時田純
1927年生まれ、東京都出身。終戦により満州国立建国大学中退。小田原市職員・小田原市市議会議員を経て、77年小田原福祉会設立。理事長に就任。2019年、会長に就任。神奈川県福祉施設士会会長、全国社会福祉協議会老人福祉施設協議会副会長、神奈川県社会福祉協議会老人福祉施設協議会会長等を歴任。94歳現役のソーシャルワーカー。法人創設以来これまでの40数年間、365日現場に身を置いている。
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INTERVIEW

「人は人として存在するだけで尊い」――これは私が法人を設立する時に高齢者介護の基本理念として掲げた言葉です。人は平等に尊い生命を持っています。「現在」は瞬時に「過去」となり、「未来」と思っていた時間は瞬時に「現在」になります。生命はその瞬間の繰り返しです。限られた時間の中で、自分の生命のあり方を見つめて生きることはとても大切です。一人ひとりが良い生き方をして、良い社会を作っていけるといいと思います。

ソーシャルワーカーとして戦後復興に尽力した日々

時田純

父が医師で、往診のために自転車の後ろに往診かばんを括りつけて路地裏を走りまわっていたのを覚えています。今のように検査結果の数値とにらめっこするのではなく、家を訪ねることで患者さんの生活背景までよく観察していました。それが当たり前の医師の姿だと思っていました。

満州で大学時代を過ごした時、ほとんどの人が軍事訓練を受ける中、医務室でけがをした学生の救護を私が任されたのは、父の血筋ゆえかもしれません。戦争が終わると、敗戦のショックを引きずりながら日本に戻り、小田原市役所でソーシャルワーカーの仕事に就きました。国を立て直すために様々な新しい取り組みが必要でした。初めに担当した仕事は、生活保護費給付の仕事です。当時は銀行振り込みではなく手渡しだったので、支給日には生活に貧窮した人が役所の窓口に列を作りました。恥ずかしく、肩身が狭い思いをしているのが伝わってきてこちらが辛かったです。こういった人の気持ちをくんだ制度設計をしていかなければと強く思いました。

国民健康保険制度の創設に携わった後、市立病院の創設にかかわりました。都内の国立病院に併設されていた病院管理研究所で2年間学び、病院管理や経営学、医療のあり方を勉強させてもらいました。これらの経験は今も非常に役に立っています。市議を務めた時に老人ホームを視察して回ったのですが、どの施設も高齢者の尊厳を守る意識が乏しく、また本当に困っている人たちは施設にも入れない状況であることが分かりました。当時は訪問介護の制度もなく、自宅で寝たきりの方は清潔を保てなかったり、体位変換もままならず褥瘡(じょくそう)ができたりしていたのです。往診に奔走していた父の姿が頭をよぎりました。自宅で困っている高齢者やその家族に手を差し伸べ、高齢者の人権を尊重したホームを作ろうと決意しました。50歳の時です。

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生涯、他者への献身を貫くという決意

ちょうどその頃、交通事故で肋骨を8本骨折する重傷を負い、どうにか一命を取りとめました。この時、助かった命を高齢者福祉のために捧げようと心に誓いました。かつてアルベルト・シュバイツァー博士がアフリカの赤道直下の国に渡り、現地の人々の医療と福祉に貢献し崇高な生涯を貫いたように、生涯他者への献身を貫こうと決めたのです。「人間の幸せは他者のために働いていく中にのみある」という一節が、ドイツの文豪ゲーテの戯曲ファウストの中にありますが、この言葉は私の人生の指標となっています。

多くの方の支援を得て、社会福祉法人を設立しました。特別養護老人ホームの開設を皮切りに、デイサービス、訪問介護・通所介護、ショートステイなどの在宅支援も充実させていきました。在宅支援に参入する事業者は少しずつ増えていましたがビジネス的な側面が強く、人を助けるという福祉の観点が抜け落ちていることが多かったので、そこを変えようと取り組んできたつもりです。嚥下(えんげ)に困難がある方のための「介護食」の開発や、独自の人材養成センターの設立など、日本の新しい高齢者介護を作り出してきた自負があります。人材養成センターでは私も教壇に立ち、多くの若い人材を育てることができました。今は、私の理念に共感してくれる600人近い職員たちに恵まれていることに本当に感謝しています。

フランス哲学者である澤瀉久敬氏の「生命とは創造である」という考え方に共感しています。人として生まれた以上、学ぶこと、思索することを生涯続けたいと思っています。職員たちにも、「本を読み、自分なりの思索をしなさい。その中から創造が生まれる」といつも話しています。今、挑戦をためらう若者が多いように思います。若い時の創造力は素晴らしいものです。失敗を恐れず、どんどん新しいことに挑戦してほしいです。介護業務も、今行われていることが最良だとは思いません。まだ新しい創造がいくらでもできる分野です。若い人たちの挑戦に心から期待しています。

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