関愛
1984年、大阪府箕面市生まれ。12歳のときに北海道士幌町へ家族で移住。家庭の金銭的な事情により高校へは行けず、15歳から肉体労働の傍らプログラミングを独学で学び始める。19歳で経済産業省の政策実施機関・IPAより、天才プログラマー/スーパークリエータの認定を受け、23歳からは大手有名企業にて新入社員研修の講師を務める。34歳で株式会社ロジカ・エデュケーションを設立。現在はプログラミング教育ブランド「ロジカ式」を全国展開している。
https://logica.education/

INTERVIEW

経営に関しては、直感を重視し、本能の赴くままに行動するタイプです。プログラミングと同じように、方向転換や調整を繰り返しながら、うまくいく方法を見つけ出してきました。また、「与える者は与えられる」という黄金律に従い、まずは他者に与えることで信頼を得て、事業を成長させることを大切にしています。従業員は家族です。人を使い捨てるような経営手法は好みませんし、絶対にしたくありません。

貧しさから脱却するためにプログラミングを学び始めた

関愛

12歳のときに北海道の十勝平野にある士幌町という町へ、家族で移住しました。人よりも牛が多く、一面に畑が広がる自然あふれる町です。金銭的な事情で高校へ進学できなかった私は、15歳から肉体労働をしながら、貧しさから脱却するためにプログラミングを独学で勉強し始めました。プログラミングを選んだのは、「学歴がない分、何か手に職をつけないと生きていけない」と思ったからです。

そして、18歳でプログラマーとして起業しました。ただ当時住んでいた士幌町はIT需要が全くない土地柄でした。そこで東京や札幌のIT企業へ片端から営業しました。恐らく300社程度に営業メールを送ったと思います。実績のなかった当時の私はとにかく「やる気」をアピールして、なんとか数社とお取引することになりました。ただ最初はプログラマーの仕事だけでは生活費を稼ぐことはできません。そのため、肉体労働も並行して行う二足のわらじ状態で、体力的にも大変だった思い出があります。その後、実績を積み、19歳で経済産業省の政策実施機関であるIPAの「天才プログラマー/スーパークリエータ」の認定を受けることができました。

23歳から、大手有名企業の企業研修の講師として、新入社員へプログラミングと働き方を教え始めました。新入社員は有名大学出身者ばかりだったため、舐められないよう年齢と学歴を明かさずに教壇に立っていた記憶があります。企業研修をして感じたのが、「日本の学校教育では働き方を教えていない」という課題です。どんなに良い学校を卒業していても、社会人として働ける土台が備わっていない人が非常に多いと思います。それは例えば、研修に遅刻してくる新入社員や、大学の授業と同じ感覚で興味のない研修は寝てしまうという様子から痛感しました。これは日本の教育における大きな課題だと感じました。

  • 関愛
  • 関愛

やることをやったら、あとは待つだけ

企業研修の講師時代の経験から、日本における社会人教育の必要性を強く感じ、34歳で株式会社ロジカ・エデュケーションを設立しました。小学生から高校生を対象に、プログラミング教育と社会人教育を融合させた教室「ロジカ式」を開校しました。ロジカ式のカリキュラムでは、プログラミングの授業以外に社会人教育として、企業研修でも実際に行っていた「プレゼンテーショントレーニング」や、将来の目標から逆算してその日の授業目標を設定する「フィードフォワードトレーニング」などを行います。ロジカ式では、プログラミング教育はあくまで立派な社会人になるためのツールに過ぎません。子どもたちにはロジカ式で学ぶことにより、経済的な自立はもちろん、周りから愛され、尊敬される人になり、豊かで幸せな未来を築いてほしいと思います。

また教育を巡る変化として、2025年から大学入学共通テストの出題教科に「情報」が新設され、内容としてプログラミングが出題されることが決まっています。しかし現在、情報の大学入試対策用教材はほとんど販売されておらず、開発が急務となっています。それに加えて、情報を教えられる学校の教師、塾・予備校の講師も少ないのが現状です。こうした教育格差を生みかねない現状に対し、当社では新規事業として教材の開発を行っています。さらには、ロジカ式の講師が高校生へ学習指導を行う、プログラミングのオンライン学習システムの提供に力を入れていきたいと考えています。

これから社会に羽ばたく若い方々には、私にとっての道しるべである「石の上にも3年」と「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を少しでも心にとどめていただけたらうれしいです。というのも、物事は我慢強く3年以上続けていれば、何かしらの芽は出てくるからです。私もプログラミングを学び始めた15歳からの3年間や、会社を立ち上げてからの3年間は大変でした。会社立ち上げ当初は思ったような成果が出ず、銀行からの借り入れが5000万円以上に膨れ上がったこともあります。しかし、「やることをやればあとは天命を待つだけ」と考え、楽しく仕事をしていたら、結果として4年目から事業が軌道に乗り始めました。少しの失敗ですぐに諦めるのではなく、3年間は人事を尽くすことを意識し、リスクを恐れず様々なことにチャレンジしてください。

ページの先頭へ