東洋大学教授 慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏 × NEC 取締役 執行役員副社長 石黒 憲彦 氏東洋大学教授 慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏 × NEC 取締役 執行役員副社長 石黒 憲彦 氏
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パンデミック後を見据えて、
新たな世界を切り拓く鍵とは?

年々激甚化する自然災害、そして現在世界中に広がっている新型コロナウイルスのパンデミック──。これまでの産業構造や、社会の在り方、働き方を大きく揺さぶる事象が次々に起っている。企業や自治体を率いるリーダーは、目の前の危機にどう対処し、次なる危機にどのように備えればいいのだろうか。経済学者 竹中平蔵氏と、NEC 石黒憲彦 取締役執行役員副社長が、社会危機や災害に立ち向かい、未来を創造するためになすべきことについて語り合った。

危機を乗り切るために
大胆なデジタルシフトを

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっています。このコロナショックに日本はどう対処していくべきであるとお考えですか。

竹中 平蔵 氏

東洋大学教授
慶応大学名誉教授
竹中 平蔵(たけなか へいぞう)

竹中平蔵氏(以下、竹中) 新型コロナウイルスが広まる以前は、世界経済に対する楽観的な見方が支配的でした。1月のダボス会議では、2020年は2019年以上の経済成長率が期待できるという意見が多数を占めていました。しかし、それから短期間のうちに状況は大きく変わってしまいました。

 今年度の日本経済はマイナス成長になる可能性が極めて高いとみられます。やはり経済が大きな打撃を受けた2008年のリーマン・ショック時には、日本政府はGDPの3%に当たる規模の経済対策を行いました。今回、安倍政権はGDPのおよそ20%となる108兆円の緊急経済対策を発表しています。まずは、その対策によって国民の生活を下支えすることが何よりも大切です。

 加えて必要なことは、この危機を乗り切るために大胆なデジタルシフトを進めることです。遠隔診療、遠隔教育、在宅勤務の仕組みを整備し、現金給付をする場合はマイナンバーとリンクさせ、さらには高齢者にタブレットを配布し行政や医療機関とデジタルコミュニケーションができる仕組みをつくる。そのような仕組みが、コロナショックを乗り切るためだけでなく、「アフターコロナ」の日本の在り方を大きく左右する。私はそう考えています。

このコロナショック下で、NECはどのようなデジタルシフトに取り組んでいますか。

石黒 憲彦 氏

NEC
取締役
執行役員副社長
石黒 憲彦( いしぐろ のりひこ)

石黒憲彦氏(以下、石黒) 働き方におけるデジタルシフトの一つがテレワークです。私たちは、もともとテレワーク制度を持っていましたが、働き方改革の一環として2017年からテレワークのさらなる活用を促進するとともに、PC・スマホの配布やネットワークの増強などのICT環境の整備を進めてきました。2019年夏のテレワーク・デイズでは、4万人以上の社員がテレワークを実施、その年の台風で公共交通機関がストップした際も、テレワークを社員に促し、乗り切ることができました。今回も、新型コロナウイルスの被害が広がり始めた2月20日にグループ全体でテレワークを実施し、6万人が在宅勤務を行いました。緊急事態宣言後も継続的に実施しています。

 私たちが活用しているテレワークソリューションは、企業や自治体でも活用していただくことが可能です。例えば、社内会議や研修などをリモートで行うことができるクラウド型Web会議サービス、オフィスPCをセキュアな状態でリモート操作ができるリモートアクセスサービスといったソリューションがあります。さらに、自治体向けに、住民からの問い合わせにAIが自動応答するチャットボットなども提供しております。

 特に自然災害は年々激甚化する傾向があります。BCP(事業継続計画)対策の一環としてテレワークを働き方のオプションとし、ICTで業務をデジタル化することで、企業や自治体経営を止めることなく、非常時の迅速かつ的確な対応を実現していけると考えます。

トライを繰り返しながら
最適解を見極めていく

竹中 今回のコロナショックによってテレワークは相当進むでしょう。しかし、危機を脱した後にまた元の働き方に戻ってしまっては意味がありません。危機や災害はまたいつやってくるか分からないからです。企業活動にテレワークを浸透させるには、テクノロジーを活用するだけでなく、働き方の枠組みそのものの見直しが必要です。働く「時間」ではなく、働いた「成果」に対して報酬を支払う仕組みを定着させることがあらためて求められていると思います。

石黒 おっしゃる通りです。私たちは、テレワーク中の労働時間を計るソリューションも提供していますが、今後は労働の価値、成果の価値の測り方から再検討していく必要があると、今回のテレワークの取り組みで実感しています。

竹中 そうですね。今後は労働だけではなく、教育にもデジタルを活用した新しい枠組みが求められていると思います。教師が前に立って、たくさんの生徒がそれに向かい合うという現在の教育スタイルが始まったのは、古代ギリシアの時代だそうです。数千年にわたって教育の形はまったく変わっていないということです。

 既存の知識を伝える教育は、大胆にEラーニングにシフトしていいと私は考えています。一方、正解のない問題について議論するアクティブラーニングなどは、リアルな場で行う方が有効でしょう。大切なのは、いろいろなやり方にチャレンジしてみることです。そのうえで、デジタルでできることとできないことを峻別(しゅんべつ)すればいい。オールオアナッシングではなく、どこをデジタルにして、どこをアナログにするかを見極める必要があります。

石黒 まさしくそのような「見極め」が求められていると思いますね。テレワークの方法にも正解があるわけではありません。例えば、企画を考えるなどのクリエーティブな仕事はテレワークに向いていると思いますが、やはりお客さまとのコミュニケーションは実際にお会いした方が取りやすいなという感覚があります。トライを繰り返しながら最適解を探っていく。それを続けていくことが大切です。

データを社会の
共有財産にするために

災害対策や危機管理における日本の課題をどのように捉えていますか。

竹中 平蔵 氏

竹中 日本は自然災害が非常に多い国ですが、過去の歴史の中でそれにかなりうまく対処してきたと思います。例えば、1959年の伊勢湾台風の死者・行方不明者はおよそ6000人に上りましたが、それをきっかけに災害対策基本法ができ、富士山頂に気象レーダーが設置されました。それらの取り組みによって、自然災害の犠牲者の数は実に一桁も減ったのです。

 しかしそれでも、大きな地震や台風が来るたびにたくさんの犠牲者が出てしまいます。やらなければならないことは、制度や仕組みを常に見直していくことです。犠牲を最小限にとどめるには、その地道な積み重ねを継続していくしかありません。

石黒 NECは東北大学様や大阪大学様と共に、NECのスーパーコンピューターを活用した「津波浸水予測システム」を構築しました。これは2018年11月から内閣府総合防災情報システムの「津波浸水・被害推計システム」としても稼働を始めました。このような取り組みを通じて、ICTが減災の役に立てばと考えております。

竹中 それは素晴らしい取り組みですね。防災・減災において日本の最大の弱点はガバナンスにあると私は考えています。権限を一カ所に集中させることを日本人はとても嫌う傾向があります。地震や津波災害に対処する主体は現行の制度では自治体ですが、自治体が大きな被害を受ければ対処が不可能になります。従って、非常時には広域を管轄する強い権限が必要になるのです。

 その弱点が現れているのが今回のコロナショックです。政府はたいへん苦慮しながら緊急事態宣言を出しましたが、この宣言によって可能なのは「要請」もしくは「指示」だけです。命令を出すことはできず、罰則規定もありません。英国ではこの危機に際して、外出した人に罰金を科しています。中国は「外出券」を発行し、それを所持していない人を逮捕しています。本当の非常時には、権限を一時的に一カ所に集中させる必要があるのです。もちろん、事後的に国会の承認を得るといった民主的手続きは絶対に必要です。その仕組みを整えた上で、ガバナンスを強化する。そのことを真剣に考えなければならないと思います。

石黒 おっしゃるとおり、これまでは例えば河川の管理は、国、都道府県、市町村などに分かれているので、増水や氾濫が起こったときにデータ共有が難しいといった課題がありました。それを広域的かつ一元的なプラットフォームで管理しようという動きが進んでいます。また、中小河川の氾濫による浸水被害を高い精度で予測するソリューション、ダム監視のソリューションなども実現しつつあります。災害対策や危機管理に関して、ICT企業が貢献できることはたくさんあると考えています。

今回のコロナショックによって、データ活用の在り方が見直されるという見方もあります。

竹中 中国のアリババは、26万件のコロナウイルス感染の臨床データを集めて、AIを使って陽性か陰性かを20分で判定する仕組みをつくりました。彼らはおそらく、それが将来的にビジネスにつながるという見通しを持っているはずです。

 ポイントは、データを共有する仕組みづくりです。これまで世界のデータは、米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)や、中国のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)といったメガプラットフォーマーに集中してきました。現在議論になっているのは、彼らが集めたデータは誰のもので、それをどう活用していけばいいのかということです。今後の方向性としてあり得るのは、データを集め、一元的に管理し、社会の共有財産にする「データ銀行」のような機関を創設することだと思います。

石黒 憲彦 氏

石黒 それは企業活動にも自治体運営にも役立つと思います。例えば、自治体の中には財源やリソースが足りないために持続可能なまちづくりを進めることができないというケースが少なくありません。しかし、データを活用して他の自治体や民間企業と連携すれば、それが可能になるはずです。もちろん、自治体がすでに保有しているデータを資産価値に変えていくという視点も必要です。その基盤になるのが、おっしゃるようなデータ管理機関だと思います。

 重要なのは、その機関の信頼性です。プライバシーに対する信頼とセキュリティーの仕組みを確立すること。データを「収集する」だけではなく、データが「セキュアな状態で」「漏洩や改ざんの危険性なく」「適切に管理」されること。それに必要なのは、匿名加工や暗号加工、あるいはサイバー攻撃などからデータを守るセキュアデータ流通基盤です。そのようなテクノロジーを提供することで、社会全体のデータ活用を安心・安全に進めることが私たちの役割であると考えています。

危機を乗り越えることで
新しい一歩を

このコロナショックを乗り越えるために、経営者にはどのような心構えと行動が求められますか。

竹中 まずは、情報収集をしっかりすることです。今後、企業活動を支援するための政策が段階的に発表されることになるでしょう。その情報を踏まえて意思決定をし、足元の売り上げ減などに対処していくことが最も大切なことです。

 しかし、経営者はコロナショック後のことも考えなければなりません。「子どものサッカー」という言葉があります。ボールのあるところに人が集まって、身動きが取れなくなることを意味する言葉です。社会が不安定なときには、企業はそのような状態に陥りがちです。「子どものサッカー」に巻き込まれることを避けるには、自社の立ち位置を検討して、自分たちだけのポジションを獲得することが必要です。困難を脱した後に、いかに独自の方向に向かうことができるか。そのことを常に念頭に置いておく必要があります。

パンデミックが終わった後の世界は変わるのでしょうか。

竹中 声を大にして言いたいのは、パンデミックは必ず終わるということです。そして、終わった後に世界は変わるということです。

 歴史的に見て、パンデミックの後には必ず違った世界がやってきました。古くは14世紀のペストです。この病気によって欧州では人口の4分の1の人々が犠牲になりましたが、その後、貧しい土地から豊かな土地への移住が進み、一人当たりの農業生産性が大きく向上しました。また、ペストを抑えられなかった教会の権威が失墜し、ルネサンスが起こりました。2003年のSARS後にEC(電子商取引)が急成長したのは記憶に新しいところです。

 今回のコロナショックの後にどんな世界が来るかはまだ分かりません。しかし、どのような世界になったとしても、鍵を握るのはデジタルシフトだと思います。デジタルシフトに成功した企業こそがアフターコロナの世界に対応することができる。そう私は思います。

 繰り返しますが、パンデミックはいつか必ず終わります。終わったときに、「大変だったけれど、あの危機を乗り越えることで新しい一歩を踏み出すことができた」、そう言えるような行動ができるかどうか。それが今、企業に、そして私たちの社会に問われているのだと思います。がんばりましょう。

石黒 新しい時代が来るという言葉は大きな励みになりますね。今、この時点では新型コロナウイルスに関して分かっている事も少なく、治療法や治療薬が確立されてないので、どうしても自分や自分にとって大切な人たちの身を守ることを第一に、と考えてしまいがちです。しかし私たちはその中で、自分たちが社会のためにできることは何か、人々にどのように貢献していけるかを考えることを忘れてはならないと思います。それは間違いなく将来の価値につながるはずです。このような状況だからこそ、前向きに物事を考えたい。そう思います。本日はありがとうございました。

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