虎の門病院 院長 大内 尉義氏 × NEC 代表取締役 執行役員社長 兼 CEO 新野 隆氏虎の門病院 院長 大内 尉義氏 × NEC 代表取締役 執行役員社長 兼 CEO 新野 隆氏
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医療とICTの連携で活力ある超高齢社会を共創~“GeronTech”で築く新たなエコシステム~

2025年、全人口の2割以上が75歳以上という「超高齢社会」を日本はどの国よりも早く迎えることになる。社会保障財政の危機的状況や、サービスの担い手不足など深刻な社会問題の他に、介護離職といった課題を通じ企業にも大きなインパクトがあるとされる。こうした問題を踏まえつつ、活力ある世の中を創造するために、「老い」を多様な視点から考察する老年学の第一人者であり、虎の門病院院長である大内尉義氏と、ICTによる社会価値創造を掲げるNECの代表取締役執行役員社長兼CEOの新野隆氏が、超高齢社会における医療とICTの在り方について語った。

「超高齢社会に求められる新しい仕組み」

日本は2025年に「超高齢社会」を迎えると言われています。この「2025年問題」をどう捉えていますか。

大内 尉義 氏

虎の門病院院長
東京大学名誉教授
日本老年医学会前理事長
大内 尉義(おおうち やすよし)

大内尉義氏(以下、大内) 65歳以上の人口が7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」と呼ばれるようになります。「超高齢社会」の明確な定義はまだありませんが、私が理事長を務める日本老年医学会では、65歳以上が人口の28%となった時点で超高齢社会になると定義しています。そんな社会が2025年にやってくるということです。

 そのような社会には、数多くの課題があると考えられます。在宅医療の仕組みをどうつくるか、社会保障費や介護費用をどう賄っていくか、高齢者の権利や財産をどう守るか、働き手の減少にどう対処するか──。

 それらの課題をひとつひとつ解決していかなければなりませんが、そのことをネガティブに捉えるべきではありません。高齢者が増えるということは、医療や社会の発展によって人々が長生きできるようになったということだからです。超高齢社会は、いわば人類の英知の成果である。そう私は考えています。

新野隆氏(以下、新野) 厚生労働省によると、2015年と比べて2025年には、医療費は約1.4倍の61兆円に、介護給付費は約2倍の21兆円になると予想されています。今後働き手が減っていく中で、このような構造を維持することは事実上不可能です。ではどうすればいいか。「支えられるべき側」にいると考えられている高齢者の皆さんが社会の「支える側」に回る。それが一つの解決法です。

 ひと口に高齢者といっても、内実は多様です。65歳を超えても元気な方はたくさんいらっしゃるし、働く意欲が旺盛な方も少なくありません。私も63歳になりますが同年代の人たちが元気に働き続け、社会に生産的に関わり続けられる仕組みをつくることで、社会の在り方は大きく変わるはずです。その仕組みづくりに寄与することが、ICT企業の大きな役割であると私は考えています。

 例えばNECには、IoTやAIをはじめとする様々なテクノロジーがあります。テクノロジーは新しい社会づくりの“エンジン”となり得ます。しかし、テクノロジーだけで新しい仕組みをつくることはできません。エンジンを動かすには燃料であるデータが必要です。データをエンジンと組み合わせることによって、社会を支える価値を生み出していく。そのような取り組みを、今後官民が一体となって進めていかなければなりません。

大内 確かに、データ活用は医療界にとっても大きな課題です。現在は、診療機関単位で患者のデータを保有していたり、自治体が個人に関する医療行為履歴などを保有していたりと、分散している状態です。それらのデータを統合し、共有することで、より質が高く、効率的な医療サービスを実現することが可能になります。もちろん、個人情報の取り扱いには慎重を期す必要がありますが、プライバシー保護の仕組みをしっかりつくったうえで、できるだけ早くデータ統合と共有を進めていくべきだと思います。

現在、高齢者は65歳以上と定義されています。その定義にも見直しが必要でしょうか。

大内 先進国は、65歳以上を高齢者とするという認識でほぼ共通していますが、これは、先の「65歳以上が人口7%を超えた社会を高齢化社会とする」という定義に端を発しています。世界保健機関(WHO)がこの定義をした1956年当時、先進国の人々の平均寿命は60歳代でした。現在はそれよりも20年ほど延びていますから、高齢者の定義も見直されるべきだと思います。

 分かりやすくご理解いただくために、一つ例を申しあげます。あの「サザエさん」に出てくる波平さん、彼の年齢をご存知ですか? 現代の人から見たら、65歳を超えているように感じるのではないかと思います。しかし実は、54歳なのです。サザエさんの原作漫画を調べましたので間違いありません。サザエさんの原作がはじまったのが1946年、約70年前です。この当時は、54歳の方を高齢者として描いていたわけです。この70年間で、いかに「高齢者」という言葉の意味合いが変わっていったかがお分かりいただけるかと思います。

 日本老年学会および日本老年医学会では、数年前から広範な専門家が参加するワーキンググループで議論し、「65~74歳を准高齢者、75~89歳を高齢者、90歳以上を超高齢者とする」という提案をまとめました。つまり、高齢者と呼ばれる年齢が10歳延びるということです。高齢者と呼ばれる年齢を75歳にしたのは、60歳以上の方々の体力、知力、歯の数などを検証した結果、以前と比べると、平均的に見て10歳ほど若返っていることが明らかになったからです。これは社会の実情に合致した提案であると考えています。

 しかし、この提案に対する反発もありました。「年金支給を遅らせることになる」「社会保障の切り捨てになる」というものです。しかし、私はまったく逆であると考えています。日本の社会保障を持続可能なものにするためには、元気な人、働く意欲がある人たちにはいきいきと活動してもらいながら、若い世代の負担を減らしていかなければなりません。高齢者年齢が延びることによって、むしろ社会保障制度は安定することになる。それが私の考えです。

“GeronTech”で築く新たなエコシステム

高齢者が明るく活力ある暮らしを送ることができる社会を実現するために、必要なことは何でしょうか。

新野 隆 氏

NEC
代表取締役 執行役員社長 兼 CEO
新野 隆(にいの たかし)

大内 キーワードは「健康寿命」です。人々が単に寿命を延ばすのではなく、健康で社会に貢献しながら長生きできるようにするということです。それは、医療の役目でもあり、テクノロジーが大いに力を発揮できる領域でもあります。

新野 健康寿命を延ばし、高齢者が活力をもって暮らせるようになるためにICT企業がやるべきことはたくさんあります。例えばNECは従業員の健康増進のため、定期健康診断のデータ分析結果に基づく健康促進施策をNEC健康保険組合と共同で行い、昨年から最先端AI技術群「NEC the WISE」を活用して生活習慣病予備群を抽出し、より高度な疾病予防に努めております。また、国立がん研究センター様との共同研究による、画像認識とAIを駆使した大腸がんのリアルタイム内視鏡診断サポートシステムへの取り組みなどもあります。

 病気の診断をするのは最終的に医師、つまり人間です。その人間の営みをいかにICTの力でサポートするか。それを私たちは本気になって考えていく必要があります。

医療の専門家の立場からICT企業に期待することは何でしょうか。

大内 健康寿命を延ばすには、若いうちから生活習慣病を予防することが重要です。そのためには、医療とテクノロジーの連携が必須になります。例えば、ひとりひとりの健康情報をAIで分析することで、それぞれの人に最適な予防と診療が可能になるでしょう。また、高齢者の生活を支えるためにもテクノロジーは欠かせません。私が専門の一つとしている老年学の領域では、Gerontology(ジェロントロジー:老年学)とTechnology(テクノロジー:科学技術)を融合させたGeronTechnology(ジェロンテクノロジー)、つまり「GeronTech(ジェロンテック)」の研究が近年進んでいます。GeronTechとは、高齢者の生活自立支援をテクノロジーで実現する学問領域の事です。運動機能の低下をロボットによってサポートするといった仕組みを充実させていく必要があります。医療とICT企業の連携の可能性は、非常に広範な領域にわたっていると言えるのではないでしょうか。

新野 そうですね。超高齢社会の課題を一企業のみで解決することはできません。業界や業種を超えた多様な事業者や団体との「共創」が必要です。GeronTechはまさしくそのような共創の一つの在り方だと思います。すでにあるテクノロジーの力を価値に変えていくために、いろいろな領域の専門家の意見を伺って、必要なテクノロジーを組み合わせて課題を解決する。そのようなオープンなエコシステムが必要です。

大内 地域エコシステムとも呼べる面白い街づくりの例があります。ドイツのフライブルクという街では、1980年代に街の中心部への車の乗り入れを禁止したところ、医療費が激減しました。人々の歩く機会が増えて、健康増進につながったからです。さらに、商店街の売り上げも伸びたそうです。これは、ウィンドーショッピングをする人が増えた結果で、ある意味、当然ですね。このような街づくりは、民間事業者や様々な領域の専門家が、幅広い知見とテクノロジーを持ち寄り、それを自治体がバックアップすることで初めて成立するものです。

 これは街づくりの一例ですが、ものづくりや家づくりなどにおいても、いろいろな事業者や専門家が連携して新しい形を生み出していくことが、これからの時代はいよいよ求められると思います。

新野 NECも高齢者領域で共創を行っています。例えば、ロボットとAIを活用した、在宅高齢者の生活支援を検討しています。これは、高齢者の生活状況・体調の変化に応じて必要なサービスを提供する、パーソナライズドサービスです。例えば、高齢者がロボットとコミュニケーションを取ることで日々の生活データを蓄積し、「見守り」だけでなく「体調チェック」も行うような仕組みで、現在、大内先生をはじめとした老年学や認知症の有識者の方々と共同で検討しています。これが実現すれば、認知症の予防になるだけでなく、日常のデータから異常を早期に発見していくことも可能になります。今後は当社が保有する世界一の顔認証技術を使って、認知症の兆候を見極めるシステムの開発などもあり得るでしょう。また、発症された方の自立生活のサポートや、支えるご家族の介護負担の軽減にもつながります。これは、医療とICTの連携の一例ですが、今後はこういった連携と共創をさらに加速させていきたいですね。

大内 おっしゃるとおりです。ICTで院外の日々の情報を把握できると、より適切な診断や治療につながると考えています。例えば、病気の発見や診断のためには、当然ですが様々な検査をします。認知症であれば、MRI検査や記憶や計算問題といった認知機能検査を実施するなどします。一見、こういった検査を1日集中してしっかり実施すれば完璧と思われるかもしれません。しかし、高齢者医療の世界では、必ずしもそうではないことがあります。一つ例を申しあげましょう。とある元大学教授の高齢者のご家族の方が相談にいらっしゃいました。ご家族が言うには、ATMの使い方が分からなくなるなど、どうも様子がおかしいというのです。そこで先に申し上げた認知機能検査を実施してみたところ、満点でした。その検査結果だけを見ると、全く問題ない、認知症ではないということになりますが、その後の様々な検査に基づいて、認知症と診断しました。こういった方の認知症を発見するには、1回の検査だけでは足りません。理想的なのは、先ほど新野社長がおっしゃったように、日々の生活データを収集し、医療機関での検査も定期的に行うことで、高齢者の「変化を時系列で追いかける」ことです。まず、日々の生活データから異常を発見し、その上で早期介入につなげることが重要です。

 さらに、ものづくりのアイデアを一つ挙げましょう。ある程度重量があって日々それを使うことが筋力の維持、ひいてはフレイル予防に役立つような、高齢者向けの掃除機があってもいいと私は考えています。「高齢者には軽くて負担のない製品がいい」という発想を逆転させたものです。

 また、家づくりにおいても、段差がある家をつくるという発想もあり得ると思います。高齢者にとって危険なのは認識しにくい段差です。はっきりした段差ならば認識できるし、そこを上り下りすることが適度な運動にもなります。

 では、その掃除機の最適な重さはどのくらいで、家の最適な段差はどのくらいなのか。それに関する専門的知見を私たちは持っています。そういった知見と設計や製品づくりのテクノロジーとを組み合わせることが、まさしく共創の一つの形だと思います。

新しい社会のモデルを共に生み出していきたい

これからのビジョンについてそれぞれの立場からお話しください。

大内 平均寿命が100歳に達する時代が早晩やってきます。そのような長寿社会において、ひとりひとりがどう生きていくべきかを、今後は若いうちから考えなければならなくなるでしょう。また、超高齢社会といっても、その在り方は東京や大阪のような大都市と地方では大きく異なります。都会で通用することが地方では通用しないケースも、その逆もあります。いかに地域ごとの最適社会をつくっていくかという視点が重要になっていくでしょう。超高齢社会を迎えるにあたって求められるそういった視点を、多くの人に伝えていきたいと考えています。

新野 私も日本各地を回っていろいろな方と話しをする機会がありますが、その土地ごとに抱えている問題やニーズがまったく異なることを肌で感じています。それらの個別課題への解決法を考えることが、日本社会全体をよりよくしていく。そんな道筋を探っていきたいと思います。

 一つの課題の解決は、より大きな課題の解決につながっていくと私は考えています。日本の人口は減少していますが、世界全体では増え続けていて、2050年には90億人以上の人間が地球上で暮らすことになると予測されています。そこに向けて何をすべきかを国内外の有識者と共に考える「NEC未来創造会議」を今年立ち上げました。2025年問題に真摯に向かい合うことが、さらにその先の未来をつくることにつながっていくのです。そんなビジョンをもって、ひとつひとつの課題解決に取り組んでいきたいと思っています。

大内 日本は「課題先進国」であると言われます。日本の課題への取り組みは、そのまま世界のモデルになるということです。医療界やICT企業がそれぞれの枠に捉われていては新しいモデルを生み出すことはできません。共創によって何段階も上のレベルのモデルを共につくり出していくことを目指していくことが今の日本に求められています。これからは多分野の連携がきわめて重要です。ぜひ、お互いに協力して、日本の超高齢化に立ち向かっていきたいと思います。