市川護
1957年生まれ、秋田県出身。72年トヨタ車体株式会社入社。大崎ボディー工業を経て78年佐々木組創業。85年佐々木工業株式会社設立。
http://www.sasaki-ind.co.jp/

INTERVIEW

本当は、職人のように自分一人だけで静かに仕事ができるのが理想でした。人を雇うと言いたくないことも言わないといけないですから。
結局仕事が増えたので一緒に働いてくれる仲間を増やして、口うるさいことも毎日言っていますが、「自分はこういうものを成し遂げた」というのを一つでも残したいし、誰よりもいい仕事がしたいという気持ちは常にありますね。従業員たちにもそんな気持ちを持っていてほしいです。塗装の仕事は、仕上がったものをいろんな方に見ていただくことができます。そういうところに満足感や達成感がありますね。

集団就職で故郷の秋田を離れ、名古屋へ

市川護

男三人兄弟の次男坊として生まれ、縁側で庭を眺めたり川で遊んだりしながら豊かな自然の中でのんびり育ちました。小学校では喧嘩もたくさんしましたね。殴ったり殴られたりで、生傷が絶えませんでした。
中学校を出ると、集団就職のために夜行列車で名古屋へ向かいました。就職先の自動車工場では金型、塗装、板金、組み立てのグループに分かれるのですが、私が配属されたのは塗装。当時、塗装といえば有機溶剤中毒のような有害なイメージがあったのでしょう。田舎の母は「どんな仕事でもいいけど塗装だけはやめて」と言っていたのに、よりによって塗装に選ばれてしまって。こうなったら自分で社長になろうと決意し、みんなに宣言して笑われました。若かったですね。
数年働いた後、離れて暮らす兄に「近いうち一緒に会社をやろう」と誘われたのを機に、町の板金工に転職しました。ここで2、3年働いて腕を磨いてから兄と会社を立ち上げる算段だったのですが、1年経った頃、兄が「借金を抱えるのは不安だからやめておこう」と言い出して頓挫してしまいました。生活もぎりぎりだったので、自分でなんとかするしかないと思い、いろんなところに頭を下げて手間請けで仕事をもらうようになりました。一人ですが「佐々木組」と名乗ってのスタートでした。
また、この頃から急にたくさんの本を読むようになりましたね。それまでまともに勉強をしたことがありませんでしたが、本の面白さに目覚めたおかげで、考え方や生き方、処世術などを学ぶことができ、大いに影響を受けました。
仕事もそれなりにもらえるようになって安定していたのですが、ある時ふと「自分の青春はどこにもないな」と感じたんです。二人の仕事仲間に仕事を全部譲って、半年ぐらい名古屋の街でアルバイトをしながらふらふらしました。夜の街を飲み歩き、いろんな職業や境遇の人と出会って交流しました。楽しかったですが、家賃やガソリン代の支払いもままならず、貧乏暮らしでしたね。

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経営危機にも動じなくなった

その後、再び仕事に本腰を入れ始めると、工場のプラントを塗装する仕事が舞い込んできました。車の塗装とは規模も違いますし、危険を伴う高所作業もあります。これを機に労災保険などの福利厚生を整え、佐々木工業という社名で届けを出しました。巨大なプラントを1年ほどかけて塗り続けるのは楽しかったですし、完成した時の達成感もひとしおでした。
経営が軌道に乗ると工場を立ち上げ従業員も40人近くに増えました。その直後に仕事が減って経営危機に陥りましたが、仲間と潰れるまでお酒を飲み、なるようにしかならないと腹をくくり、銀行にお金を借りながらどうにか乗り切りました。振り返ってみると、10年に一度ぐらいは何か大きな危機がありますね。リーマン・ショックの時も大変でした。でも無茶をしなければ乗り切れることは経験で分かっているのでそれほど慌てることもなくなります。これからもいろいろなことが起こるかもしれませんが、問題は世の中ではなく自分たちの中にあると思っています。一人で抱えるのではなく、会社の現状をみんなで共有していくことを大切にしています。
これからはロボットが塗装をすることも増えていくでしょう。しかし、人にしかできない塗装もあるはずです。私たちには30年以上積み重ねた経験がありますし、品質にも自信を持っています。他の会社なら断るような依頼も積極的にお受けして、新しいことにもまだまだ挑戦していきたいですね。新しい塗料の開発などもやってみたいと思っています。新しいことに挑戦すると、失敗もついて回ります。でも何もしないところには何の結果も出ません。失敗を乗り越えたところに価値があると信じたいですね。

人がやっている仕事は、頑張れば誰でもある程度できるようになります。さらに頑張れば、儲かるようにもなるでしょう。人と違うことをすると、周りから変人扱いをされるかもしれませんが、それで丁度いいと思います。
もしもうまくいかなくても、世界は広いのですから、日本にこだわらず海外に飛び出していろんなところでチャレンジすればいいと思います。若い人たちには、羽ばたくように自由に生きてほしいと思います。

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