Transgene Executive Vice President・最高科学責任者 Éric Quéméneur ,ph.D.(エリック・ケメナー)氏 × NEC 執行役員 藤川 修(ふじかわ おさむ)氏Transgene Executive Vice President・最高科学責任者 Éric Quéméneur ,ph.D.(エリック・ケメナー)氏 × NEC 執行役員 藤川 修(ふじかわ おさむ)氏
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最新AIでがんの個別化医療に挑む
NECが創薬事業に本格参入

NECが創薬事業に本格参入することを発表した。手術、放射線、抗がん剤に次ぐ第四の治療法として注目を集めている免疫療法に挑む。パートナーであるフランスのバイオテクノロジー企業TransgeneSAと共に、まずは欧米で臨床試験(治験)を開始する予定だ。カギになるのがAI。患者のゲノム情報を解析して、一人ひとりにワクチンを最適化させる「個別化がん免疫療法」には、高度なAIエンジンが欠かせない。創業120年目、NECは定款を変更してこの挑戦にのぞむ。新たな事業の狙いについて、Transgeneのエリック・ケメナー博士(エグゼクティブバイスプレジデント・最高科学責任者)と、NECの藤川執行役員に話を聞いた。

個別化ネオアンチゲンワクチンとは

このほどNECはフランスのバイオテクノロジー企業のTransgeneと、AIによる「個別化ネオアンチゲンワクチン」を共同開発し、日本企業初となる欧米での治験を実施する計画を発表しました。近々欧米で治験が始まる「個別化ネオアンチゲンワクチン」とはどのようなものか、ケメナー博士にお尋ねします。

エリック・ケメナー 氏

Transgene
Executive Vice President・最高科学責任者
Éric Quéméneur ,ph.D.
(エリック・ケメナー)

エリック・ケメナー氏(以下、エリック・ケメナー) Transgeneはフランスのストラスブールに本社を置くバイオテクノロジー企業で、ウイルスベクター技術が強みです。

 現在さまざまながんワクチンを開発していますが、「個別化ネオアンチゲンワクチン」は、Transgeneが開発したワクチンに、NECが開発した“ネオアンチゲン予測システム”でゲノム情報を分析した結果を組み合わせて合成するという、画期的な創薬法を用いた新免疫療法になります。

キーワードとなる「ネオアンチゲン」についてご説明いただけますでしょうか。

藤川 修氏(以下、藤川) がん細胞の遺伝子変異に伴って新たに生まれたがん抗原のことで、正常な細胞には発現せず、がん細胞のみにみられ、また、その多くは患者さんごとに異なります。

がんの治療法といえば、近年、免疫チェックポイント阻害薬が実用化され、方法を選べば進行したがんであっても効果を発揮することが明らかになりました。NECとTransgeneが共同開発する「個別化ネオアンチゲンワクチン」とはどのような違いがあるのでしょうか?

藤川 がん免疫療法は古くから行われてきましたが、そのほとんどは治療効果が不明確でした。しかし、近年、「がん細胞が免疫細胞にかけているブレーキをはずす」仕組みを持つ「免疫チェックポイント阻害薬」が登場しました。これが臨床研究で有効と認められ、開発に貢献した本庶 佑・京都大学名誉教授らがノーベル生理学・医学賞を受賞したことで、免疫療法は一躍脚光を浴びることとなりました。

 そもそも個別化ネオアンチゲン療法とはどのような治療法なのかと言いますと、がん細胞の表面には、「抗原」と呼ばれるたんぱく質の分子があり、これががんの目印となる。この抗原をターゲットにしたワクチンを作って患者に投与すれば、正常な細胞を傷つけることなく、免疫力を活性化してがん細胞だけを攻撃することができるわけです。がんは極めて多様性に満ちた病気で、がんの抗原は、がんの種類によって異なるだけでなく、個々の患者によっても異なる。この問題を克服するためには、「個々の患者さんごとにがんの抗原を見つけ出し、短期間に薬を作って患者さんに投与する」ことが必要になります。

図)NECが取り組む「個別化がん免疫療法」の流れ

図)NECが取り組む「個別化がん免疫療法」の流れ

図)NECが取り組む「個別化がん免疫療法」の流れ

図)NECが取り組む「個別化がん免疫療法」の流れ

なぜNECが
創薬事業に乗り出したのか

ICT企業のNECが次世代のがん治療法といわれる「ネオアンチゲン個別化がん免疫療法」に乗り出すことが非常に画期的なことだと思います。その背景と目的について教えてください。

藤川 修 氏

NEC
執行役員
藤川 修(ふじかわ おさむ)

藤川 患者さんとご家族に希望にあふれる未来を届けるために、私たちは、AIを用いた免疫治療領域のInnovation Firmになる―――これがNECの創薬事業のビジョンです。そしてこれは、当社が掲げる7つの社会価値創造テーマの1つ「Quality of Life」で目指している「個々人が躍動する豊かで公平な社会」に基づいたものです。

 次に、なぜNECが創薬事業に挑むのか?ですが、背景として、ヒトゲノムの解析が比較的に安価で、短期間で行える時代になりつつあるということが挙げられます。

 これは治療の都度、個人のがんの状態をゲノム解析によりデータ化することが可能になった、と言えます。加えて、同時期にAIエンジンも急速に強化され、実用レベルで使えるようになり、個別化治療の用途で治験に耐え得る技術を創り出せた、という時代の流れがあります。

 そして、この創薬事業を始めるにあたり、今年(2019年)6月の株主総会で承認が得られ、定款を変えました。世界を舞台にした事業展開を進めていきたいと考えています。

図)個別化ワクチン治験申請状況

図)個別化ワクチン治験申請状況

図)個別化ワクチン治験申請状況

図)個別化ワクチン治験申請状況

個別化ネオアンチゲンワクチン
における
NECの技術的優位性

「個別化ネオアンチゲンワクチン」は、ネオアンチゲンを目印に攻撃するということがわかりましたが、それを可能にしたNECのAIの優位性についてお聞かせください。

藤川 修 氏

藤川 単に、AIエンジンを持っていれば簡単に創薬事業に入れるわけではありません。NECは20年以上に及ぶ研究、事業開発を通じ、創薬にあたって「良い方法」と「良いデータ」の2つの強みを作りました。

 「良い方法」とは、機械学習の一つである「グラフベース関係性学習」であり、異なる種類のデータから関係性を見つけられるだけではなく、欠損値があっても精度よく予測できるという特長があります。つまり実験結果だけでなく生化学的知識などのさまざまな情報を組み合わせることで、精度よく患者さんに効果のありそうな目印を予測できるということです。

 「良いデータ」とは、免疫の専門家と築きあげた質の高い独自の試験データベースのことを指します。この長年にわたり蓄積してきたデータと、ノウハウがあるからこそ、精度の高い予測ができていると自負しています。AIの世界では「ガーベッジイン・ガーベッジアウト」と言われますが、データの質は予測精度に大きな影響を与えます。専門家が質の高い実験を行い、それを学習データとして使えるまでの仕組みをNECは構築しました。

ネオアンチゲン個別化がん免疫療法において、アカデミックなパートナーとの知見はどのように生かされるのか、具体的にお聞かせください。

藤川 NECは機械学習の創薬分野への応用研究を1998年からスタートし、高知大学や山口大学といったアカデミックパートナーとの共同研究の過程で、質の高い独自の実験データとノウハウを蓄積してきました。そのデータベースをもとに、NECが新たに開発した「グラフベース関係性学習」を活用することで、ネオアンチゲン予測システムを構成しました。

 このネオアンチゲン予測システムの独自性が評価され、NECはがん治療の向上を目指す国際コンソーシアムTESLA(Tumor neoantigEn SeLection Alliance)への参加も認められています。

図)NECのネオアンチゲン予測システムの強み

図)NECのネオアンチゲン予測システムの強み

図)NECのネオアンチゲン予測システムの強み

図)NECのネオアンチゲン予測システムの強み

TransgeneがNECをパートナーに選んだ理由をお聞かせください。

エリック・ケメナー TransgeneがNECと提携したのは、高度な技術に大きな魅力を感じたことが理由です。当社はNECとの提携を決める前に多くの企業、技術に関しても検討してまいりました。その結果、NECは技術面で明らかに優位性があると考えNECに決めました。

治験の計画についてお聞かせください。

エリック・ケメナー 治験は欧米で開始します。米国では卵巣がん、欧州では卵巣がんと頭頸部がんを対象に実施する予定です。

 今年の4月に米国食品医薬品局(FDA)からは、卵巣がん治験実施の許可を取得しました。卵巣がんの治療では手術の後に抗がん剤による化学療法を行った後再発時より投与し、このワクチンの安全性とさまざまな副作用が現れたとしてもそれに患者さんが耐えられるかどうか(忍容性)を検証します。こうしたステップを経て最終的には手術後再発時の治療効果を検証することになりますから、今回の治験はその第1歩です。

個別化医療を推進するエンジンに

今後の展望をお聞かせください。

エリック・ケメナー 氏

エリック・ケメナー Transgene、NECで開発中の個別化「ネオアンチゲンワクチン」は、他のがん種にも展開できる可能性が高いと考えています。そして、中長期的には事業を拡大し、グローバルなプレーヤーになって世界をリードしていきたいです。NECと協業することが大きな挑戦に向けての準備段階と言えます。この準備態勢が整ったので来年進展を報告できることを楽しみにしています。

藤川 個別化を追求することががん治療に限らず、今後のヘルスケアの主流になると考えられます。NECのAIをコアにした技術は創薬を含め、多くのヘルスケア事業に貢献するものと確信しており、この領域の新しいプラットフォームになると自負しています。今後多くのパートナーと提携し、NEC自体が個別化医療を推進するエンジンになりたいと考えています。

 ここまでのご説明で、NECの持つ技術とノウハウなしにこの新しいがんの治療法が確立できないことがおわかりいただけたことと思います。NECは、このような技術とこれまで培ってきた経験、ノウハウを結集し、がんの免疫療法の中でも最先端領域である「個別化ネオアンチゲンワクチン」において、日本企業として今年、初めて治験を行います。

 1日でも早くこの先進的な薬を患者さんにお届けするために、当社は国内外の製薬会社と積極的に連携していきたいと考えています。

NEC創薬事業ビジョン
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