ナイター競馬の実施など、全国の競馬ファンを楽しませてきた地方競馬。その地方競馬の公正かつ円滑な実施を図る役割を担う地方共同法人の「地方競馬全国協会(NAR)」は、近年「地方競馬GO畜産プロジェクト」や「地方競馬ミルクウィーク」といった試みを行っている。なぜ地方競馬が畜産・酪農支援に取り組むのか。その理由と狙いについて、地方競馬全国協会副理事長の吉田誠氏に話を聞いた。
――最近、地方競馬では「地方競馬GO畜産プロジェクト」や「地方競馬ミルクウィーク」といった畜産・酪農支援のイベントを開催していますが、意外な感じを受けました。
吉田 よくそういう感想をうかがいますが、決して意外なことではありません。そもそも「競馬法」の第一条に、競馬は「馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与するとともに、地方財政の改善を図る」ために行うものと明記されていて、地方競馬も中央競馬もこの法律に従って開催されているのです。
皆様にご購入いただいた馬券の売上のうち、主催者が定めた割合を的中者に払い戻し、地方競馬全国協会の交付金や開催経費等を除いた残額が、地方自治体への給付金となります。
主催者の収益金は学校や公共施設の整備や医療の普及、伝統文化の支援、防災対策などにも使われ、人々の暮らしの改善に役立てられています。
地方競馬全国協会交付金には、以下の2種類があります。
そのなかでNARでは一号交付金を原資として、馬だけでなく、肉用牛や乳用牛、豚、鶏、さらには羊や蜂などの家畜の生産対策や流通改善、飼養環境の向上といった畜産振興の補助事業を行っています。
――コロナ禍やウクライナ侵攻など国際情勢の影響で、輸入に大きく依存している飼料や肥料、燃料費の高騰で、畜産農家は深刻なダメージを受けていると聞きます。
吉田 家族経営が多くを占める日本の畜産農家に対して、我々はこれまでにも経営改善のコンサルティングや豚熱、鳥インフルエンザといった家畜の伝染病予防などの支援に取り組んできました。特に後継者不足は深刻で、人材確保は急務となっています。そうした状況に追い打ちをかける飼料、燃料費の高騰で疲弊する畜産農家を何とか守らなければなりません。
畜産は設備がなければ始まりません。様々なコストがかかります。だからこそ今、頑張っている畜産農家を支援し、サステナブルな産業へ変わっていく後押しをしたいと考えているのです。
吉田 現在、私たちの支援のカタチは大きく変わりつつあります。従来は主に「生産者や生産者団体への補助金」でした。これまでの支援に加え、我が国の畜産の現状を知ってもらい、畜産に対する国民の理解醸成を図ることで畜産振興に貢献したい。それがNARの使命である――そう考え、新たな方針を打ち出したのが、現在の斉藤弘理事長です。「地方競馬GO畜産プロジェクト」や「地方競馬ミルクウィーク」は彼の発想から生まれたものです。
コロナ禍でエンターテインメント産業がダメージを受ける中、幸い地方競馬はネット投票の普及や巣ごもり需要により、2022年、2023年と2年連続して売上総額が1兆円を突破しました。
そこでこの売上を有効かつ大胆に活用し、地方競馬を挙げて日本の畜産農家を支援しようというのが「地方競馬GO畜産プロジェクト」であり、「地方競馬ミルクウィーク」なのです。
――「地方競馬ミルクウィーク」とはどのようなものですか。
吉田 春先は、乳牛にとって快適で生乳の生産が好調な時期なのです。しかし残念なことに春休みやGWになると学校給食がなくなり、例年、牛乳や乳製品の消費が落ち込んでしまっていました。
そこで始めたのが「地方競馬ミルクウィーク」。全国の地方競馬場を情報発信の場として活用した牛乳・乳製品の消費拡大に資する取り組みです。
吉田 昨年は3月に各地の競馬場で地元の酪農関係者を支援する冠レースを実施してもらいました。さらに地域の牛乳、乳製品を配布し、競馬ファンにもレースの合間に牛乳で喉を潤してもらいました。
もちろん、このイベントだけで落ち込んだ消費が補えるわけではありません。この機会に地元で作られる牛乳や乳製品のおいしさを皆さんに知っていただき、生産現場への関心を持ってもらいたい。そしてできればファンになってもらって、継続的に畜産製品を購入することで、畜産農家を支えていただきたいという思いがあります。
吉田 実際この「地方競馬ミルクウィーク」に訪れた競馬ファンから、「地元にこんな製品があるなんて知らなかった」とか、「地方競馬って畜産農家をずいぶんサポートしているんだな」など、様々な反響をいただき、手応えを感じています。生産現場の方からも、消費者の生の反応に接し、励みになったという声も数多く届いています。
これからもこのイベントは継続する予定です。2024年は3月14日から20日まで実施します。昨年より規模を拡大し、広報活動も積極的に行っていきます。
吉田 国際紛争や経済紛争が起きるたびに取り沙汰されるテーマの一つに「食糧安全保障」がありますが、その言葉を見るたびに、国産の畜産振興の大切さを強く思います。
国産の畜産・酪農製品の良さを実際に食して、おいしさを実感してもらい、価格が多少高くても選んでもらえるようにしたい。私たちの活動が、その一助になればと思っています。
――最近、新聞広告などでNARのロゴをよく目にします。
吉田 まだ手探りの状態ですが、昨年あたりから全国紙などを使った広報活動を始めています。畜産や酪農の世界で活躍する女性やデジタル技術を駆使してスマート戦略を採り入れた牧場など、様々なテーマを取り上げ、日本の畜産の現状や最前線・最先端を紹介し、畜産関係者の仕事のアピールにつなげています。
先ほど、多少高くても国産の畜産品を購入してもらえるように製品の魅力をアピールしたいと述べました。それと並行して、飼料や肥料、燃料費など生産コストの上昇に沿って引き上げられた販売価格は適正価格であるということも啓発し、訴求していきたいと考えています。NARは国、農林水産省とも連携し、実際、ある関係団体への補助事業として、価格転嫁の正当性を訴求する広告展開も行っていきます。
大人のエンターテインメント、大人が楽しめる競馬を追求するNARですが、地方競馬と畜産・酪農は表裏一体。地方競馬も畜産業の一部だと考えています。