森ビル 代表取締役社長 辻󠄀 慎吾氏 × NEC 取締役 会長 遠藤 信博 氏森ビル 代表取締役社長 辻󠄀 慎吾氏 × NEC 取締役 会長 遠藤 信博 氏
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森ビルとNEC経営者対談
都市のDXが拓く日本の未来

スマートシティ、スーパーシティの構想が語られるようになって久しい。都市のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、私たちが直面している様々な社会課題を解決していく上で欠かせないテーマである。しかし、その実現は容易ではない。国内外でたくさんの試みが進行しているが、広く世界のモデルとなるような事例はなかなか出てきていないのが現状だ。都市のDXの難しさの本質はどこにあるのか。あらためて深い考察が必要になってきていると言えるだろう。そうした中、注目を集めているのが、都市づくりのプロフェッショナルである森ビルが、NECと進めている取り組みだ。「ヒルズ」に実装される都市DXは、世界の都市を変えていく可能性を持っている。森ビル 代表取締役社長の辻󠄀 慎吾氏と、NEC 取締役会長の遠藤 信博氏に話を聞いた。

「総合力」を備えた街づくりを

人口減やコロナ禍によって都市の価値が問い直されています。これからの都市が備えるべき要件についてお考えをお聞かせください。

辻󠄀 慎吾 氏

森ビル
代表取締役社長
辻󠄀 慎吾(つじ しんご)

辻󠄀慎吾氏(以下、辻󠄀) 森ビルは創業以来、都市のあるべき姿を考えてきました。世界の都市間の競争がとりわけ激しくなってきたのは30年くらい前からです。東京がその競争に勝っていくことが日本の未来につながる。そう私たちは言い続けてきました。その認識がこの5年くらいで、ようやく一般に広まってきたように感じています。

 では、どうすれば都市間競争に勝てるのか。経済が強いだけでも、環境への配慮があるだけでも、住居の質が高いだけでも強い都市にはなれません。必要なのは「総合力」です。総合力を備えた都市こそがグローバル競争に勝つことができると私たちは考えています。

 私たちが手掛ける「ヒルズ」のコンセプトが、まさに総合力を備えた街です。六本木ヒルズにはオフィスがあり、住宅があり、商業施設があり、美術館や映画館などの文化施設があります。そういった多様な機能がコンパクトに集まっていることが、街の競争力になるのです。従来の街は、オフィス、住居、商業のエリアを分けるという発想でつくられてきました。その発想を変えたのがヒルズの大きな特徴です。

遠藤信博氏(以下、遠藤) これからの都市のキーワードは「総合力」である──。大変納得できるお話だと思います。これまで別々だった都市の機能や人々をうまく統合していくには、どうすればいいのでしょうか。

辻󠄀 そこが非常に重要なポイントです。必要なのは、その街で働く人、暮らしている人、来訪する人など、多様な人たちが出会い、そこから新しいアクションや発想が生まれる「仕掛け」をつくることです。ヒルズに食事に来た人が美術館に行く。あるいは、ヒルズで仕事をしている人が終業後に映画館に立ち寄る──。そのような仕掛けやサービスをつくることが街の総合力につながるというのが私たちの考えです。

 例えば、六本木ヒルズカフェで行っているヒルズブレックファースト(※1)というイベントがあります。朝の時間を有効活用し、20枚のスライドを用いて自身の気づきやアイデアを共有することを目的としてプレゼンするというコンセプトのイベントです。オフィスワーカーなど、参加者の有志の方にもご協力いただきながら運営しています。

※1 2020年6月よりオンラインにて開催

 また毎年、夏には子ども向けのワークショップを六本木ヒルズ内で行っています。(※2)例えば、ヒルズに入居している弁護士事務所に協力してもらって、模擬裁判所で子どもたちに裁判を体験してもらうなど、本物に触れることのできるワークショップです。こういった仕掛けや企画があれば、一つの街の中で多様な人たちを結びつけることができます。そして、それが街の総合力や多様性につながっていくと私たちは考えています。

※2 2020年、2021年はオンラインのみの開催

進化したICTが備える3つの機能

NECが考えるこれからの街の在り方とはどのようなものでしょうか。

遠藤 信博 氏

NEC
取締役 会長
遠藤 信博(えんどう のぶひろ)

遠藤 ICTは街づくりにおいてどのような価値を生み出せるか。それがICTカンパニーである私たちの大切な視点です。

 1995年に携帯電話がアナログからデジタルに変わりました。そこから25年の間に、ICTは劇的な進化を遂げてきました。例えば、コンピューターの処理能力は25年で240万倍になり、以前は処理に1年間かかっていたタスクが現在は13秒まで短縮されています。モバイルネットワークを見ても、25年前はCD1枚分のデータを転送するのに150時間かかったものが、5Gなら0.5秒で完了してしまいます。およそ100万倍のスピードです。辻󠄀さんが街の総合力というお話をされましたが、進化したICTは、今や部分的な機能を担うものではなく、街全体をスマート化できるまさしく総合的テクノロジーとなった。そう言っていいと思います。

 ICTは3つの要素によって構成されています。「コンピューティングパワー」「ネットワーク」「ソフトウェア」です。それらの要素は、それぞれ3つの機能に対応しています。すなわち、「リアルタイム性」「ダイナミック性」「リモート性」です。リアルタイム性とリモート性が組み合わされることによって、人は時間と場所の制約から解放されます。データの取得から活用までの時間が最短化され、街の中のあらゆる場所からリモートでつながることができるようになるということです。ダイナミック性とは、大量で多様なデータをソフトウェアで処理することにより、それまで意味を持たなかったデータが動的に価値を生み出すようになることを意味します。

 私たちはこれらの機能を都市設計に生かしていきたいと考えています。これまでハードウェアによって設計されてきた都市を、ソフトウェアで設計するという発想に変えていく。データとソフトウェアを活用して、様々なものをつなげ、それを価値に転換していく──。それが私たちのビジョンであり、それを可能にするのが、私たちが提供するソリューション「NEC Smart Connectivity」です。

データを統合することで、
個人の「意志」が明確になる

現在、森ビルとNECはどのような共創に取り組んでいるのですか。

辻󠄀 3年ほど前から、「NEC Smart Connectivity」を活用して ヒルズの居住者、ワーカー、来訪者などと街の中の様々な施設やサービスをIDによって結びつけていく「ヒルズネットワーク」の構築に取り組んできました。そのシステムが、ついにこの4月に完成しました。ようやくシステムが稼働したところですが、今後、データを活用して人や企業に価値を提供し、街をさらに高度化していくフェーズへと段階的に進んでいく予定です。

ヒルズネットワーク開発の狙いをお聞かせください。

辻󠄀 私はヒルズの住人でもあり、オフィスワーカーでもあり、ヒルズにある店の客でもあり、美術館や映画館の観覧者でもあります。しかし、施設側から見れば、店で買い物をする私と、映画を見る私は別々の人間です。もちろん、私がヒルズ居住者でありオフィスワーカーであるということも施設側はわかりません。

 そうすると、例えば、映画館と美術館とショップからバラバラにメールが届くことになり、ヒルズで生活し働く私に必ずしも最適とは言えない情報が届くことにもなります。しかし、もし一つのIDで「辻󠄀慎吾」という人間を把握することできれば、私が本当に求めている情報、あるいは求めていると想定される質の高い情報が私に届くことになるでしょう。つまり、これまで個別に分断されていた情報がIDによってつながり、「個」を単位として統合されるということです。

 実は、そのような構想は10年くらい前からありました。しかし、森ビル内の組織が縦割りだったことと、技術水準の点から、とうてい実現は無理だろうと考えていたのです。しかしその後、森ビル社内で組織改革を進めて横断的事業部をつくり、NECに画期的技術を提供していただいたことによって、長年の構想がようやく実現しました。現在開発中の虎ノ門・麻布台プロジェクトでは、竣工した時点でヒルズネットワークの仕組みが実装されることになります。

遠藤 私たち一人ひとりには、いろいろなデータが紐づいています。辻󠄀さんがおっしゃるように、これまではその人の「個」とその人を取り巻く様々なデータは別々のものと考えられていました。しかし、それらのデータをIDによって統一して「個」と結びつけることによって、その人のインテンション(意志)が明らかになります。何が欲しいのか、何をしたいのか、どのような人と出会いたいのか──。そういったインテンションが、データによっていわば個人から「発信」されることになるわけです。その発信されたインテンションに基づいて、適切なレコメンデーションをしたり、出会いの機会をつくったりすることを可能にする。それがヒルズネットワークの本質ですね。

辻󠄀 はい。一種の「コンシェルジュ」の仕組みと言ってもいいと思います。ヒルズネットワークには、一人の人に対して、一つのアプリ内で必要とされる情報を提供していく機能があります。例えば、ランチがおいしい店の情報を空き状況などとともにピンポイントで提供することが可能です。まさしくホテルなどのコンシェルジュの働きと同じです。それを商業だけではなく、ヘルスケアなどにも活用できるようになれば、この仕組みはさらに画期的なものになると思います。

テクノロジーとコンセンサスが
実現する「高度な全体最適」

遠藤 健康増進のためのメニュー、あるいは休日の過ごし方のプランニングなどを個々人に合わせて提供することができれば、コンシェルジュの機能はより充実したものになるでしょう。そのためには、すでにあるデータを活用するだけでなく、ヒルズで暮らしたり、働いたり、ヒルズに来訪される方々に、自らのデータ提供がより充実した価値が得られることをお示し、ご理解いただくことが重要です。

辻󠄀 これまで一般的に、「データは無理やり取られるもの」という意識がありました。また、データを取られることにはプライバシー侵害などのリスクがあるとも考えられてきました。ですから、自分から積極的にデータを出していくという発想には至らなかったわけです。

辻󠄀 慎吾 氏

 しかし、データを提供することのメリットをしっかり認識してもらえれば、データを自分から出していきたいと考える人が増えるはずです。何より大事なのは、データを提供することの意義を広く理解してもらう努力をすることです。

 これは、国のデータ活用にも言えることです。自分が提供するデータが、自分だけでなく社会や将来の人々のために役に立つ。そういう視点があれば、データ提供に対する考え方は必ず変わるはずです。

遠藤 おっしゃるとおりだと思います。例えば、けがや病気で車椅子を使う生活になった時に、そのデータを登録しておけば、いろいろな施設を訪問した時に、提供頂いたデータを読み取り、サービス依頼をすることなく、自動的に車椅子に対応したサービスに誘導してくれる。そんな仕組みづくりも不可能ではありません。データを活用して、人々にとって本当にためになる仕組みを社会の広範な領域で提案し、実現していくことができれば理想的ですよね。

これからのスマートシティをめぐる課題についてもお聞かせください。

辻󠄀 スマートシティという言葉が生まれてからかなりの時間が経っていますが、「ここに行けばスマートシティの実態がわかる」というエリアはいまだにありません。世界中を見ても、成功事例はほとんどないと言っていいでしょう。チャレンジの例はたくさんあるのに成功していないのはなぜか。

 スマートシティには「テクノロジー」と「都市づくり」の両方の視点が必要です。しかし、「都市づくり」のプロがスマートシティに関わってこなかった。そのような事実があると私は考えています。私はかねてより「都市づくりは人から、人が一番大事だ」と言っています。都市のDXを進めるにしても、テクノロジーから入る、施設運営側から入るということではなく、それを利用する人側からのアプローチをしないといけない。

 都市づくりにおいて最も重要なのは、「合意形成」です。私たちは街の再開発に取り組む際に、膨大な数の関係者と対話をしています。住民、商業関係者、行政──。そういった人たちとの対話の中で、「こういう街にしたい」というビジョンを伝え、それが関係者すべてにとってのメリットになる道筋をしっかり説明しています。そこで相互理解を進め、向かうべき方向を共有するわけです。もちろん、環境に対する配慮や社会的視点についての合意も必要です。

 都市づくりのプロとは、そのような合意形成のプロです。十分な水準のテクノロジーがあったとしても、合意形成のスキルがなければスマートシティは実現しない。そう私は考えています。

遠藤 信博 氏

遠藤 辻󠄀さんがおっしゃっていることを私の言葉で言うと「全体最適」ということになります。ICTが進化したということは、大量で多様なデータを瞬時に処理し、全体最適の視点での価値提供ができるようになったことを意味します。しかし、「全体最適とは何か」については、そのつど、全体最適の目標を明示化して、これに関わる方々のコンセンサスを取ることが必要です。その作業が、先程辻󠄀さんが、正におっしゃった「合意形成」ということです。何を全体最適で目指し、どのような価値が得られるのかを定義し、それに沿った目標を決め、その目標達成の取り組みをみんなで進めていくというプロセスがこれからのスマートな街づくりには欠かせません。

 テクノロジーのレベルと、合意形成のレベルと、全体最適の目標設定のレベル。その3つは互いに強い相関があり、全てがそろって高いレベルの価値実現ができます。技術レベルが高くても、合意形成がうまくいかなければ、到達できる目標の価値レベルは低くなります。同じく、合意形成がうまくいっても、技術レベルが低ければ、全体最適の価値レベルは低くなってしまいます。テクノロジーとコンセンサスは、より高いレベルの全体最適価値を実現するための両輪である。そう言っていいと思います。

都市のDXのキーワードは「個の尊重」

今後のビジョンをお聞かせください。

辻󠄀 ヒルズは非常に優れた実証実験場であると私は考えています。街にビジョンがあり、NECさんを始めとするICT企業のテクノロジーがあり、街に関わる人々のコンセンサスもできています。ヒルズで都市のDXの形を示すことができれば、その取り組みは他の街にも波及していくでしょう。逆に言えば、ヒルズで都市のDXを実現できなければ、どこでも実現できないということです。ぜひとも私たちが都市のDXを実現して、それを他の街、区、市、国へと広げていきたいと考えています。

遠藤 私は、これからの都市のDXの一つのキーワードは「個の尊重」であると考えています。「個」のインテンションを把握し、そこから街づくりをしていくということは、個を尊重するということにほかなりません。そのために必要なのが、データの活用です。データによって個々人のインテンションを把握し、それをベースにコンセンサスをつくり、誰もが安心・安全で楽しく暮らせる街をつくる──。そんな都市づくりを目指していきたいですね。

辻󠄀 森ビルの都市づくりの力と、NECさんのICTの力を合わせて、都市のDXをぜひ推し進めていきましょう。

森ビル×NECで実現する「人を中心とした街づくり」