- 安藤大樹
- 1974年生まれ、岐阜県出身。藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)卒業後、同大学病院研修を経て、同大学病院総合診療内科所属。2011~15年にかけて同院最優秀指導医賞受賞。岐阜市民病院総合内科を経て現職。岐阜大学総合病態内科学非常勤講師、藤田医科大学救急総合内科客員講師。「病気ではなく、病気を患ったそれぞれの人を診る」という思いの元、日々診療を行っている。
- http://andoc-clinic.com/
何でも気軽に相談できるプライマリ・ケア医、つまり「頼れる町のお医者さん」が地域にいて人々の生活に寄り添ってくれたら、みんなが幸せになれると私は信じています。では、プライマリ・ケア医をどんどん増やせばいいのかというと、決してそうではありません。専門に特化した医師の存在は日本の医療界の宝です。私は「プライマリ・ケア・マインド」を持った先生を増やしたいと思っています。「専門外だけど何でも相談に乗るよ」という先生が増えれば、多くの患者さんの幸せにつながると思うのです。「最近困っていることはない?」「眠れてる?」と気にかけてあげるだけで救われる患者さんもいます。患者さんの病気だけに目を向けるのではなく、患者さんの人生に思いをはせる先生が増えることを願っています。
曾祖父の代から町医者をしていて、私は4代目にあたります。3人兄弟の末っ子でしたし、父の姿を見ていて過酷な仕事なのも分かっていたので、子供の頃は医者になることはまったく考えていませんでした。医学部を目指すようになったのは、95年の阪神淡路大震災で、人命救助に奔走する医療関係者の姿を報道で見たことがきっかけです。当時何も目標を持てていなかった私が、初めて人の役に立つことの素晴らしさを感じたのを覚えています。
大学では勉強もそこそこに、軽音楽部のバンド活動に没頭しました。もともと人前に出ることが苦手でしたが、「こんな自分でも人前で表現していいんだ」と自信をつけることができました。人に喜んでもらうことの素晴らしさに気付いたのもこの時で、今の診療スタイルにもつながっていると感じます。
プライマリ・ケアの概念と出会ったのは研修医時代です。検査の数値や画像所見ばかり重視する大病院の医療は、私が子供の頃から見てきた「町医者」の姿とかけ離れていて、あまりなじめずにいました。しかし、回診の際に患者さんの横に座り、手を取って同じ目線で「大変でしたね」「しんどくないですか」と声を掛けている先生がいらっしゃったのです。そうすると患者さんもいろいろなことを話して下さいます。もちろん検査の数値も大事ですが、それだけではなく、ちゃんと「人」を見る医療の大切さをこの先生から教わりました。こんな医療が実践できれば地域の人たちに幸せを還元できるのではと思ったんです。
今から5年前に実家のクリニックを父から受け継ぎました。専門性にこだわらず、何でも診る「医療よろず相談所」のつもりで診察しています。いろんな科をたらいまわしにされ、どこへ行ってもまともに取り合ってもらえなかった患者さんが来院して「先生に出会えてよかった〜」と涙ながらに話してくださったとき、この医療をやっていて本当に良かったと思いました。多くの先生は、たとえば「気持ちが落ち込む」と訴える患者さんに対して「そういうことは精神科に行ってください」といった対応をされると思います。忙しい外来においては、ある意味仕方がないかもしれません。しかし、身体的な症状であろうと精神的な症状であろうと、患者さんにとっての困りごとであることに違いはありません。心と体を切り離さない「心身相関」ということを、私の診療の柱としています。
新型コロナウイルス禍では、日本の医療の脆弱性が露見しました。全国各地で医療崩壊が相次ぎ、メディアやSNS上は真偽不明な情報であふれ返り、多くの国民がその情報に今も翻弄され続けています。もし、日本にプライマリ・ケアの文化が根付いていれば、大病院の救急外来に患者さんが殺到することはなかったはずですし、出どころの分からない情報も身近な先生にすぐに相談できたはずです。気軽に相談できるかかりつけ医の存在があれば、このような事態にはならなかったでしょう。プライマリ・ケアという概念は、一般の方はもちろん、医療関係者の間でもまだ認知度は高くありません。私は15年ほど前から「プライマリ・ケア道場」を立ち上げ、研修医や若手の先生方を対象としたレクチャーを続けています。少しでもプライマリ・ケアの大切さを認識し、これから出会う患者さんに還元してくれる医療関係者が増えればうれしいです。
私が目指すのは「一番のケア」です。それは決して他の医療機関より優れているということではなく、目の前の患者さん一人ひとりにとって一番幸せな医療という意味です。大きな幸せでなくてもいいのです。私の診療で、ほんの少しでも患者さんの心が安らいだり、「病気が見つかったけど、この先生になら任せられるな」と思ってもらえれば、こんなにうれしいことはありません。目の前の患者さんが幸せになることで、その人の家族や友人、周囲の人も幸せになり、ひいては地域全体の幸せにもつながっていくでしょう。それは巡り廻って私自身の幸せにもなるはずです。そんな幸せの連鎖を作っていきたいですね。