高橋英樹
1979年6月19日生まれ、茨城県出身。高校卒業後、大手通信会社で創業メンバーとして活躍。24歳でIT(情報技術)系総合商社を設立。約20年間で40社の創設に関わる。1万社以上の事業構築、セールス、マーケティングなどにかかわる。東京の待機児童の問題解決に貢献したほか、大使館などの要請を受け、モンゴルでの不動産、輸出入事業なども行っている。現在では、ハイブリッジ株式会社を軸に世の中の課題を解決し、「一歩先いくきらめきを提供し続ける」事業を展開している。
https://highbridge.inc/

INTERVIEW

起業したばかりの頃は、利益を上げることに躍起になっていました。しかし海外にいる時に巨額の利益を生むことよりも、それが社会にどう反映されていくかということが大事だと気付いたのです。日本の企業は海外ではほとんど知られていません。無論、トヨタやソフトバンクのような大企業は別ですが、必死に利益を上げたところで、さして世の中に影響はないのです。それ以来、どの事業でも常に社会課題の解決ということを意識しています。利益も大事ですが、「この会社があって良かった」と多くの人に思ってもらえる企業でありたいと願っています。

新型コロナウイルス禍で職を失った若者たちのために

高橋英樹

中学1年生の時に父が病気で亡くなりました。塞ぎ込む母に代わり、私が母子家庭の補助金制度のことなどを調べて申請の手続きをしました。当時はインターネットがないので、役所に電話したり窓口を訪ねたりするしかありません。また、少しでも家計を助けるために新聞配達も始めました。新聞販売コンテストで入賞したことで、営業の仕事が向いているのではないかと思うようになりました。大手通信会社で携帯電話やPHSのプロモーションのアルバイトを始めると、ここでもよく売れて重宝されました。大学に行くつもりでしたが、熱心に誘われ、社員として数年働きました。社員が目まぐるしく入れ替わる中、「高橋さんについて行きたい」と慕ってくれる若いスタッフたちに応えるために起業を決意しました。24歳の時でした。当初はホームページ制作や営業代行の走りのような仕事をしていました。

30歳を過ぎた頃、イベントボランティアとしてモンゴルを訪れた時に、日本での何不自由ない生活が当たり前ではないのだと痛感しました。地域によっては電気もコンビニエンスストアもなく、社会とつながらなくては生活がままならないのです。少しでもモンゴルの社会課題を解決したいと考え、インフラを整備するためにメガソーラーの開発事業に携わり、医療機関のない地域にクリニックを立ちあげました。私一人の力ではとても不可能ですが、行政と民間企業がうまく協働することで、状況は大きく変わりました。同じようなやり方で日本でも社会課題を解決できるかもしれないと考え、帰国しましたが、間もなく新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。

帰国してほどなく、テーマパークでダンサーとして働いていたスタッフ500人が新型コロナウイルス禍で失業してしまったと知人から相談を受け、彼らが働けるように「食×エンターテインメント」をコンセプトとしたカフェやショーレストランを立ち上げました。それ以来、新型コロナウイルス禍で仕事や活力を失ってしまった人たちの課題解決が事業の柱の一つとなりました。

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日本を元気づけるには、地方から

医療法人や薬局と連携しながら、PCR検査の検査場の運営、オンライン診療、薬や日用品の宅配、ホテル療養者のための弁当の供給事業などにも着手しました。「感染者の孤独を解消する」という切り口で、現在はコロナの後遺症で苦しむ人のためのサポートにも取り組んでいます。新型コロナウイルス禍は社会にとって大きなターニングポイントとなりましたが、5年先、10年先にはまた別のターニングポイントが訪れるでしょう。その時に生じる新しい社会課題に対して、一歩先を行く対応ができるよう備えておかなくてはなりません。

新型コロナウイルス禍で経済活動が大きく停滞する一方、リモートワークが普及し、オンラインの環境があればどこにいても仕事ができることが実証されました。今後は、オンラインを生かして47都道府県すべてでできるような仕事を創出したいと考えています。たとえば、eスポーツなどは全国どこからでも参加できます。今、実験的に東京タワーでeスポーツパークを運営していますが、いずれ地方にも広げていきたいです。行政と連携しながら地方に仕事を生み出し、人を集める手助けができればと思います。地方が元気になれば、日本も元気な国になるはずです。
一緒に働いてくれるスタッフたちには立派な学歴やキャリアは求めません。それよりも、目的意識を持っていることが大切です。スタッフの「こんなことをしてみたい」を後押しし、実現できる環境を与えてあげたいと思います。

私たちの人生は長く、過去・現在・未来が絶えず行き交っています。人は日々の生活に追われると、つい目の前のことしか見えなくなってしまうものです。そこへ「一歩先にあるきらめき」を示してあげることで、もっと未来へ前向きに進む人を増やすことができるはずです。今を楽しむことも大切ですが、未来を照らし、そこへ向かう人々の背中を押してあげることが私たちの役割だと考えています。

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