- 小松則夫
- 1955年生まれ、茨城県出身。81年新潟大学医学部医学科卒業後、自治医科大学内科、血液科、理化学研究所国際フロンティア、ニューヨーク血液センターを経て、山梨大学、順天堂大学などで教授を務め、2021年ファーマエッセンシアジャパン代表取締役会長に就任。これまで第56回ベルツ賞受賞や第9回日本血液学会賞受賞など日本における骨髄増殖性腫瘍(MPN)研究の第一人者として日本医療に貢献し続けている。
- https://jp.pharmaessentia.com/
臨床の現場が好きです。分からないことがあっても、患者さんを診れば答えにたどり着くことができます。医師になって何十年も経ちますが、患者さんと接する度に新しい発見があります。ハードな仕事ですが、患者さんと接している時は疲れも感じません。患者さんを診ずにデータとにらめっこして論文ばかり書くのは性に合いません。現場で患者さんから学んだことを生かしたからこそ、エキスパートになれたと思っています。
もともと宇宙工学に興味があり、ロケットを飛ばすのが夢でした。ところが、工学部を希望していることを予備校の友人に話すと「学校の先生にしかなれないぞ」と言われたのです。子供の頃は学校で怒られてばかりだったので、教師には良い印象がありません。さらに「これからの時代は医学部だよ」と力説され、医学部を受験することにしました。人の命を救いたいという立派な志があったわけでもなく、ただ教師にはなりたくない一心でした。
医学部に入ると脳外科に興味を持ちましたが、教授の書いた手術の所見の絵を見て「自分にはこんなに精巧な絵は描けない」とすぐに諦めてしまいました。次に内分泌代謝内科を選ぼうと思いましたが、研修で最初に回ったのは血液内科。よりによって一番難解で苦手な分野でした。しかし白血病を患い強い抗がん剤に耐えて治療を頑張っている患者さんと接するうちに「この人たちの力になりたい」と思うようになり、最終的には血液内科を選びました。臨床に夢中でしたが、上司に言われて研究にも取り組んでみると意外にも面白く、どちらにも打ち込みました。
40歳頃には大学で教鞭をとるようになり、若い頃あれだけ嫌だった「先生」になりました。臨床、研究、教育の3つを両立するのは大変なことでしたが、熱心な教室員たちに助けられました。一人では何もできず、周囲に支えられていることを痛感しました。今も常に心に留めていることです。様々な血液疾患の中でも、骨髄増殖性腫瘍という疾患の研究に注力していました。赤血球や血小板、白血球が異常に増えてしまう病気で、患者さんは血栓ができやすくなり、白血病のリスクも抱えます。骨髄増殖性腫瘍患者・家族会の顧問も務める中で、治療薬についてたびたび相談を受けました。しかし希少な疾患で、良い治療法も確立していなかったのです。数年前に台湾の学会に参加した時に、「ロペグインターフェロン」という画期的な薬を台湾の会社が開発していることを知りました。たんぱく質に重りをつけることで体内で効果が持続する特徴があり、副作用も抑えることができるというものです。どうにか日本にも導入できないものかと思案しました。
少し前に米国血液学会で知り合い意気投合した製薬業界の知人に相談したところ、翌年にファーマエッセンシアの日本法人の立ち上げに至りました。彼が社長に就任し、その4年後に私が大学を定年退職すると同時に会長に就任しました。成功するか分かりませんでしたが、これまでのキャリアの集大成として、どうしても取り組みたかったのです。1分1秒でも早く薬の開発に成功し、承認されることで、私の患者さんだけではなく日本中、世界中の患者さんを救えるかもしれないと考えました。
今も製薬会社の経営をしながら、現場で血液疾患の診療も続けています。患者さんがどのような症状で苦しんでいるのか、どのような薬を望んでいるのか、現場で分かったことを大切にしながら、開発に生かしたいと思います。少し前まで、一方的な医療提供が主流で患者さんも医師に任せきりでした。しかし、同じ病気でも合う治療法は患者さんによって異なります。特に骨髄増殖性腫瘍のような難しい疾患は、患者さんにも病気のことをよく知ってもらい、医師と患者さんの双方が治療法を提案できる、対面通行の医療が理想です。製薬会社の経営者と現場の医師、両方の立場から、そんな「患者ファースト」の医療体制の構築に貢献したいものです。
自分の希望とは違う、好きでもないことをしなければいけない時もあるかもしれません。しかし、それに120%の力で取り組んでこそ、新たな人生の扉を開くことができると信じています。米国の文化人類学者マーガレッド・ミード女史の「Thefutureisnow」という言葉を大切にしています。未来は勝手にやってくるものではなく、今行っていることの結果であるという意味です。若いみなさんにもぜひチャレンジングな人生を歩んでほしいと思います。人生に失敗はつきものですが、失敗を次に生かせば、それは成功への第一歩です。