術であると私たちは考えています。

 NECは1960年代から文字認識技術の開発に取り組み、現在では、指紋認証、顔認証、虹彩認証の技術において世界ナンバーワンの評価を得ています(※)。それらの認証技術を統合したブランドが「Bio-IDiom」です。生体認証技術の精度は、個人を100%に近い確率で特定できるところまで高まっていますが、さまざまな用途や環境での利用を考えると、まだ万能とは言えません。しかし、複数の認証技術を組み合わせれば、ほぼ100%の特定を実現できます。

 大規模な取り組みの例として、インドの国民ID制度が挙げられます。インドには13億人を超える人々が住んでいて、公共福祉サービスを隅々まで行き渡らせるのが非常に難しいという課題がありました。そこで、国民一人ひとりの身分を証明する仕組みとしてNECの生体認証によるID登録を取り入れた結果、社会保障などの公共福祉サービスを簡単に受けられるようになり、登録者はすでに10億人に達しています。

図)NECが保有する生体認証技術

図)NECが保有する生体認証技術

図)NECが保有する生体認証技術

図)NECが保有する生体認証技術

生体認証技術は社会のあらゆる場面で使えるようになるのでしょうか。

新野 技術的には可能ですが、重要なことはすべての人が活用を望むかどうかです。どれほどテクノロジーが進んでも、それを使いたくないという人は必ずいます。とりわけ、個人に紐づいた情報活用をリスクと捉える人は少なからずいるでしょう。ユーザーの了承を得ずにテクノロジーを使うわけにはいきません。まずは、多くの人の了承を得やすい領域から活用を進めていくことを私たちは目指しています。

 新しいテクノロジーを社会に受け入れてもらうためには、利便性を示して理解を広めていくことが必要です。例えば、生体認証でさまざまな手続きや決済ができるようになれば、キャッシュレスで買い物をしたり、有料施設へチケットレスで入場したりすることが可能になります。多くの人はそれをたいへん便利だと感じるでしょう。私たちが言う「体感」とはそういうことです。テクノロジーの価値を多くの人に体感してもらうことができれば、活用したいという人は必ず増える。それによってDigital Inclusionはいっそう進むことになると私たちは考えています。

※NECの指紋認証技術、顔認証技術、虹彩認証技術は、米国国立標準技術研究所(NIST)が実施したベンチマークテストにおいて、いずれも99%以上の照合精度があるとして第1位の評価を獲得している。顔認証では、静止画だけではなく、より認証が困難な動画認証においても第1位の評価を得ている。

社会課題解決のツール
としてのテクノロジー

一方、テクノロジーを使ってデータを活用する企業に対する社会の目は、以前よりも厳しくなっています。

新野 データは価値ある資源ですが、取り扱うにはリスクもあるということに多くの人が意識的になっています。個人に紐づいたデータはプライバシーの侵害に結びつく可能性があり、悪用される可能性もある。そんな不安が世界中で高まっているように感じられます。

 必要なのは、テクノロジーの役割を明確にすることです。テクノロジーの価値は、社会価値を創造し、人々を幸せにすることにあります。そのためにどのようなデータをどのようなテクノロジーで活用すべきか。それを明確にすることによって、人々の危惧が払拭されると考えています。

 例えば、世界に先駆けて超高齢化社会を2025年に迎えるわが国では、膨らみ続ける医療コストの増大が社会課題となっています。データを上手に活用することができれば、健康寿命の延伸、社会保障負担を軽減することが可能になるでしょう。価値創造の手段としてのテクノロジーがある。その関係をはっきりさせることが大切です。

 私たちNECにも、テクノロジー活用に関する明確なビジョンを示していく責務があると強く感じています。安全で自由なデータ流通に向けた環境整備。守るべき情報の特定と不正流出の防止。プライバシーへの配慮や人権の尊重──。それらの指針を策定しているのも、そのような責務を果たすためです。

図)NECグループのAIと人権に関するポリシー

図)NECグループのAIと人権に関するポリシー

図)NECグループのAIと人権に関するポリシー

図)NECグループのAIと人権に関するポリシー

社会やビジネスの仕組みがデジタル化する、いわゆるデジタルトランスフォーメーションにおいて、日本は諸外国よりも遅れているとしばしば指摘されます。

新野 誤解してはいけないのは、日本のテクノロジーの水準が決して低いわけではないということです。日本には優れたデジタルテクノロジーが数多くあります。しかし、その広範な活用がまだ進んでいない。そこに問題があります。

 「課題先進国」である日本には、解決しなければならない社会課題がたくさんあります。それはすなわち、テクノロジーで新たな価値を生み出すチャンスがたくさんあるということにほかなりません。いずれ世界の多くの国々が、現在のわが国と同様の課題を抱えることになるでしょう。課題先進国といういわばアドバンテージを生かし、これまでになかったテクノロジーの活用の仕方を考えていくことを目指すべきだと思います。

社会課題の解決に一社のみで取り組むのは簡単なことではないと思います。

新野 おっしゃるとおりです。以前は、「Make or Buy」つまり、自社でテクノロジーを生み出すことを目指し、足りない部分は外部から調達するという考え方が主流でした。しかし、解決の方法を確実に、かつスピーディーに生み出していくことが求められる現代においては、さまざまな企業がそれぞれの強みを持ち寄って、シナジーを生み出していく方法の方がはるかに有効です。私たちが「共創」という理念を掲げているのはそのためです。適切なパートナーと協力してエコシステムをつくり、新しい価値を生み出していきたいと考えています。

AIを活用して社会課題を解決する

パートナーと共創による具体的な取り組みをお聞かせいただけますか。

新野 2020年春から成田空港で「One ID」と呼ばれる仕組みがスタートすることになっています。空港のチェックイン時に顔写真を登録すると、手荷物預け、保安検査、搭乗などがすべて「顔情報」だけでできるようになります。

 これが実現すれば、旅客は搭乗券やパスポートをいちいち提示する必要がなく、搭乗までの煩わしい手続きが軽減されます。もちろん、待ち時間も大幅に短縮されるでしょう。一方の空港側も、スタッフの省力化や省人化が実現するだけでなく、本人確認の精度が向上するので、テロなどの未然防止にもつながります。世界の空港でもまだ数カ所でしか実現していない仕組みで、国内では成田空港が先駆けとなります。これもまさに、テクノロジーの利便性を体感できる取り組みと言えます。

Digital Inclusionの柱は生体認証技術であると考えていいのでしょうか。

新野 生体認証技術が一つの柱であることは確かですが、それがすべてではもちろんありません。例えば、AIによる機械学習もDigital Inclusionには欠かせないテクノロジーです。

NECは「ホワイトボックス型AI」にこだわって技術を磨き続けてきたと聞きました。

新野 そのとおりです。AIが導き出した予測結果について「根拠・理由が分からない」いわゆる「ブラックボックス型AI」では、人間は納得ができず、うまく使いこなすことはできません。そこでNECは、AIの思考・分析の過程を人間が理解できる、つまりAIが結論に至った理由を説明できるという「ホワイトボックス型AI」にこだわって、半世紀以上前から研究に取り組んで参りました。そして、2012年から他社に先駆けて事業化し、さまざまな業種のお客さまにご利用いただいております。例えば、三菱UFJ銀行様には「住宅ローンQuick審査(事前審査)」で導入頂き、お客さまの利便性向上に加えて、審査担当者の業務負荷軽減、暗黙知であった知見の可視化・精度を高めることの成果につながったと高く評価いただいております。

 2017年度から2018年度にかけてのその稼働件数(検証中含む)は160件にのぼります。NECはこれからもAIの社会実装においてホワイトボックス型AIが必要不可欠と考え、その普及にも努めてまいります。誰もが納得できる形でテクノロジーを活用する。これもまた、Digital Inclusionの取り組みの一つと言っていいでしょう。

図)NECの考えるホワイトボックス型AI

図)NECの考えるホワイトボックス型AI

図)NECの考えるホワイトボックス型AI

図)NECの考えるホワイトボックス型AI

ビッグイベント成功のために
持てる力をすべて発揮したい

Digital Inclusionを進めるに当たって、今後社内の体制をどう変えていく必要があると考えていますか。

新野 社会のデジタル化をリードできる改革を進めています。具体的には、CDO(チーフデジタルオフィサー)のポジションの新設や「クロスインダストリーユニット」「デジタルビジネスプラットフォームユニット」といった横断型の組織づくりが挙げられます。今後、変革のスピードをさらに上げていくつもりです。

会社のカルチャーを変えていく必要もありそうです。

新野 もちろんです。世界11万人のグループ社員全員が、「社会価値の創造」とそのための「共創」を実現するという発想ができるようにならなければなりません。そのために、人事制度の抜本的な改革も進んでいます。一人ひとりの社員のマインドセットが変われば、NECは本当に強い会社になれるはずです。

今年から来年にかけて国内で大きなイベントが続きます。そこでもICT企業としての力が試されそうですね。

新野 今年はラグビーワールドカップ2019TMがあり、来年には東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会があります。その夢の大舞台を成功に導くために、私たちの力を最大限に発揮し、大いに貢献していきたいと考えています。大規模なイベントの成功のカギの1つは、選手、運営スタッフ、観客の皆さまの安全・安心を担保することです。私たちはその視点を軸に、持てる力のすべてを注いでイベントの成功をサポートしていきます。結果、日本のテクノロジー力を世界に示すことになるに違いありません。

※NECは東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナー(パブリック先進製品&ネットワーク製品)です。

※NECは東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナー(パブリック先進製品&ネットワーク製品)です。

 さらに2025年には、大阪で日本国際博覧会(大阪万博)が開催されます。それまでの6年間で、テクノロジーは目覚ましい進化を遂げ、社会実装も格段に進んでいるはずです。いや、そうしなければなりません。2025年に向けて、デジタルテクノロジーの開発と実装を通じてDigital Inclusionの世界をけん引していきたい。そう考えています。