東洋大学教授 慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏東洋大学教授 慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏
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本当の21世紀は2020年から始まる
──竹中平蔵氏が語る経済、社会、テクノロジーの現在とこれから

21世紀に入って20年。その間に、世界の経済や国際社会は激しく変動してきた。現在も、米中の経済対立、ブレグジット、不安定な中東情勢、新型ウイルスの蔓延(まんえん)など、世界経済はさまざまなリスクをはらんでいる。今年国際的なイベントを控える日本は、この2020年にどう臨み、さらにその先のポスト2020をどう構想していけばいいのだろうか。毎年恒例となっている経済学者・竹中平蔵氏の年頭インタビューから、世界と日本のこれからを読み解く。

2020年のキーワードは
「Back to Back」

まず、2019年の世界経済を振り返っていただけますか。

竹中 平蔵 氏

東洋大学教授
慶応大学名誉教授
竹中 平蔵(たけなか へいぞう)

竹中平蔵氏(以下、竹中) IMF(国際通貨基金)は当初、世界経済の成長率を3.9%と予想していましたが、結果的には3%くらいの成長率になりそうです。成長率の見通しにおける1%近い誤差は、決して小さいものではありません。やはり、米中経済摩擦や中東における米国とイランの対立の影響が影を落としたということでしょう。同時に、長期間続いてきた景気回復が踊り場に差しかかったという要因もあると思います。

 一方の日本の経済成長は、2019年度に0.9%程度になる見込みです。潜在成長力からすれば低い数字ではありませんが、当初の期待値よりは下回っています。

2020年の経済の見通しについてお考えをお聞かせください。

竹中 今年のキーワードは「Back to Back」、すなわち「背中合わせ」であると私は考えています。10年以上続いてきた世界の景気回復が失速しつつある一方で、先進各国は強気の財政を今年も続けていくと見られます。米国はおそらく今年も減税などの財政拡大を行うでしょう。日本の新年度予算は直前の補正予算も含めると108兆円で、小泉政権や第一次安倍政権の頃と比べると30%も増えることになります。つまり、政府が3割大きくなるということで、かなり「気前のいい財政」と言っていいでしょう。

 各国の強気の財政の背景にあるのは、世界経済の名目成長率が名目金利を上回っている現状です。これはすなわち、投資のコストよりリターンが上回っているということであり、政府にとっても民間企業にとっても経済的に好条件であるということです。

 景気回復の失速と攻めの財政。その二つのベクトルがまさに背中合わせになっているのが現在の世界経済の基調です。そのベクトルのどちらが今後強くなるか、慎重に見極める必要がありそうです。こうした状況に加えて、近時の新型コロナウイルスの問題が生じてきたのです。

今年の世界情勢のトピックとしてどのようなことが挙げられるでしょうか。

竹中 米中の対立は依然続いていますが、現在のところ小康状態を保っています。米国は大統領選挙を控えており、トランプ大統領は中国に対する強硬策と融和策を上手に使い分けて、国民に交渉の成果をアピールするでしょう。事態が今後どう動くか、これも注視が必要です。

 中東における米国とイランの対立は、最悪の事態は免れています。互いにリアリズムの外交を今しばらくは続けていくと見られます。また、英国のEU脱退がこの1月についに現実のものになりました。しかし、貿易協定などの交渉は今年いっぱい続きます。これも現在のところ世界経済を大混乱させる事態は回避できていますが、交渉の過程でリスクが顕在化する可能性はあるでしょう。

 ほかにも突発的な事態は起こり得ますが、経済について見る場合、最大のリスクは中国経済の悪化であると私は考えています。IMFは昨年の6%から5%台へと中国の経済成長予測を引き下げています。ご存じのように香港問題、新型コロナウイルスなどにも中国は悩まされています。

 中国の経済が失速すれば、その影響はまず欧州に波及します。とりわけドイツへの影響が大きいでしょう。すでにその兆候はあって、昨年の第二四半期にドイツはマイナス成長となりました。ドイツは輸出大国で、GDPに対する輸出額の比率が47%と半分近くを占めています。同じく輸出依存と言われる日本が18%であることを考えれば、かなりの輸出依存型経済であるということです。有力な輸出相手国である中国の経済成長が鈍化すれば、ドイツの経済はかなりの痛手をこうむるはずです。その影響はやがて欧州全体に広がっていく可能性があります。

株主資本主義から公益資本主義へ

1月に開催されたダボス会議の雰囲気や、とくに議論が白熱したテーマなどについてお聞かせください。

竹中 平蔵 氏

竹中 今年はダボス会議が始まって50周年で、事務局はかなり力を入れていると感じました。例えば「ダボス・マニフェスト2020」を開催に先立って発表し、「世界の資本主義は、シェアホルダー(株主)資本主義からステークホルダー(公益)資本主義に移行する必要がある」という考えを明確にしました。株主に還元する利益を最大化することではなく、顧客、従業員、地域といったステークホルダーを大切にすること。それがこれからの資本主義の在り方であるということです。

 もう一つ、地球環境も今回のダボス会議の大きなテーマでした。ドイツのメルケル首相は、2050年までにドイツ国内のCO2排出をゼロにすると宣言しました。ダボス会議では、例年200以上のセッションが開催されますが、そのうちの4割以上が何らかの形で環境に関連したテーマでした。

 もっとも、私たちの感覚からすればステークホルダー資本主義はなじみやすい概念で、近江商人の「三方よし」を始め、日本人は以前から買い手や世間などのステークホルダーを大切にしてきたと言えます。環境問題にしても、GDP一単位を生み出すために排出しているCO2の量は、他の先進諸国と比べて圧倒的に少ないのです。

米国のように環境問題へのコミットを控える国も出てきていますね。

竹中 パリ協定から離脱したという点では、国際的なCO2削減の枠組みに米国はコミットしていません。しかし、トランプ大統領は実に巧みな政治家で、「地球上に木を一兆本植える」と宣言しています。CO2削減はリアクティブ(対処的行動)であるのに対し、植樹はプロアクティブ(予防的行動)ですから非常にアピール力があります。一説には、セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフ会長のアイデアを拝借したともいわれていますが(笑)。

 一方、日本はこれまで環境への取り組みを積極的に続けてきた国なので、例えばCO2削減の変化などの数字ではどうしても見栄えがしません。プラスチック廃棄の規制は遅れているものの、CO2削減に関しては環境先進国と言えます。日本がCO2を削減するのは、いわば絞った雑巾をさらに絞るようなものなのです。そのぶん、地球環境への貢献がなかなか目立たないのが実情です。

 私は、日本はぜひトランプ大統領のアイデアに賛同し、1兆本のうちの何億本かの植樹を日本が担うと申し出るのがいいと思っています。さらに、海藻もその中に含めればいい。それによって、大気だけでなく海洋の浄化も実現するからです。

無形資産への投資が成長の条件

ダボス会議で議論された中で、日本の経営者の課題となりそうなことは何でしょうか。

竹中 「経済の尺度」に関する新しい視点を導入しなければならないということです。これは私が今回出席したセッションのテーマであり、「現在のGDP算出法は経済の実態を正確に把握できていないのではないか」という問題意識に基づいたものでした。

 日本は4年前にGDPの算出法を変え、それまで算入していなかった研究開発投資を加えることにしました。研究開発投資は、経済成長に必要な知識ストックを生み出すという点で、設備投資と同じように扱われるべきなのです。この算出法によってGDPが3.5%増えました。

 研究開発投資とは、いわゆる無形資産に対する投資ですが、他にも重要な無形資産投資があります。例えば、AIの導入は設備投資ですが、AIを本当にビジネスに役立てるためには、AIを使いこなせるように組織を変えなければなりません。また、人材育成も必要になるでしょう。組織変革や人材育成のためのお金。これもまた無形資産への投資です。

 この5年で米国の株価は6割上がりました。GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の株が上がっているのがその一要因ですが、もう少し視野を広げれば、まさしく無形資産に対する投資が増え、それが株価を押し上げている面が非常に大きいのです。

 日本企業は研究開発投資には力を入れていますが、データベース、ソフトウエア、そして何より人材や組織変革に対する投資がまだまだ足りません。無形資産は主に都市への投資なので、これによって都市と地方の格差が広がってしまう可能性はあります。これは今後解決していくべき課題でしょう。しかし、無形資産に積極的に投資することが、これからの成長の条件であることは疑いありません。その視点をぜひ経営者の皆さんには持っていただきたいと思います。

※2020年1月取材

後編を読む

社会変革につながらない
テクノロジーに意味はない

ダボス会議では、デジタルマネーをめぐる議論も活発だったそうですね。

竹中 平蔵 氏

竹中平蔵氏(以下、竹中) 貨幣のデジタル化の流れを止めることはもはやできません。しかし、何がデファクトスタンダードになるかは未知数です。中央銀行がデジタル通貨を発行する動きもありますが、中央集権的な貨幣管理の仕組みが続くのがよいことなのか。そんな疑問を多くの人がもっています。世界を見渡せば、国家の中央銀行が発行する貨幣に信用が置けない国も少なくありません。それが、Facebookの「Libra(リブラ)」のような民間企業の通貨サービスに期待が集まる理由です。

 Libraなどのデジタル通貨の基盤となるテクノロジーはブロックチェーン(分散台帳)です。これを使えば、中央集権的貨幣管理のシステムは根本から崩れることになります。これはすなわち中央銀行の存在価値がなくなることを意味するので、中央銀行関係者は真っ向から反発し、自らがデジタル通貨の発行を考えるようになっています。

今年は5G(第5世代移動通信システム)のサービスがスタートします。これによって社会はどのように変わっていくとお考えですか。

竹中 まず、社会変革につながらないのなら5Gに意味はない。私はそう考えています。社会を変革するためには、テクノロジーだけでなく、それを十分に活用できる制度を整備することが必要です。テクノロジーの進化と制度の改革。その両輪が新しい社会価値を生み出すのです。

 私が5Gの大きな可能性があると考えているのは、何よりも遠隔医療です。通信速度が100倍になれば、遠隔地からの診療だけでなく、手術も可能になります。また、遠隔教育にも大きな可能性があるでしょう。遠隔地からの授業ができるようになれば、生徒数の少ない学校を廃校にしなくてもすむはずです。繰り返しますが、それらを実現するためには、規制と制度の変革が欠かせません。医療制度や教育制度をテクノロジーの進化に合わせて改めることを真剣に議論すべきだろうと思います。

5Gによって人々の働き方が変わるという見方もあります。

竹中 まさにその通りだと思います。日本では長寿化が進んでいます。それによって、人々が働く期間はどんどん長くなっていくでしょう。途中で職業を変えることも当たり前になるはずです。産業構造は変化を続けるので、大学で学んだことは10年もすれば時代遅れになってしまいます。働く人たちは「学び直し」を続ける必要があるし、企業はその機会を提供する必要があります。その「人への投資」が企業の成長につながると考えるべきです。

 働きながら学び直しをするには、仕事の効率化が欠かせません。5Gを使えばリモートワークや遠隔会議が今以上に進み、通勤や出張の時間を省くことができます。そこで生まれた時間で勉強をしたり副業をしたりして、次のキャリアに備える。そんな働き方が普通になるのではないでしょうか。

スーパーシティに求められる
「アーキテクト」の力

海外と比べ、日本のスマートシティの動きは遅いといわれています。

竹中 平蔵 氏

竹中 国土交通省はスマートシティを「都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」と定義しています。日本でも自動走行やドローン、再生エネルギー活用など、スマートシティの基盤となるテクノロジーの検証が数十カ所の都市で進められています。その点では、日本は必ずしも遅れているとは言えないと思います。問題は、それらがほぼ実証実験の段階にとどまっていることです。

 スマートシティに対して、ビッグデータやAIを活用し、エネルギー、モビリティ、医療、教育、行政などを街全体で統合的にマネジメントしていく都市を「スーパーシティ」と呼びます。スマートシティとの最大の違いは、多種多様なテクノロジーをトータルに組み合わせて、都市の全体をスマート化している点です。今後日本は、実証実験の段階から「実装」の段階に歩を進め、スーパーシティの実現に向けて進んでいくべきだと思います。

そのようなスーパーシティはどうすれば実現するのでしょうか。

竹中 明確なビジョンと強い推進力をもつ自治体の首長、そしてそれを技術や人材の面で支えることができる企業。その二者が手を結ぶことができれば、スーパーシティの実現は可能です。決定的に重要なのは、その企業に確かな技術基盤があるだけでなく、アーキテクト、すなわち都市の全体像を設計する力を備えていることです。その点で、総合的なテクノロジー企業がその役割に最もふさわしいといえるでしょう。また、データ利用に関しては住民の合意が必要で、この点で自治体首長のリーダーシップが重要なのです。

 スーパーシティの実現をけん引するのは民間企業であると私は考えています。トヨタが静岡の裾野市に技術実証都市「コネクテッドシティ」を建設することを発表しました。あのようなチャレンジを力ある民間企業がどんどんしていくべきです。

21世紀の形をいかにつくっていくか

今年は大規模な国際的イベントが控えています。その先を見据える「ポスト2020」の議論も盛んになってきています。

竹中 今年は本当の意味で21世紀が始まる年である。そう私は考えています。20世紀が始まったのは年号の上では1901年からですが、私たちが知っている20世紀の形の多くの部分は1920年代につくられています。1910年代に第1次世界大戦があり、それをきっかけに、1920年代に入って米国のGDPが全欧州のGDPを超えました。米国の時代が到来したわけです。理想主義を掲げる大統領、すなわちウィルソンやルーズベルトが登場し、さまざまな社会改革を進めました。

 日本に目を転じれば、1923年に関東大震災が起こり、都心に住んでいた人々が郊外に移っていきました。その結果、都市と郊外を結ぶ電車が初めて開通しました。世界初となるターミナル駅と一体化した百貨店が生まれたのもこの時代です。阪急電鉄の小林一三が大阪・梅田にデパートをつくりましたが、これは世界最初のターミナル型百貨店でした。続いて東急電鉄が東京・渋谷に、南海電鉄が大阪・難波にターミナル型百貨店をつくりました。さらに、ターミナル駅から都心を結ぶ地下鉄ができ、東京では山手線もつながりました。現在まで続く日本の大企業の多くが設立されたのも1920年代のことです。1920年代は、現在の世界と日本の基盤ができた時代。そう言っていいでしょう。

 では、2020年代はどのような時代になるか。いや、「なるか」ではありません。「どのような時代にするか」が問題です。5年後には「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」が開催されます。これはスーパーシティを現実化する大きなチャンスになるでしょう。27年にはリニア中央新幹線が東京と名古屋をつなぎます。さらに大阪がつながることによって、7000万人の大都市圏が成立します。

 そのような機会をどのように生かして、21世紀の形をどのように創造していくのか。それが私たち一人ひとりに問われていると思います。

SDGsが目標達成のターゲットイヤーとしているのは2030年です。その点でも、2020年代は重要な時期になると言えそうです。2020年代に日本が取り組むべきことは何でしょうか。

竹中 ステークホルダー資本主義と地球環境への取り組みにおいて日本は先進国であると申し上げました。そのアドバンテージを生かしながら、「日本のようになりたい」と諸外国の人々から思ってもらえるような制度や文化をつくっていくことだと思います。

 この6年間で訪日外国人の数が激増しました。それは安倍内閣のインバウンド推進の成果でもありますが、日本が好きでなければそもそも来たいとは思わないでしょう。日本の繁華街は清潔であり、10時になれば必ず店が開き、店員はみな笑顔で迎えてくれます。私たちにとっては当たり前のことですが、それが海外の人たちから尊敬されているのです。そのような魅力をさらに磨いていくべきです。

 そのうえで今の日本に欠けているものは何かを考えれば、国内に向けては、長寿社会における幸せな生き方を確立することと、社会保障制度の根本的な改革だと思います。インバウンドの視点では、システムの整備がまだまだ遅れていると感じます。例えば、外国の方の場合、空港で入国手続きに長蛇の列ができるし、飛行機の到着が夜中になると、バスも地下鉄も動いていないので、ホテルに移動することができません。ぜひNECのような企業が、本当の「おもてなし」を実現するシステム改革を実現してほしいと思います。

この時代にリーダーが大切にすべきことは何でしょうか。

 まずは「やってみる」──。そのマインドを育てることではないでしょうか。新しいことに取り組んでみて、問題があればそれを改善すればいい。いわゆる「アジャイル」な経営です。米国は自由競争の理念によって、中国は強権的政治体制によってそれを実践しています。一方、日本や欧州など、社会の仕組みが洗練されている国では、「やってみる」ことが難しい面があります。完成度が高い社会ほど、イノベーティブなチャレンジは困難なのです。しかし、そのマインドがなければ、結局、米国や中国の後じんを拝することになるでしょう。

最後に、読者に向けてあらためてメッセージをいただけますか。

竹中 かつて“鉄の女”と呼ばれた英首相のマーガレット・サッチャーは、「リーダーは好かれなくてもいい。しかし尊敬されなければならない」と言いました。強いリーダーシップを発揮すれば、必ず反対する人がいて、必ずある程度の人には嫌われるものです。嫌われることを気にせず、自分の信念を貫くことによって尊敬される。そんなリーダーになってほしいと思います。

まさに「リーダーズビジョン」ですね。今日はありがとうございました。

※2020年1月取材

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