国立大学法人 琉球大学 理学部 物質地球科学科(地学系) 准教授 伊藤 耕介 氏、NEC 執行役員 須藤 和則 氏国立大学法人 琉球大学 理学部 物質地球科学科(地学系) 准教授 伊藤 耕介 氏、NEC 執行役員 須藤 和則 氏
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研究室から地球規模の課題に挑む
天気予報を「当たらない」から
「当たる」に変えるMyスパコン

気候変動がもたらす自然災害が甚大化している。台風の進路や、ゲリラ豪雨の発生ポイントなど、気象予測の精度向上には大きな期待がかかる。琉球大学の伊藤耕介准教授は、その最前線に立つサイエンティストの一人。スパコンを使った気象シミュレーションに取り組む。革新的な研究を支えるのは、NECの最新スパコン「SX-Aurora TSUBASA」だ。自身の研究の機動性を高めるために、いわば“Myスパコン”を自分の研究室に導入することを決めた。社会課題に取り組む現場に、ITが貢献できることはまだまだたくさんあるはず。伊藤准教授を訪ねて話を聞いた。

観測とシミュレーションで台風予測

伊藤先生のご専門は物質地球科学で、台風などの気象予測に精通されておられるとうかがっております。そのお立場から、自然災害リスクの予測は現在どこまで進んでいるか、教えていただけますか。

伊藤 耕介 氏

国立大学法人 琉球大学
理学部 物質地球科学科(地学系)
准教授
伊藤 耕介(いとう こうすけ)

伊藤 耕介氏(以下、伊藤) 地球温暖化が進行しているのは疑いようのない事実で、日本近海でも海面水温は上昇しています。それによって水蒸気の量が増えたために、30年前に比べて豪雨が増えているのではないかと考えられます。一方、台風の発生数は減っているものの、より強力になり、雨量も増えている可能性があります。そうした中で台風の進路予測は改善されてきたのですが、それでも、3日先の予報では平均で200km位ずれてしまいます。進路を正確に予測して避難につながる的確な情報を出すには、精度を今の倍以上に高めなければなりません。そこで、現在は、観測データを蓄積し、スパコンによる数値シミュレーションで台風の進路や強さを高い精度で予測し、被害の軽減を目指す研究が進んでいます。

伊藤先生の研究課題についてお聞かせください。

伊藤 沖縄に移り住んだ当初は、台風の強さの予測の研究をしていましたが、現在は台風の進路予測にも取り組んでいます。沖縄は北西太平洋の西側に位置しており、世界的にも台湾やフィリピンと並んで猛烈な台風が数多く襲来する地域として知られています。ですから、気象現象を観測するには絶好のロケーションといえます。最近は、航空機を使って気象観測器(ドロップゾンデ)を海上に投下したり、リアルタイムの気象データを取得しては数値シミュレーションの改善にいかしたり、台湾から九州までの領域で豪雨や台風の高精度予測をする日本・台湾・アメリカの共同プロジェクトに参加したりしています。

日本の台風予測研究は、世界的にみてどのレベルにあるのでしょうか。

伊藤 潤沢な予算を持つアメリカは、専用航空機を飛ばしてハリケーン観測を行うほど力を入れて取り組んでいますし、ロンドン郊外にあるにあるヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)は、アジアの台風進路予測も発表しており、予測精度が高いと定評があります。日本の気象庁は、水平方向に20km、鉛直方向に100層、というかなり細かいメッシュ(区画)のサイズで台風予測をしており、10年前に比べると格段に精度が高まりましたが、世界に目を向けると日本はまだまだやるべきことがたくさんあるように感じます。

気象学の分野ではベクトル型が普通

台風の進路と強さを予測する際に、スパコンをどのように使うのでしょうか。

伊藤 気象予測では、観測とシミュレーションの2つが重要です。例えば、京都の温度と風向を観測して、気温が高くて西風が吹いていることが分かったとします。この結果を基に数値シミュレーションをすることによって、次は名古屋、その次に東京が暖かくなるだろうと予測できるのです。具体的には、あるメッシュの温度・湿度・風速などが次の数分後に隣のメッシュにどのように影響するか、すべてのメッシュについて計算します。この計算を延々と繰り返せば、2日程度先の天気が分かるわけですね。地球全体を20km×60〜100層のメッシュサイズで区切ると総数は億の単位になりますから、気象の数値シミュレーションには膨大なメモリを備えた高速なスパコンが欠かせません。

スパコンにはベクトル型とスカラ型の2種類があります。伊藤先生がベクトル型を選択されたポイントをお聞かせください。

伊藤 気象学の分野ではベクトル型のスパコンが伝統的に有利とされています。技術的な話になりますが、数十年にわたって培われてきた気象のシミュレーションモデルは、大量のデータを短い時間で繰り返し計算して導きだすため、メモリバンド幅が広く、並列処理での実効効率が高いベクトル型スパコンが最適だからです。

伊藤先生の研究室には、最新のSX-Aurora TSUBASAが導入されています。どのように活用されているのでしょうか。

伊藤 耕介 氏

伊藤 私は計算負荷の高い高解像度計算をしたい時は、国内の研究機関のスパコンを共同利用しているのですが、共同利用だけに空き状況の確認と予約から始まります。また、スパコンに計算指示を投げてからエラーがみつかると、エラーを解消するまで修正と待ちを繰り返すことになり、必要以上に時間がかかってしまうということがしばしばありました。それに加えて、気象予測の精度をあげるには、毎日シミュレーションを行うことが必要と考え、2019年3月に私の研究室にSX-Aurora TSUBASAを導入しました。今は自分の研究課題である「大気と海洋と生態系を結合するシミュレーションシステム」として、大気と海洋と海水中のプランクトン濃度も加味したシミュレーションの研究に使っています。さらに最近は、沖縄を中心とした5日間の天気予測システム「琉球大学数値天気予報システム」を作り、毎日の天気予測を立てては予測の精度を検証しています。(下図)。

琉球大学数値天気予報システム
琉球大学数値天気予報システム

琉球大学数値天気予報システム 提供:琉球大学 伊藤 耕介准教授

琉球大学数値天気予報システム
琉球大学数値天気予報システム

琉球大学数値天気予報システム 提供:琉球大学 伊藤 耕介准教授

自由に使えて速いSX-Aurora TSUBASAに満足

SX-Aurora TSUBASAを実際に使われての評価をお聞かせください。

伊藤 まず、その計算スピードの速さに満足しています。研究室に以前設置していた並列スカラ型のコンピューターと比べて、計算結果がでるまでのスピードは約7倍と大変速くなりました。毎日夜中の3時に最新の観測データを自動的に琉球大学数値天気予報システムにインプットして、スパコンで数値シミュレーションするようにプログラムを作っていますが、SX-Aurora TSUBASAを導入してからは朝出勤すると計算が終わっていて最新データが反映された天気予測ができあがるようになりました。この研究を進める上では、SX-Aurora TSUBASAの導入で非常に理想的な環境になったといえます。初めて研究室でスパコンを導入しましたが、初期設定やチューニングはNECのエンジニアの方が行ってくれたので非常に助かりましたし、Linux OSなので“入りやすさ”と安心感も全然違います。欲を言えば、現在のメモリ容量ではより細かいメッシュでの大規模な気象シミュレーションができないので、そのうちにメモリ容量を拡張していただければと考えています。

お使いのソフトウエアは、SX-Aurora TSUBASAでも使えましたか。

伊藤 はい。従来使っていたプログラムやソフトウエアも、基本的にはそのまま使えました。SX-Aurora TSUBASAのハードウエアの性能を引き出し、計算処理速度を速めるためにエンジニアの方にチューニングを手伝ってもらいましたが、SX-Aurora TSUBASAに搭載されているFortranやCのコンパイラは、ソースコードを自動的に最適化してくれる機能もあるので便利でした。

沖縄での研究成果を他地域にも活用

台風の進路や強さについての予測は、どのように進んでいくのでしょうか。

伊藤 まず考えられるのは、能動的観測と数値シミュレーションのコラボレーションです。大きくて強い台風になりそうだと分かったら、航空機を飛ばし、観測機器を投入して生の気象データを取得。それに基づいて、将来の状態をより正確に予測するのです。高解像度、つまり高い精度でシミュレーションできるようになれば、都市部で問題になっているゲリラ豪雨や沖縄特有の片降い(かたぶい)などの極端大気現象も今より精度よく予測できるようになることでしょう。私の研究室でSX-Aurora TSUBASAを使って行っている「琉球大学数値天気予報システム」も、往々にして外してしまうこともあります。しかし、外れた場合も、なぜ外れたのかを考えることで得られるものは多いのです。

沖縄という温暖な地域の気象予測は、似たような周辺国にも役立ちそうですね。

伊藤 強い台風が何個もやってくる沖縄での研究から得られた成果は、本州やその他の地域の防災・減災にも活用できると考えています。また、同じような地理的条件を持つ太平洋の島しょ国、例えば台湾、フィリピン、インドネシア、ミクロネシア、フィジー、ソロモン諸島、バヌアツといった国や地域にも、琉球大学の知見が応用できると思います。実際のところ、われわれの研究室はソロモン諸島のガダルカナル島からの学生を受け入れた実績があります。その人は現地で気象予報官をしていた人でしたが、琉球大学で2年間学んだ後に、最新の知識を身につけて帰国しました。

SDGsの13番目の分野「気候変動に具体的な対策を」の達成に向けて、産官学民の連携が各地で進められています。伊藤先生がなさっている研究は、それにも役立ちそうですね。

伊藤 気候変動や地球温暖化が進むかぎり、雨に伴う災害が激甚化することは避けられません。温室効果ガスを削減するための取り組みが大事であることは言うまでもありませんが、われわれ研究者にできることは、そうした激甚災害を未然に防ぐために有益な情報を提供することだと思います。やれることはたくさんあるはずなのですが、人もコンピューターもまだまだ足りません。このたびSX-Aurora TSUBASAという頼もしいツールが導入されましたので、それを使って、一歩ずつ着実に歩みを進めたいと考えています。

システムプラットフォーム事業でハードウエア、ソフトウエアの企画・開発・販売・保守を担当するNEC執行役員の須藤和則氏。NECのスパコンが琉球大学で台風予測の研究に使われている理由と、社会課題の解決に向けてスパコンをどう役立てていくのかを聞いた。

琉球大学で台風の進路予測にNECのスパコンが使われていますが、そのことに対してどうお考えでしょうか。

須藤 和則 氏

NEC
執行役員
須藤 和則(すどう かずのり)

須藤和則氏(以下、須藤) 現在はより高度な気象予測の需要が高まっており、それに適した弊社のSX-Aurora TSUBASAを使用していただけることは、非常にありがたく思っています。同シリーズはJAMSTEC(海洋研究開発機構)様や東北大学様、大阪大学様などの大学や研究機関でも利用されてきました。琉球大学様からも、「台風予測の研究にNECのスパコンが役立っている」とお言葉をいただいています。
 NECのスパコンの技術は、オンリーワンだと自負しています。ベクトル型スパコンが小型化され、研究室毎に専用のスパコンを持つことも可能になりました。研究スピードの加速に役立てていただければ幸いです。

琉球大学の伊藤先生からNECのスパコンに対して高評価をいただきました。NECのスパコンの特長を教えてください。

須藤 NECは35年以上もスパコンの開発に取り組んでいます。世界でも高く評価された技術を磨き上げ、2018年にSX-Aurora TSUBASAを出荷しました。これは今までのスパコンと異なり、体育館のような大きな施設を必要としないことが特長です。スパコンの高い性能はそのままに、研究室にも入るコンパクトなサイズを実現しています。
 今後も高い演算性能と電力性能の両立を追求し、さらには使いやすさも加えて、研究の進展に貢献していきたいと考えています。

今後、NECのスパコンを、研究者や企業の方にどのように活用してもらいたいとお考えでしょうか。

須藤 スパコンはHPC(High Performance Computer)と呼ばれ、学術だけでなく、ビジネスや政治にもスパコンを活用する動きが出てきています。多種多様なデータや知見を多角的に分析し、より確実性の高い打ち手を考案することが求められているためです。
 また、AIが組み込まれるデバイスの年間出荷台数は、2017年の7900万台から、2023年には12億台へと急拡大すると予想されています。膨大なAIやビッグデータ分析の処理にもNECのベクトル技術を利用いただくことを期待しています。

今後、台風などの自然災害へのリスクに対して、あるいは社会課題の解決に対して、NECのスパコンをどのように役立てていきたいとお考えでしょうか。SDGs達成への貢献という観点も踏まえたご意見をお聞かせください。

須藤 ここ数年大きな問題となっている台風や竜巻などの気象・気候関連の予測は真っ先に求められるテーマであり、それに応えることがNECの使命だと考えています。
 また、NECは、国連総会で採択されたSDGsに対応する「社会価値創造」に注力しています。この実現にはAIやIoTなどの新たなデジタル技術の活用が不可欠です。製造業や運輸業、さらに医療や農業の分野にも広がるデジタル技術を支えるものとして、NECの技術が期待されていると思います。
 NECでは現在、新たな技術の開発にも力を注いでいます。量子コンピューティング実用の時代に向けて、お客様との実証を進めるために、ベクトル技術を利用したシミュレーテッドアニーリングも開発しました。
 スパコンにAIやIoTなどを加えた最先端の技術に磨きをかけて、SDGs達成につながる「社会価値創造」に取り組んでまいります。