神谷寛
1975年生まれ、兵庫県出身。大学卒業後、証券会社に就職し4年間営業ファイナンシャルプランナーとして働く。その後飲食サービス業、ケーブルテレビ局営業を経て、27歳で独立。営業ノウハウを生かしたコンサルティングと営業請負業・飲食業を展開。通信機器販売を展開し、それらの営業ノウハウを生かしたコンサルティングと営業請負業に強みを持つ。現在は飲食業も展開し独自コンセプトの店舗で人気を博している。
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INTERVIEW

サラリーマン時代、上司からよく「強く優しい人間になりなさい」と言われていました。今も常にそうありたいと思いますし、自分の会社の社員たちにも同じことを伝えています。人を思いやる優しさは大切ですが、それだけでは弱さや妥協が出てしまいます。目標を達成する粘り強さ、相手が誰であっても間違っていることははっきり指摘できる強さも同じぐらい必要です。そんなメンバーが増えれば、カッコいい会社になるはずです。

証券会社で営業力に磨きをかけた

神谷寛

経営者を目指すようになったのは18歳の頃だったと思います。大学時代にはイベントサークルを作ってダンスパーティーや100人コンパなどを企画してお金を稼いでいました。それなりの実入りはありましたが、一度社会に出て経験を積んだほうがいいと考え、いろいろな業界のことを広く学べそうな証券会社に就職しました。毎日テレアポと飛び込み訪問に明け暮れましたが、初めはほとんど門前払いでした。当時、株の売買は手数料が一律で、どこの証券会社でも同じ商品を扱っていたので、売るためには営業マンの魅力で勝負するしかありませんでした。どれだけ愛想が良くても商品知識が豊富でも、上辺だけの営業トークはお客様の心に響きません。私はもともと人と接することが好きなので、まずお客様と仲良くなるように努めました。相手の話を聞くことに重きを置き、本音で話をしました。この時の営業経験は、現在の会社の営業力の根本になっています。

数年で退職した後、飲食店のスタッフやケーブルテレビの加入促進営業の仕事を経験しました。ケーブルテレビは株の売買のように一歩間違えれば人生を大きく狂わせるようなリスクがないので、証券会社にいた頃よりずっと楽にお客様と話ができました。27歳の時に独立し、プリンターのトナーカートリッジのリサイクル品の法人営業を始めました。ある時、前職のケーブルテレビ会社でお世話になった上司から「人手不足で困っているから手伝ってほしい」と依頼がありました。初めは週末だけ手伝っていましたが、最終的に営業部門を丸ごと私が引き取ることにしたのです。ほどなく複数のケーブルテレビ局から加入獲得業務の依頼を受けるようになり、通信事業の営業ノウハウを生かしたコンサルティングと営業請負が会社のメイン事業となりました。

人の「助けてほしい」「手伝ってほしい」に応えたところから会社が伸びていったので、今も「サポートする」ということを会社のミッションの一つとして大切にしています。

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チャレンジし続ける企業でありたい

私たちは営業会社なので売り上げも大事ですが、それ以上に数字に表れない「顧客満足」を重視しています。業界の中でもクレームはかなり少なく、ありがたいことにお客様を紹介していただく機会も増えました。

信頼される会社であり続けるためには、社員の力が必要です。そのために、私が十数年前に盛和塾(京セラ創業者・稲盛和夫氏の経営哲学を学ぶ勉強会)で学んだことをベースにした社員教育に注力しています。最初はいかにも借りた言葉という感じでいまひとつ伝わっていなかったかもしれません。ここ何年かでようやく自分の言葉で伝えられるようになってきたところです。特に「自分がどうしたいかではなく、相手が求めていることに応えよう」と訴え続けてきたことで、みんな徐々に自分中心ではなく、お客様、取引先、部下、仲間など常に「誰かのために」を意識した動きができるようになったと感じています。会社もこの春に20期目に突入しました。企業理念にもある「笑顔とありがとうがあふれる世界を創る」ということが、ようやく浸透してきたと思います。

現在、通信事業は西日本エリアを中心に展開していますが、これから市場の大きな関東にも進出していきます。一昨年には神戸にカフェを出店しました。既存の枠にとらわれずアンテナを張り様々な可能性を常に模索する。これが楽しいのです。3年後に売り上げ10億円を目指したいですね。さらに他の新しい事業に挑戦することもあるかもしれません。面白そうなことがあれば、どんどんチャレンジしていきたいと思います。

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