公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会 組織委員会理事 チーフ・セキュリティ・オフィサー米村 敏朗 氏公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会 組織委員会理事 チーフ・セキュリティ・オフィサー米村 敏朗 氏
シェア ツイート

東京2020を契機に改めて見直したい危機管理~組織委員会チーフ・セキュリティ・オフィサーが語る基本的な考え方~

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向け、国や東京都、警察といった行政機関だけでなく、民間企業や地方自治体にもこれまでと異なる高度な次元の危機管理が求められている。具体的には、入退室管理や不審人物の監視といった物理的安全管理措置を指す「フィジカルセキュリティ」と、コンピューターへの不正侵入、データの改竄、情報漏えいといったサイバー攻撃を阻止する必要な措置を指す「サイバーセキュリティ」の両面だ。これからの危機管理のあり方、セキュリティ対策、ICT活用に期待することなど、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の理事でセキュリティ最高責任者(CSO)を務める米村敏朗氏にお聞きした。

情報を正しく見極め、「想像と準備」で粛々と

リオデジャネイロ2016オリンピック・パラリンピックが閉幕し、次はいよいよ東京2020オリンピック・パラリンピック(以下東京2020)の開催となりますが、東京2020に向けて、米村理事の役割をお聞かせ下さい。

 私自身は、警察庁警備局などでキャリアを重ねた後、第87代警視総監に就任、その後、内閣危機管理監を務め、2014年に公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事、2016年同組織委員会チーフ・セキュリティ・オフィサーに就任致しました。
 オリンピックのような巨大な大会のセキュリティは、警察や警備会社の警備員だけがすることではなく、民間企業やボランティアの力も必要不可欠となります。これまでにない国家規模でのイベントの目指すところは「オールジャパン体制」の構築であり、私は無事に東京2020が運営されるように、「想像と準備」を進めていきたいと思います。

東京2020の成功に向けて、危機管理の面では何が求められますか。

 「Keep calm and carry on」という言葉があります。「粛々と、やるべきことを続けよう」という意味でしょうか。元は、第二次世界大戦の開戦時、英国政府が国民に呼び掛けた言葉です。この言葉こそ、危機管理の要諦だと考えています。では、「Keep calm and carry on」の姿勢を貫くには何が必要か。私の長年の実務経験を踏まえて言えることは、「想像と準備」がすべてである、ということです。
 「想像」とは、情報を基にあらゆる事態を想像することです。何か起きた時に「想定外」とか「考えていなかった」では済まされません。そのための「準備」とは、そこで「想像」される事態を未然に防ぐために、多角的に情報を検討し、万全の対策で備えることです。危機管理という点で言えば、東京2020閉会時に、アスリートがもたらした感動を心地よい余韻として皆さんに残せれば成功であり、運営の警備面では「何か、あったのか?」という程度の感想で終われるようにするのが理想です。

大会後は、スポーツの感動だけが語り継がれていくような運営を目指すにあたり、危機管理における「情報」とは、どのようなことでしょうか。

 国際テロ対策の要諦は未然防止です。テロが実行されたら、それは失敗です。しかし、どこで国際テロが起きる、という情報が事前にもたらされることはまずありません。情報としてもたらされるのは事実そのものではなく、あくまで事実の投影でしかないからです。情報を扱う上で一番重要なことは読み取る事。そして、情報源の確かさ、情報の収集・伝達・集約・分析といった事をきちんと行い、情報の意味を正しく見極められるようにすること、こうして初めて、様々な準備や対策が可能になります。
 私は危機管理に「想像と準備」を基本に据えるべきと思います。そして、今までの危機管理の取り組みを見直し、強化する好機とも言えるのが、来る東京2020オリンピック・パラリンピックではないかと考えています。

一番怖い雑踏警備では群衆の動きの見える化を

東京2020では世界各国から多くの人が東京に訪れる上に、地震やゲリラ豪雨といった突発的な災害が起きないとも限りません。これらの警備にはどのように取り組もうとしているのでしょうか。

 警備上の主要なテーマは「雑踏警備」「国際テロ対策」「暑さ対策」の3点があります。
 一つ目の「雑踏警備」とは、多くの人々が集中することで起こる「群衆事故」「雑踏事故」を防ぐ為の警備です。私達警察官が今でも苦い経験として記憶しているのは、1954年の二重橋事件、2001年の明石歩道橋事故等があります。この時の経験により、現場の状況をしっかり把握する事が雑踏警備の要となりました。どれだけの群衆が集まっていて、例えばゲリラ豪雨のような突発的な事態に対して、人々がどのように行動するのか、現場が見えていないと的確な指揮は執れません。

 二つ目の国際テロ対策においては先にも述べたように、日々の情報戦と想像と準備、これ以外にありません。2001年9月11日の米国同時多発テロの際に、陣頭指揮を執り、獅子奮迅の活躍をされた当時のジュリアーニ市長が秘訣をきかれて「大切なのは準備だ」と答えたと聞いています。彼は1994年1月に市長になりましたが、前年2月に世界貿易センタービル地下駐車場で、自動車爆弾によるテロがあり、「テロはまた必ずある」と考え、市を挙げて対応訓練を行っていました。
 そして暑さ対策。これは競技会場入場時のセキュリティチェックに要する時間に課題があると考えています。東京2020は真夏に開催されます。間違いなく猛暑の中での大会になるでしょう。セキュリティチェックを受けるのに待ち時間が1時間というのは、安全確保のためと言っても、容易に受け入れられるものではありません。
 リオデジャネイロ大会を視察し、アスリートのもたらす感動を世界の人々が共有することを妨げないことこそ、大会警備の究極の使命である、と痛感しました。世界中から訪れる来場者が待ち時間の間に東京の暑さに負けてしまっては、感動どころではありませんからね。

社会インフラにおけるサイバーセキュリティ対策

今や国を挙げてのサイバー攻撃というようなニュースもありますが、東京2020におけるサイバーセキュリティ対策はいかがでしょうか?

米村 敏朗 氏

公益財団法人
東京オリンピック・パラリンピック競技大会
組織委員会理事
チーフ・セキュリティ・オフィサー
米村 敏朗(よねむら としろう)

 警備上の主要なテーマとして、サイバー攻撃への備えも挙げられます。首都・東京で開催される国を挙げてのイベントだけに、交通、エネルギー、通信、金融など、オリンピック・パラリンピックの開催を支える社会・経済インフラへの安全確保・サイバーセキュリティ対策は不可欠です。
 サイバー攻撃によるシステム停止などのセキュリティインシデントは大会運営そのものを混乱させかねません。大会運営に具体的な支障をもたらしたことはないものの、近年の大会で攻撃を受けなかったことはないだけに要注意です。しかも、モノのインターネット化が進むIoTの時代。サイバー攻撃が現実の世界にまで混乱をもたらす危険性は以前にも増して高まっています。
 組織委員会ではすでに、「組織委員会CSIRT(Computer Security Incident Response Team)」を立ち上げました。ロンドン2012大会やリオデジャネイロ2016大会の反省や教訓を踏まえつつ、技術の進化や情勢の変化を先取りし、基幹システムを中心にサイバーセキュリティ対策に臨んでいます。
 一方、国は内閣官房に設置されている「内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)」を中心に「政府CSIRT」の準備を進めています。これは、大会運営はもちろん、関係機関や重要な社会・経済インフラが提供するサービスへのサイバー攻撃を予防・検知し、対処に必要な的確な情報を共有する中核組織という位置付けです。
 このように国を挙げて構築されたシステムは、東京2020の輝かしいレガシーとなるものと期待しています。

雑踏警備や国際テロ対策、サイバーセキュリティ対策といった警備のテーマに対して、具体的にはどのように向き合えばよろしいのでしょうか。

ウォークスルー顔認証システム

(図)NECの顔認証エンジンが活用され、リオデジャネイロ2016オリンピック・パラリンピック時に開設した「Tokyo 2020 JAPAN HOUSE」に導入された「ウォークスルー顔認証システム」

 雑踏警備であれ、国際テロ対策であれ、サイバーセキュリティ対策であれ、警備水準を高める役目を果たすのがICT技術と考えます。「史上、最もイノベーティブな大会」を掲げる東京2020ですので、ICT技術の活用がますます広がります。
 特に私が期待しているのは、群衆の動きを見える化する画像情報システムです。無線でのやり取りだけでは届く情報に限界がありますので、現場の様子を、リアルタイムに画像とともに正しく把握するための方策やツールが欠かせません。
 競技会場入場時に求められるのは、より効率的なセキュリティチェックです。例えば生体認証技術をそこでうまく活用できれば、猛暑の中で来場者にストレスを掛けることなくチェックを受けてもらうことができるでしょう。
 群衆の制御に役立つ情報処理技術や生体認証技術、防犯カメラの性能など、実際に注目している技術は数多くあります。確立した最新の技術を東京2020で駆使できるよう、研究を続けています。この点で、大型イベント運営や、大規模施設でのセキュリティ対策で世界的にも実績があるNECさんを始めとする民間企業の力に期待しています。

ウォークスルー顔認証システム

(図)NECの顔認証エンジンが活用され、リオデジャネイロ2016オリンピック・パラリンピック時に開設した「Tokyo 2020 JAPAN HOUSE」に導入された「ウォークスルー顔認証システム」

最新のICTテクノロジーを最大限活用して危機管理を実行していく事が大会以後にも生きていくということですね。

 これら危機管理への取り組みは官民パートナーシップの下、東京2020に向けて着々と進めていきます。それが大会以降も定着していけば、「安全・安心な日本」という日本の最大のブランド力はさらに高まっていくに違いありません。
 大会警備の究極の目的は、繰り返しになりますがアスリートのもたらす感動を守ることです。それが、オリンピック・パラリンピックの何よりの価値だと考えています。そのために民間企業にもボランティアにも理解と協力をいただき、官民連携の下で大会の成功を実現させたいと思います。