コモディティー投資の魅力

商品市場で世界が分かる 第6回 AIが世界の農業を制する日

商品(コモディティー)市場の主要分野の一つに大豆やトウモロコシ、菜種、天然ゴムなどの農産物があります。18世紀に日本でコメ先物が生まれ、米国で最も歴史の古いシカゴ商品取引所(CBOT、1848年設立)が穀物市場として成長したことを考えれば、商品デリバティブのルーツと言えます。石油関連の先物、オプション取引に石油会社が参加するように、海外の生産者(農家)は積極的に市場を利用しています。

シカゴ相場をにらみ作付け

ブラジルを中心にした南米産地が台頭したとはいえ、「世界のパンかご」と言われる米国は圧倒的な存在です。農産物の輸出額は2016年の国連食糧農業機関(FAO)統計で1378億ドル(14兆円強、林水産物を除く)と世界第1位です。穀物生産の中心はイリノイ、アイオワ、インディアナ、オハイオ、ミズーリなどの州で、CBOTやシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)が誕生したシカゴもイリノイ州にあります。

商品取引では原油のバレル(約159リットル)、貴金属のトロイオンス(約31.1グラム)など独特の単位が使われますが、穀物のブッシェルもその一つです。容量の単位であるため重さは農産物の比重によって変わります。トウモロコシの1ブッシェル約25.4キログラム、大豆や小麦は約27.2キロになります。

世界の穀物価格は1ブッシェル当たり何ドルと取引される「シカゴ相場」が指標になります。米国の農家もそのシカゴ相場を見ながら経営しています。大豆のシカゴ相場をトウモロコシ相場で割った比価は2.5弱が適正とされます。大豆の3倍強あるトウモロコシの「イールド(=1エーカー当たりの単収)」の大きさや、逆に窒素を自分で取り込めないトウモロコシの方が大豆より肥料コストがかさむ要素などを勘案した比価です。商品市場では金価格を銀価格で割った金銀比価などもありますが、穀物相場の比価には明確な理由があるのです。

とりわけ米国農家が比価に注目するのは春からの作付け時期です。比価を見ながら、トウモロコシと大豆の作付けをどのように割り振るかを決めるのです。市場から見ればトウモロコシの作付けが需要に比べ少ない場合にはシカゴ市場のトウモロコシ相場は上がって比価が低下、「このままでは世界のトウモロコシ需給が逼迫(ひっぱく)しそうなのでもっと作付けしてほしい」と農家に催促することになります。シカゴ市場はこうしたメカニズムを通じ、世界の穀物需給のバランス維持に役立っているのです。

米国の主な輸出農産物
2016年、国連食糧農業機関統計

図

2016年の国連食糧農業機関(FAO)統計

複雑になる農業の方程式

農産物相場を動かす要因は年々、複雑になっています。例えば、米国のトウモロコシは燃料と密接な関係があります。米国では2005年のエネルギー政策法で再生可能燃料基準を導入して以降、トウモロコシから作ったエタノールを自動車燃料に本格的に使うようになり、現在では米国で取れるトウモロコシの3分の1が燃料向けです。エタノールの混合を義務付ける米国の燃料政策がどう変化するか、米国の燃料需要そのものがどう変化するかが、トウモロコシの需要を左右するわけです。

米国のトウモロコシ需要
(2019~20穀物年度、米農務省統計)

図

米国と中国の貿易摩擦が激しくなる中で、世界最大の需要国である中国が米国の穀物や食肉をどれくらい買い付けるかもシカゴ相場を動かします。頻発する異常気象からも目が離せません。20年夏には太平洋南米沖の海水温が例年より低くなる「ラニーニャ現象」が発生したと見られています。この現象が起きると冬にかけて米国で高温、南米では雨が少なくなる傾向があります。米農務省は異常気象による減産を予測段階では加味しておらず、大幅な減産となれば相場が高騰する可能性が高くなります。

農産物の先物相場はエネルギー需要や米中摩擦、異常気象の影響などさまざまな要素をにらみながら動いているわけです。当然、シカゴ相場を見て経営する米国などの農家も世界の動きに揺さぶられます。バイオ技術を使えばどれだけ収量増やコスト低下が期待できるのか。バイオ大豆などを輸出国の消費者がどれくらい敬遠するのか、といった方程式もあります。将来はさまざまな要因によって農産物の相場がどう変化するか、人工知能(AI)を駆使して経営する農家が増えるかもしれません。

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講師紹介

志田 富雄

日本経済新聞社 編集局編集委員

1985~87年の欧州編集総局勤務時に初めて原油などの国際商品市場を取材。ブレント原油が1バレル10ドル台を割り込む相場低迷や「すず危機」をなど目の当たりにして商品市場の奥深さを知る。英文記者を経て1991年から商品部へ。記者時代は石油のほか、コメなどの食品、鉄鋼を担当。2003年から編集委員に。2009年から19年まで論説委員を兼務。