- 鳥居彰夫
- 1959年生まれ、愛知県出身。学生時代は音楽活動に熱中。卒業後は自動車関連会社で日夜働き、体を壊してしまい地元へ戻るがその後日本油脂化薬事業部(現日油)の研究所の助手に就職。47歳で転職、その後ハウスメーカー、警備員、ソーラーパネル製造会社など経験し現在に至る。
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知らないことを恥だと思う人がいます。確かに知識はあった方がいいのですが、知らないことは悪いことではありません。恥じるべきは、知ろうとしないことです。立場や年齢は関係ありません。分からないことがあれば、素直に教えを請い、吸収しようと努力すればいいのです。
地元の高校を出ると、自動車メーカーで品質管理の仕事をしていました。ところが働きづめの生活がたたって体を壊してしまい、実家に戻ることに。実家の近くにある日本油脂が社員募集をしており、研究所の助手に転職しました。この選択が人生の転機になったと今思います。職場は上司も同僚もみんな博士です。思ったほど楽な仕事ではありませんでしたが、27年もの間、産業用爆薬や防衛装備品の開発や生産、営業まで経験させてもらいました。40代の頃、非塩化物系の凍結防止剤の開発と営業を担当した時に北海道で暮らす機会があり、雪景色の素晴らしさと雪かきの苦労を経験しました。不便なこともありましたが、雪のある生活が大好きになりました。
47歳でソーラーパネル製造会社に転職しました。寒冷地では設置したソーラーパネルに雪が積もります。その対策を模索していた時に、布状の発熱体である導電性繊維と出会いました。従来、融雪に使っていた電熱線が線状に発熱するのに対して、この素材を応用すれば面で全体を均一に効率よく温めることができますし、布なので曲面に使うこともできるはずです。この素材を取り扱う化学繊維メーカーにすぐ掛け合い、融雪に使えるよう製品化させてもらうことにしました。この「ファブリックヒーター」の開発には複数のメーカーに協力していただきました。導電性の糸を織り込むことで通電させる技術を編み出し、特許を取得しました。ミシンを使ってステンレスの糸で電極を縫い付けるのですが、縫製ができて電気の知識もある企業がなく、最終的に起業して自分たちで手掛けることにしました。
一介のサラリーマンがいきなり会社を作るのは大変なことです。銀行に出資していただいてどうにか始動しました。最初はなかなか軌道に乗りませんでしたが、製造に協力してくださる会社が見つかったのは幸いでした。高速道路のETC車両検知装置用の着氷雪を防止するために製品を実用化したのもその頃です。それでも経営は厳しく、子どももまだ小さかったので一時は廃業も考えましたが、私の特許技術をライセンス契約してくださる企業が見つかり、救われました。
ピンチが訪れるたびにたくさんの方々に救われてきました。辞めようと思ったことも何度もありますが、自分が辞めたら他にやる人はいません。辞めるのは簡単ですが、成功すれば必ず世の中を変えるヒーターになると信じて、今も取り組んでいます。日本国土の約50%が積雪寒冷地に指定されています。また、近年は異常気象で予想外の豪雪が起こることも珍しくなくなりました。私たちの技術が普及すれば、融雪はもちろん、災害時に暖を取ることもできますし、畜産用のヒーターとしても使えます。日本でも海外でも、多くの方に安心して雪のある生活を楽しんでほしいと思います。また、製造にはミシンを使うので、縫製が得意な主婦の方など雇用の創出も期待できます。そのような意味でもまだ様々な可能性を秘めた繊維だと思っています。
ファブリックヒーターの技術を引き継いでくれる若い人材を育てることがこれからの課題です。今の若い人たちはWEBを上手に使ってすぐに様々な情報を集めます。しかし、突き詰めると根拠があいまいなことが多いですね。表面的な知識だけではなく、深く追求する姿勢を身に着けてほしいと思います。また、ポジティブ思考が大切です。私も悩むこともありますが、諦めなければ何とかなると思っています。新型コロナウイルス禍で大変な世の中ですが、できることを前向きに頑張っている人はたくさんいます。今、海外の製造業でも優れた技術がどんどん出てきています。日本も負けずに優れた技術を発信していきたいと思います。
人は誰もが無限の可能性を持って生まれてきます。環境など様々な要因で狭まっていきますが、自分から可能性を断たないことが大切です。20代で自分の将来を決めてしまう必要はありません。今の仕事が一生の仕事になるとは限りません。私も学生の時は先のことを考えずに遊んでばかりいましたが、良いご縁に恵まれて開発の仕事に出会うことができました。若者のみなさんもいろんなことを経験してください。勉強もお酒も遊びも大事です。たくさんの人や本、映画と出会い、多くのことを吸収して、柔軟に自分の姿勢を変えていくといいと思います。