朝日慎逸
1959年生まれ。京都府出身。立命館大学卒業後、旧郵政省(現日本郵政グループ)に入省。企画・保険営業に従事し、営業管理職などを歴任。40歳の時にソニー生命のライフプランナーに転職。43歳で保険代理事業を行う有限会社QLIOcorporationを設立。2020年には健康関連商材を販売する株式会社QLIOnext を設立。現在も2社の代表として第一線で営業活動を行っている。
https://qlionext.jp/

INTERVIEW

現在、私は生命保険代理業を行う会社と、水や水素などの健康関連商材を販売する会社の2社を経営しています。2016年には原発性大腸がんに罹患(りかん)し、転移を繰り返した末に余命1年を宣告された身でもありました。一時は死を覚悟しなければならない状況に追い込まれながらも今を幸せに生きることができているのは、保険制度に経済的負担を防いでもらい、奇跡の水との出会いから薬やサプリメントに頼らない身体づくりができたからこそ。今後も自らの奇跡体験を伝承しながら、私の生き方を貫いていければと思っています。

保険営業一筋30年以上の実績と自信

朝日慎逸

大学卒業後に旧郵政省に入省した私は、人と関わる仕事がしたいと上司に願い出て、事務職から営業職に移りました。今から約40年前のことです。
営業職に異動する前には研修期間があり、営業マン出身の教官と出会いました。そして、その時に聞いた『山よりデカイ獅子は出ない』という彼の言葉が、今でも脳裏に強く焼き付いています。それ以来、どんなに大きなマーケットにもひるむ事なくアプローチするようになっていったのです。
また、営業部在籍当時に教えられた『Don’t stop,keep going』という言葉も印象に残っています。この言葉は、どんなに辛く悲しい夜も明けない夜はない、雨が降り続ける時も止まない雨はない。だから立ち止まらずに歩み続けようよ、というポジティブな私のバイブル。今でも壁にぶつかった時には、この2つの言葉が私を勇気づけてくれるのです。
その後、40歳の時に生命保険を紹介するライフプランナーに転職。43歳には保険代理事業を行う会社を立ち上げました。保険業界に身を投じて早30年以上が経ちます。
現在、日本には生命保険会社が41社存在していますが、当社が主に扱っているのはその中でたったの3社。選択肢が少なければ人それぞれに合ったライフプランを提案できないのではないかと危惧されるかもしれませんが、そんなことはありません。これまで培った経験とノウハウで厳選した3社を上手にブレンドしていけば、自信を持ったプランが提案できるからです。
当社では、お客様に2時間に及ぶヒアリングの機会を3回頂戴することを基本としています。どんなプランが見合っているのかをしっかりとヒアリングし、お客様の現状分析をすることに注力していくためです。
保険サービスに加入する方々のほとんどは、現状のプランがどんな制度を有しているのかを深く理解していない方が多いのが現状です。当社ではそうした理解を深めることでプランに納得していただき、加入後の満足度を高めてきました。
保険加入後から5年が経過すると、加入継続率は平均で60%前後と言われています。しかし当社の継続率は98%。それだけお客様にも加入した保険に自信と満足度を持っていただけることという証でもあります。これが当社の強みの一つと言えるのではないでしょうか。

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適切な保険に加入していないのは不幸なこと。

そして実際に、私自身も保険制度に助けられた一人でもありました。
2016年4月、当時57歳の春に原発性大腸がんに罹患。2度の手術と8カ月にわたる抗がん剤治療などを繰り返しました。両肺への多発性転移となり、主治医からは根本治療不可を言い渡され、無治療を望めば余命1年だと宣告されました。
宣告を受けた日は家に戻り、部屋のカーテンを全て閉じて一人号泣しました。それから1枚の紙を取り出し、残りの1年でやりたいことを全て書き出していったのです。そんな体験を機に、物事に優先順位を付け、自分のやりたいことを後回しにせず、真っ直ぐに突き進む大切さを学びました。
治療を行なっていた間は湯水のようにお金が流れていき、700万円近くの医療費がかさみましたが、私の負担額は0。とくに大病を患った時にかかる経済的ストレスは、心や精神にも負担をかけてしまうものです。しかし私の場合は保険を売る立場でありながら保険に助けてもらい、改めて保険の底力を知ることになりました。がんを患うのは不運ですが、適切な保険に加入していないのは不運ではなく不幸なのです。今後も自らの経験をいかして、病気で経済的な破綻を起こさないためのプラン作りを提案していきたいと思っています。
その後、余命1年の宣告を機にQOL(生活の質)が一気に落ちる抗がん剤治療を中止し、自分の体質を改善してみようと思ったことが、がんが軽快したきっかけになりました。たまたま知人から宮崎県の霧島連山から湧き出る天然水が健康に良いと教えていただき、それを水素水に変換して飲むようになったのです。
人間の体は約60%が水でできていますが、水を飲み始めて3カ月ほど経つと、みるみるうちに体調が回復していきました。そしていつの間にか、肺にあった大きな結石が小さくなっていることを知ったのです。
そんな奇跡的な体験を機に、誰よりも健康の大切さを知っている私にしか出来なことを伝えていけたらと考え、水と水素について一から勉強。そして2020年には健康関連商材を販売する会社を設立しました。現在も水と水素の啓蒙活動を続けています。
たとえ大病を患っても、自分のやれることを精一杯続け、立ち止まることなく恐れずアプローチしたことで、私は今こうして幸せに生きることができています。2020年の10月で61歳となり、同年代の多くが定年退職を迎える中で、余命一年を宣告された私が今も第一線の営業マンとして仕事に没頭し、幸せに生きていること自体が奇跡だと言えるでしょう。自らの経験を伝承しながらこれからも成長を諦めず、奇跡は起こるのだということを伝えていけたらいいですね。

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