長友亨治
小さい頃からなじみのある「農・植物」に携わっていきたいという思いから、愛媛大学農学部、同大学の大学院に進学。研究室と共同研究をしていた大手化学メーカーに新卒で就職。父の病気をきっかけに宮崎の実家に戻り両親の農業を手伝うようになる。営業職にやりがいを感じていたが、ハウスの作物を長男である自分が守らなければという使命感を感じ、就農を決意。徐々にせとかのポテンシャルを感じ、もっとこのおいしさを知ってほしいという思いで、全国への普及活動に注力している。
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INTERVIEW

みかんは世界に400品種、日本だけで80品種あります。その中でも「柑橘(かんきつ)の女王」と称される「せとか」の甘さとみずみずしさは、群を抜いています。私の農園でも、20年以上前に両親がせとかの苗を300本取り寄せ、栽培を始めました。初めて収穫して口にした時は、今までにない感動を覚えました。宮崎の太陽の光をたっぷり浴びたせとかを全国にお届けし、一人でも多くの方に、この感動を知ってほしいと思います。

幼い頃から農園の手伝いに駆り出された

長友亨治

私の祖父が山を切り開いて温州ミカンを作り始めたのが60年前のことです。父の代では農地を拡大し、花や野菜も作るようになりました。私も幼い頃から3人の妹たちと一緒に収穫や箱詰めの手伝いに駆り出されていました。真冬になると、干し大根を作る手伝いをしたことを思い出します。寒さに耐えながらトラックに山積みの大根を1本ずつ冷水で洗う作業はとても辛く、今でも兄妹で集まるとその話題になります。農業の大変さ、厳しさは嫌というほど実感していたので、絶対に跡継ぎにはなりたくないと思っていました。それでも農作物を育てることには親近感があったので、大学・大学院と進学する際は、導かれるように農学部を専攻しました。

実家を継がない決意は変わらず、卒業後は東京の化学メーカーに就職しました。本社「アグリ事業部」に配属され、農業用のビニルフィルムなどを扱いました。本社では、なかなかやりがいを見いだせずにいたのですが、7年目に上司から「営業が向いているんじゃないか」と言われ、営業マンとして全国を転々とするようになります。クレームがあれば夜中に車を走らせ、ビニルハウスを張り替え、お叱りもたくさん受けましたが、充実していました。農家のお客様の声を受けて、自分が開発部に提案したものが商品化した時は大きな達成感がありました。その頃実家では、父が脳梗塞を患っていました。夏季休暇に帰省して久しぶりに会った父にかつてのてきぱきと農作業をこなしていた頃の面影はなく、ずいぶん動きが緩慢になっていました。その姿を見て、父が苦労して広げてきた農園をこのまま荒れ地にするわけにはいかない、継ぐのは長男の自分しかいないと初めて思い、就農を決意しました。

私は「これだ」と決めたら一人で突っ走ってしまうところがあるので、両親に一言も相談せずに会社を辞め、実家に戻りました。両親には叱られました。特に母は「大きな会社で役職にも就いているのだからそのままでいいのに。今さら農業なんて無理でしょう」と納得いかない様子でした。でも私は組織で出世することにさほど興味もありませんでしたし、父が新しく栽培を始めたせとかに夢中になっていました

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株式会社化して、雇用を生み出したい

それなりに売り上げはあるのだろうと安易に考えていましたが、決算書を見て愕然としました。せとかのようなマイナーな作物は、柑橘の大産地に比べると大きな市場では価格交渉の余地がなく、安く買い叩かれていたのです。まず、販路を直売所中心にシフトし、自分たちで価格を決めました。最初はなかなか売れずに廃棄を余儀なくされ、辛い思いもしましたが、2年目から口コミで少しずつ売り上げが伸びていきました。4年目にはメディアに取り上げられ、ふるさと納税の返礼品にも選ばれ、注文が爆発的に増えました。

今は完全有機肥料にこだわりながら、せとかを中心に農作物を育てています。有機肥料を使うと、根はふかふかになった土の中を這うように伸び、農作物もコクが出て美味しくなります。また、せとかは皮が薄く、真夏の直射日光に晒されると傷んでしまうので、果実一つひとつにネットを掛け、収穫後は布で表面を丁寧に磨いています。手をかけた分だけ、出来が変わるのも農業の醍醐味かもしれません。次のシーズンから「無農薬栽培」にも挑戦する予定です。今後さらに農地を広げ、財務体制を整え、株式会社を立ち上げて、県内外の「農業に挑戦したい」という意欲のある人を雇用したいと考えています。特に、障がいのある方が活躍できる場を提供したいですね。農業を切り口に、宮崎県に福祉や雇用の良い循環を生み出す仕組み作りができればいいと思います。

せとかは話すことができませんが、枝の伸び方や実のなり方で様々なことを語り、育て方が正しいかどうかを教えてくれます。私にとって師匠のような存在です。農業は、0から1を生み出すことの繰り返しです。毎年、果実を収穫することで農地をリセットし、土の改良や枝の剪定(せんてい)を経て再び新しい実を育てるのです。一面オレンジ色の美しい果実で埋め尽くされた農園は壮観です。収穫が終わるともの寂しくなりますが、ほどなく白く美しい花が咲き始めます。それを見るとまた「頑張ろう」と思えるのです。

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