五本木秀昭
1963年生まれ、東京都出身。86年、日本大学法学部を卒業後、内外地図に入社。その後一貫して地図調製事業に携わり、国・地方公共団体等の施策及び事業のための地図調製業務を受託し、地図調製技術を駆使した、地理空間情報の普及・利活用の促進に積極的な取り組みを進めている。取締役などを経て2017年に代表取締役就任。地図協会理事長を務める。
https://www.naigai-map.co.jp/

INTERVIEW

新人のころ、営業先で「内外地図と言っても国内だけで、海外の地図は作らないんだね」と笑われたことがあります。確かに飛行機を所有しているわけでもないので、世界中飛び回って航空写真を撮って地図を作ることはできませんでした。これでは胸を張って「地図を作っている会社です」と言えないのではないかと、悔しい思いもしました。しかし、時代が変わると衛星写真を元に世界中どこの地図でも作れるようになりました。風向きは必ず変わります。どんなことでも諦めずに取り組み続ければ、チャンスは訪れるものです。

デジタル技術の発達で窮地に追い込まれたことも

五本木秀昭

早逝した父に代わって、祖父が父親のような存在でいてくれました。若い頃に警視庁や厚生労働省で官僚として働き、苦心の末50代で地図会社を立ち上げた祖父のエネルギッシュな生き方に憧れましたし、かなり影響を受けたと思います。
大学を卒業すると、祖父の地図会社に就職しました。別に地図が好きだったわけでもないのですが、会社は通っていた大学からほど近く、なじみのある場所にあったので、あまり迷わずに入社を決めました。創業当初から国や自治体の依頼で農業計画や国土開発、インフラ整備に必要な情報を落とし込んだ地図を多く手掛けてきた会社ですが、私が入社した頃には地図はほとんど完成していて、その増刷や更新が主な業務でした。お客様からは「印刷屋さん」とか「地図屋さん」と呼んでいただき、顔さえ出せば簡単にお仕事をいただけることに少し物足りなさも感じていました。

しかしそれもつかの間、平成に入るとコンピューターや高性能なコピー機が台頭して状況は一変しました。私たちの強みであった地図の調製技術はアナログの時代だったからこそ生きたのですが、デジタル技術の発達によって、鮮明で精度の高い地図を作るのは難しいことではなくなりました。地図印刷の需要が激減すると、同業他社は測量技術を磨いたり、印刷やデザイン技術を生かしたりしながら業態転換を図っていきました。廃業してしまった会社もたくさんありました。私たちは、それまで土地や環境などの調査結果のデータをもとに地図を作成していましたが、研究・調査の段階から業務を手掛けるようになりました。95年ごろに私が営業を担当していた運輸省からの依頼で、大規模油流出の対策のための地図を作ることになったのがそのきっかけでした。今までに例のない地図を一から作るチャンスをいただけたことは幸運だったと思います。

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地図を通して社会貢献したい

デジタル技術を味方につけると業務の効率も格段に上がりました。例えば、地図をもとに消防署の最適な設置場所を検討する仕事を20年以上手掛けていますが、アナログの時代は道路や建物からの距離を一つひとつ手作業で測って計算していたので完成まで2ヵ月はかかりました。今は国土地理院がオンラインで提供しているデータをもとに一瞬で距離をはじき出すことができるので、一週間もあれば完成してしまいます。
デジタル化によって、地図をお客様のニーズに合わせて自由自在に加工できるようになり、提案の幅も広がりました。近年は地図を使った業務支援のアプリやソフトウエアの開発にも着手し、IT(情報技術)色の強い会社になってきました。現在、広島・岡山・香川・愛媛の4県と日本財団が取り組む海洋ごみ対策プロジェクト「瀬戸内オーシャンズX」に参画し、実態把握調査や、環境脆弱性マップの作成などを手掛けているほか、学校向けの教材として各地域の「SDGsMAP」の作成にも取り組んでいるところです。従来、官公庁の環境調査や土木工事のために地図を活用してきた経験を生かして、今後は民間企業とも協力して社会課題を解決していきたいと考えています。
従業員50人ほどの小さな会社ですから一度にあれもこれもというわけにはいきませんが、今後もさまざまな課題に向き合い、社会から必要とされ続けることで「強いビジネスモデル」を構築していきたいです。地域、お客様、社員に愛されなければ、企業の永続はありえません。「強くて愛される会社」を目標に、新しいことにチャレンジし続けていきたいと思います。

吉田松陰先生の「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし」という言葉を大事にしています。
私たちは小さな会社ですが、「こういうものを作ってみたい」と思ったものは、何年かかっても実現してきました。若者のみなさんも主体的に楽しむ気持ちを忘れずに、好奇心を持って新たな可能性にどんどん挑戦していってください。

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