桑原匠司
1978年生まれ、島根県出身。カリフォルニア大学ペンシルベニア大学院卒。MLBシカゴホワイトソックスのアスレティックトレーナーを経て、日本でパーソナルトレーナーとして活躍。独立し、PHIピラティスジャパンアジア局長に就任。2016年、Employee Wellness Programを設立し、働く人への生活習慣病予防を啓蒙している。著書に『運動療法としてのピラティスメソッド』(文光堂)など。21年4月から健康に携わる専門家を対象とした「玲匠塾」開講。
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INTERVIEW

アスレティックトレーナーを目指して渡米した当初、英語には本当に苦労しました。米国は実力社会なので、力が及ばなければ蹴落とされるだけです。自分なんかにアスリートを支えることができるのだろうかと落ち込んでいた私を勇気づけてくれたのは、当時メジャーリーグに移籍したイチロー選手の活躍でした。ストイックに自分を追い込み、結果を出し、多くの人を感動させる姿に憧れました。
「小さなことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただ一つの道」という彼の言葉を私は信じています。試行錯誤を重ね、迷いながらも前に進む。そうするうちに、すべてが一本の線につながって、大きな形を作るのです。

友人の命を突然奪ったのは生活習慣病だった

桑原匠司

33歳で地元の島根に帰ると、同級の友人と久々の再会を果たしました。起業し、結婚して子供にも恵まれ幸せそうな彼を見て「良かったな」と話していたのですが、直後に急死したのです。自覚症状もないまま大動脈乖離を起こしたそうです。健康診断に何年も行かず、生活リズムも不規則で暴飲暴食の日々だったようです。原因は肥満による生活習慣病でしたが、肥満には見えませんでした。あまりにも突然のことでした。
世界では2秒に1人が生活習慣病で亡くなっていることを知り、運動の専門家として何かできることはないかと考えて今の事業を立ち上げました。主に企業に勤める働き盛りの方を対象に、健康診断の結果を見ながら体の状態を可視化して食事の順番や運動の頻度を指導するサービスを提供しています。
運動の意識を高めることは容易ではありません。運動は本来面倒くさいものなので、健康診断の数値が少し悪かったぐらいでは重い腰は上がりません。自覚症状がなければ、たいしたことはないだろうと何もしない方がほとんどです。しかし生活習慣病は「サイレントキラー」と呼ばれるように自覚症状が出ないまま進行し、死に至ることもある怖い病気です。私の友人のように突然命を落とす人、大事な家族を急に亡くして悲しむ人を増やさないためにも「予防」の大切さを啓蒙し、食事や睡眠と同じぐらい運動が当たり前の習慣になるよう、多くの人の意識を変えていくことが私の使命だと思っています。

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震災後に訪ねた郡山市の避難所で見た光景

東日本大震災の時、福島県郡山市の避難所に運動指導のボランティアとして出向きました。避難生活が長くなると体を動かす機会が減るので、避難者の健康状態が悪化することが懸念されていたのです。運動ならその場で足踏みでも何でもできるだろうと甘く考えていたのですが、避難所の様子を目の当たりにして言葉を失いました。広大な避難所には足の踏み場もないぐらい人がひしめき合っているのです。それなのにしんと静まり返り、重苦しい空気が漂っていました。避難所の外も放射能の線量計が異常値を叩き出し、運動できる環境ではありません。この時ばかりは運動でできることの限界を感じました。
誰でもどんな場所でもできる効果的な運動を模索し、研究を重ねた末に、特殊なゴムバンドを使って食後に数分間運動して、血糖スパイク(食後の短時間に血糖値が急上昇し、また正常値に戻ること)や糖化を抑制する方法を編み出しました。昨年、一般社団法人糖化ストレス研究会という研究機関と共同で論文も発表しました。その時、脳裏に浮かんだのは、郡山の避難民の方々や津波で家族を失った方たちの姿です。彼らの存在がなければ、このゴムバンドの開発に成功することもなかったでしょう。これを何としても商品化し、これから広く普及させていきたいと考えています。
今年の春には、トレーナーの社会的地位を向上させるための団体を立ち上げました。いずれ、誰でも気軽に自分の体や健康のことを病院ではなくトレーナーに相談できるようなプラットフォームを作りたいですね。
持論ですが、「0から1を生む」はありえません。先人たちが工夫、研究してきた結果に自分の体験を交えてアレンジすることで良いものを生み出せるのだと思います。人生100年時代ですが、長い歴史の中では一瞬です。それでも自分ができることを一生懸命やって、後世の人たちが、「いいよね」と思ってくれるようなものを残したいですね。

若者のみなさん、社会に出たばかりの頃は不安もあると思いますが、恐れずにたくさんの失敗を経験してください。一生懸命やった結果の失敗は必ず後に役に立ちますから、落ち込まずに何度でも立ち上がってください。必ず報われる時が来ます。
そして、健康は一度失うとなかなか元に戻りません。取り戻すためには通院や栄養管理、運動など今の数倍の努力が必要です。しかし予防の段階なら、運動は「趣味」程度でいいのです。ウオーキングでも山登りでも何でもいいです。健康を失う前に、普段の生活に運動を取り入れてください。

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