酒井一謹
1980年生まれ、神奈川県出身。新卒で清水建設株式会社に入社し、六本木の泉ガーデンタワーをはじめ、いくつもの大規模建築プロジェクトに携わる。その後、マンション販売の営業を経て、2009年に株式会社サンライズ代表取締役に就任。『クレームの無い解体工事』がモットー。
https://www.sunrise2008.jp/

INTERVIEW

解体業はクレーム産業と言われるほど、たくさんのお叱りを受ける仕事です。最初は、やりがいや魅力をまったく感じられませんでした。でもどうすれば周りに迷惑をかけずに気持ちよく仕事ができるかを追求するうちに、状況は変わっていきました。
建物を壊す仕事は形が残りません。ですから、仕事の過程を大事にしなければいけないと思っています。挨拶や言葉遣いはもちろん、現場での車の止め方や休憩中の喫煙に至るまで一つひとつの行動を、いつ誰に見られても眉をひそめられることがないように、社員教育を徹底しています。会社の強みは人間力。お客様に対しても、近隣の方に対しても、丁寧に向き合うことを一番大切にしています。

夢の建築業から一転、借金生活へ

酒井一謹

不動産や建築に携わる家系に生まれたので、幼い頃から建設現場になじみがありました。大きな重機を動かす父の姿や、行く度に景色が変わっていく現場を見て、いつか自分も大きな建物を建てる仕事がしたいと自然に思うようになっていました。
大学の建築デザイン科で学んだ後、スーパーゼネコンの清水建設に就職しました。最初の現場で当時最先端工法を使った六本木の泉ガーデンの建築に携わった時は、夢をかなえた達成感と充実感、誇らしさで満ちあふれていました。
ところが父が病気で倒れたことで状況が一変しました。父の会社の負債はすべて私にのしかかりました。弁護士には破産したほうがいいと助言されましたが、まだ若かった私にとって破産は人生の終わりのような重い響きを持つ言葉でした。妻と幼い子供を抱える中、絶対に破産だけはしない、何としても会社を立て直そうと腹をくくりました。
清水建設を辞め、より短期間で稼げる不動産の営業の仕事を始めて早朝から深夜までひたすら働きました。生活費は一日500円。借金を返すためだけの生活です。栄養失調で倒れて、救急車で運ばれたこともあります。詳細な記憶がほとんどないぐらい過酷な毎日でしたが、歩合制だったのでとにかく誰よりも売って、3年で借金を完済しました。いろんな人に助けられたり励まされたりして、人の温かさや素晴らしさを痛感した3年間でもありました。

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「クレームは当たり前」を変えたくて

借金完済後に継いだ父の会社は、解体の事業に着手していました。建築の真逆である解体業をやることになるとは思いませんでしたね。当時の解体業者は近隣への配慮がなく、簡単な挨拶を済ませた1~2日後にはさっさと壊し始めるような雑なやり方が普通で、クレームを受けるのは当たり前、仕方ないという考え方がまん延していました。私たちも騒音や粉じんで毎日いろんな方に怒られました。
ずっとこの状況に耐え続けるのは無理だと思い、根本から常識を変えていこうといろんな手を考えました。まず、解体作業の一週間前には近隣の方に告知して丁寧に挨拶して回り、工期や連絡先など詳細までお伝えするようにしました。さらに、事前だけではなくすべての作業が終わった後にも「ご迷惑をお掛けしました」と挨拶をするようにしました。挨拶の時のマナーやクレームの受け方は、私が社員と一緒に出向いてひたすら見本を見せました。クレームを受ける時は言い訳をせず、相手がお怒りならひたすら話を聞くというルールも徹底的に叩き込みました。丁寧に話を聞けば、最終的には納得してもらえますし、笑顔になってもらえることすらあるのです。
大変な仕事ですが、一から育てた社員たちが自覚を持って仕事をしてくれていることが何よりの喜びです。今でも、社員が抱えきれないクレームがあれば、私が前面に立って土下座でも何でもする覚悟でいます。社員のせいにするのではなく、みんなで一緒に乗り越えていきたいですね。
挨拶に回った時、「こんなに丁寧にやってもらえるなら、うちの実家の解体もお願いしたい」と、近隣の方にもご依頼を頂いたことがあります。このようなことは一度や二度ではありません。一生懸命やっていれば必ず見てくれる人はいるし、それが何よりの広告になります。この積み重ねが功を奏したのか業績は飛躍的に伸び、社員も倍増しました。

今年で40歳を迎えます。一日一日があっという間ですし、人生の折り返しに来たなと感じます。ずっと仕事に奔走してきましたが、今は家族や好きな仲間と過ごす時間が何よりも大事ですね。今まで信念を持って生きてきたわけでもなく、負けそうになりながらギリギリのところでいろんなことを乗り越えてきました。そんな私が若者の皆さんに言えるのは「私が乗り越えられたのだから、君も必ず乗り越えられるよ」ということです。かつて私が尊敬する先輩に掛けて頂いた言葉です。この言葉に何度も救われ、勇気づけられました。みなさんも自分を信じてがんばってください。

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