提供:NTT

未来を正確に予測する新技術 IOWN、始動

次世代の情報通信基盤と期待される「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想」がこの春、実現に向け動き出した。これまでコンピューター処理は電子、通信は光で制御してきたが、通信だけでなく情報処理の部分にも光の技術を適用させる光電融合技術がIOWNの核である。構想が実現すれば、電力効率は従来の100倍、伝送容量は125倍、遅延は200分の1にもなるという。その推進を担う国際組織「IOWN Global Forum」の年次総会が4月下旬、大阪市で開かれた。

光電融合技術でゲームチェンジに挑む

「オンライン開催だけだったIOWNの年次総会が新型コロナウイルス禍を経て初めてリアルで実施できることは非常にうれしい」。IOWN Global Forumの会長を務めるNTTの川添雄彦技術戦略担当副社長が挨拶すると、会場から大きな拍手が巻き起こった。フォーラムでは2025年の大阪・関西万博に向けて様々なユースケースを発表していくため、今回の年次総会も万博会場である大阪・夢洲近くのホテルで開かれた。世界から約400人の経営者や技術者などが訪れ、4月25日から3日間かけ、IOWNの実現に向けた技術や課題などについて話し合った。

フォーラムメンバーにKDDIも参加

メディア公開された初日の全体会合では、新たにフォーラムの中核メンバーに加わったKDDIの大谷朋広技術戦略本部長を川添氏が紹介し、ライバル関係を超えてともに協力し合うことをアピールした。フォーラムはNTTの呼びかけに米半導体大手のインテルやソニーグループなどが応え、2020年1月にスタートしたが、KDDIはこれまで参加を見送ってきたからだ。

フォーラム会員には通信機器大手のフィンランドのノキアやスウェーデンのエリクソン、通信会社ではフランスのオレンジやスペインのテレフォニカ、台湾の中華電信、韓国のSKテレコムなどの有力企業118社(2023年4月時点)が参加。富士通やNEC、トヨタ自動車などのほか、半導体や電子部品分野からも米クアルコムや米エヌビディアなどが加わり、日本にとどまらない世界的な広がりを見せている。その意味で海底ケーブルなどの技術を持つKDDIの参加はフォーラムの活動に大きく弾みをつける形となった。

川添雄彦氏

IOWN Global Forum President and Chairperson
NTT代表取締役副社長

川添雄彦

3月には商用化サービス第1弾を発表

NTTはフォーラムの総会に先立ち、3月には商用化サービス第1弾となる「IOWN1.0」を発表。光電融合技術により超大容量かつ超低遅延で通信ができる「APN(オールフォトニクス・ネットワーク)」の技術を提供開始した。「日本版ダヴィンチ」とも呼ばれる手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を120km離れたところから遅延なく遠隔操作するデモも公開している。2023年に400Gbps、2025年には800Gbpsという超高速通信を実現する計画だ。

2025年度には商用化第2弾となる「IOWN2.0」の提供を開始し、集積回路間をつなぐ光電融合デバイスの投入で電力効率を従来の8倍に高める。消費電力が現在より100分の1になるという「IOWN」が完成形を見るのは2030年度以降を予定しており、段階を追って性能を高めていく。

デジタル空間に現実世界を忠実に再現

実は「IOWN構想」は光電融合技術のほかにあと2つの技術から構成されている。高性能な情報通信基盤を活用して現実世界のヒトやモノなどをデジタル空間上に忠実に再現する「デジタルツインコンピューティング」と、センシングや情報通信処理などに必要なネットワークや装置を利用者に意識させぬまま最適化してくれる「コグニティブ・ファウンデーション」と呼ばれる技術だ。

この3つの技術が融合することにより、現実世界で起きることをデジタル空間上で予見したり、シミュレーションしたりできるようになる。人工知能(AI)や仮想現実/拡張現実(VR/AR)、量子コンピューティングといった最新技術も動員され、医療や高齢者サービスを高度化したり、犯罪や事故を未然に防いだり、交通システムを安心・安全に運行したりといったウェルビーイング(健康で安全)で効率的な街づくりを実現することができる。一言で表せば、未来を予測することが可能になる。

また音楽や芸術、スポーツなどの分野でも遅延がなくなれば様々なパフォーマンスや映像表現ができる。NTTがこれまで公開した実証実験でも、500km離れた場所から楽器を一緒に演奏したり、eスポーツの競技を実施したりした。高精細な映画コンテンツなども瞬時にダウンロードでき、「遅延時間を極端に少なくしたり、遅延時間を確定させたりすることで、ベストエフォート型のインターネットでは難しかった映像表現が可能になる」と川添氏は指摘する。

通信から演算まで光で実現する光電融合技術

NTTがこうした「IOWN構想」を提唱することにしたのは、2019年4月に英国の科学誌『Nature Photonics』に1本の論文を発表したことにさかのぼる。NTTはもともと光の伝送技術で世界をリードしてきたが、コンピューターの演算処理を行う集積回路にも光技術を導入すれば、超低消費電力で大量のデータ処理ができるようになると考え、20年以上前から研究を進めてきた。論文はNTTの研究所がその光電融合技術に道筋をつけたという内容だった。

そうした新技術にNTTの新しい戦略として期待をかけたのが当時の澤田純社長や研究開発部門のトップだった川添氏だ。NTTはかつて携帯情報サービスの「i-mode」で世界の関心を集めたが、その後、アップルのスマートフォン「iPhone」やクラウドサービスが広がると、「GAFA」と呼ばれる米国のIT大手に主導権を奪われてしまった。情報サービスのレイヤーでGAFAの牙城を崩すのは並大抵のことではないが、「通信インフラのレイヤーなら再び世界に貢献できると考えた」(澤田氏)からだった。

i-modeの反省からグローバルな仲間づくり

新しい技術を世界に広めるにはどうしたらいいか。川添氏らがそこで考えたのが新しい技術のアーキテクチャーづくりや普及を世界のプレーヤーと一緒になって進めて行くという「IOWN Global Forum」の設置だった。というのもNTTは「i-mode」では欧米の通信会社に巨額の出資を行うことで普及に努めようとしたが、うまく行かなかった苦い経験があるからだ。

国内市場においても、次世代ネット規格の「NGN(Next Generation Network)」の導入でKDDIやソフトバンクの賛同が得られず、共通の通信基盤にすることができなかった。そうした二の舞を演じぬよう技術開発や実証実験などをオープンに進めようというのが、フォーラムに込められた思いである。

IOWNがNTTの研究から生まれたのは事実だが、それが日本主導のオールジャパンプロジェクトととらえられぬよう、フォーラムの本部は米国に置き、IOWNの研究開発に携わる研究者や技術者も世界から採用した。フォーラムメンバーにも広く技術を公開し、規格づくりや実証実験には外部のリソースを積極的に活用しようとしている。

大阪会合では米ソフト大手CTOが講演

そうした背景から今回の大阪会合でも最初に講演したのは米ソフトウエア大手、レッドハットのクリス・ライト上級副社長兼最高技術責任者(CTO)だった。米IBMが買収した同社はオープンソース・ソフトウエアを推進する有力企業で、クリス氏は「IOWNで世界中のデータセンターをつないでいくためには我々が進めているオープンソース・コミュニティの活動が大いに役立つ」と強調した。

記者会見したKDDIの大谷技術戦略本部長も「光技術は我々も長年研究してきており、フォーラムに貢献できると考えた」と参加を決断した理由を語った。具体的には複数のAPNをつなげるよう拡張性を高めたり、6G時代をにらんだ携帯ネットワークとの融合を図ったり、災害時などに備えたAPNの相互接続運用などでも貢献できると説明した。

クリス・ライト氏

IOWN Global Forum Director/CTO and SVP of Global Engineering, Red Hat

クリス・ライト

大谷朋広氏

IOWN Global Forum Director/KDDI 技術戦略本部長

大谷朋広

NTTにとっては4度目の挑戦

IOWNはNTTだけでなく世界のプレーヤーと実現する新しい情報通信基盤だが、NTTの技術戦略としては4度目の大きな構想となる。通信のデジタル化を掲げた1979年の「INS構想」、光ファイバーの全国整備を目指した1990年の「VI&P構想」やそれに続く「マルチメディア基本構想」(1994年)「情報流通構想」(1998年)「光新世代ビジョン」(2002年)、そして3つ目がベストエフォート型のインターネットに対し、通信品質を保証する次世代ネット規格を掲げた2004年の「NGN構想」である。

VI&P構想は当時、日本と通商摩擦を抱えていた米国のライバル心を刺激し、結果的には米国のインターネットを発展させる契機となった。NGNはインターネットへの対抗軸として電話技術とネット技術のいいとこ取りを狙った規格だったが、急速なネット技術の広がりに対抗できなかった。その意味ではIOWNは通信品質を保証してきた通信会社の遺伝子にかけた4度目の挑戦ともいえる。それが成功するか否かは川添氏による今後のIOWN Global Forumのカジ取りや島田明社長率いるNTTグループの経営手腕にかかっているといえる。

IOWNグローバルフォーラム

次世代情報通信基盤「IOWN」とは

「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」は2019年5月にNTTが発表した光ネットワークとコンピューティングを融合する次世代情報通信インフラ構想。光技術を活用し、エネルギー消費を抑えながら、現状のネットワークの限界を超える高速大容量通信と膨大な計算リソースを提供する情報処理基盤を構築する。あらゆるものがネットワークにつながるスマートな世界を実現する。

IOWN構想の3つの技術

IOWN構想の3つの技術

IOWN構想はネットワークから端末まですべてに光技術を導入する「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」、現実世界をデジタル空間上に再現することで未来予測を可能にする「デジタルツインコンピューティング」、情報通信リソースの最適な制御を行う「コグニティブ・ファウンデーション」の3つの技術で構成している。2030年ごろの実現に向け、電力効率を現在の100倍、伝送容量を125倍、通信の遅延を200分の1にする目標を掲げている。

IOWNのオールフォトニクス・ネットワーク

IOWNのオールフォトニクス・ネットワーク

IOWN Global Forumとは

「IOWN Global Forum」は2020年1月にNTT、インテル、ソニーグループが新たな情報通信基盤の実現と普及を目指して設立した団体。グローバルパートナーとともに新規技術、フレームワーク、技術仕様、リファレンスデザインの検討を通じて、オールフォトニクス・ネットワーク、分散コンピューティングの開発に取り組んでいる。

現在、欧州、米国、アジアなどから118企業・団体(2023年4月時点)が加盟。ボードメンバーにはフランスのオレンジや台湾の中華電信、KDDI、富士通、フィンランドのノキア、スウェーデンのエリクソン、米シエナ、米マイクロソフト、米アクセンチュア、米レッドハットが名を連ねる。通信、コンピューターアーキテクチャー、クラウド、センシングデバイスなど幅広い分野のテクノロジー企業に加え、トヨタ自動車、味の素、日揮などのユーザー企業が参加している。

IOWN Global Forum 参加メンバー

IOWN Global Forum 参加メンバー

ユースケースとテクノロジーのワーキンググループを設置し、その配下で車載コミュニケーション、デジタルツイン・フレームワーク、APNアーキテクチャー、データセントリックインフラストラクチャーなどのタスクフォースで社会実装に向けた検討を進めている。テクノロジーの研究開発と社会実装を見据えたユースケースの構築を同時に進めることで、IOWNの早期実用化、サービスの普及を目指している。

IOWN Global Forum 参加企業・団体数

IOWN Global Forum 参加企業・団体数

企画協力:MM総研