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商品市場で世界が分かる 第7回 先端産業を支える「ビタミン金属」

非鉄金属について書いた5回目で少し触れましたが、銅などのベースメタルと対照的な存在にレアメタル(希少金属)があります。消費量や流通量が少なく、商品取引所に上場されているものもプラチナなどごくわずかです。それでも、電気自動車(EV)をはじめ次世代を担う先端分野には欠かせない金属です。「産業のビタミン」とも言われるレアメタルには産出地域が偏在する金属が多く、安定確保にはしっかりした対策が求められます。

レアアースをめぐる攻防

経済産業省は31種類の鉱物をレアメタルに指定しています。その中には航空機に使うチタンや、超硬工具の原料に欠かせないタングステンなどがあります。2010年から11年にかけて起きた「レアアース(希土類、17種の元素の総称)・ショック」は日本の産業界を震撼(しんかん)させました。10年秋に沖縄県尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁巡視船が衝突した事件をきっかけに日中関係が悪化し、中国はレアアースの対日輸出を事実上停止したのです。日本のレアアース輸入価格は10倍近くに跳ね上がり、必要量の確保さえ危ぶまれました。レアアースを原料に製造する高性能磁石はEVやハイブリッド車のモーター、ハードディスク駆動装置(HDD)、家電製品まで幅広い分野に使用されます。しかし、当時はレアアースの生産は世界の9割を中国が握っていたのです。

代表的なレアメタルの用途

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日本企業は①中国以外での調達先確保、②省資源や代替原料の技術開発、③国内での再利用推進、といった対策を進めました。さらに、米欧とともに中国の輸出規制を不当として12年に世界貿易機関(WTO)に提訴。上級委員会までもつれこんだ審理は14年に中国の輸出規制や輸出税がWTO協定に違反すると結論付け、是正を求めました。中国は15年にようやく輸出枠と輸出税を撤廃したのです。

しかし、レアアースの供給不安が消えたわけではありません。米国と対立する中国は20年12月に輸出管理法を施行。輸出を許可制とする戦略物資にはレアアースなどが含まれる可能性があります。中国以外の供給策を確保し、なるべくレアアースを使わないで磁石の性能を引き出す省資源技術も進みました。それでも、供給の多くは依然として中国に依存しているのです。

供給不安を抱える希少金属はレアアースに限りません。EVやハイブリッド車に搭載する大型のリチウムイオン電池には主原料のリチウムのほか、正極材と呼ばれる部位にコバルトを使います。リチウムの資源確保も、政策でEV普及を推進させる中国を中心に争奪戦の様相を強めています。ただ、リチウムの資源は世界最大のチリを中心に、カナダ、ブラジルなど安定供給が見込める国に豊富にあります。一方、コバルトの供給は政情が不安定なコンゴ民主共和国(旧ザイール)が世界のおよそ7割を占めます。

コバルト資源は同じアフリカのザンビア、カナダ、オーストラリアなどにもあります。ところが、環境対策に手間とコストがかかるヒ素が混じるなど、商業開発に課題のある鉱脈が多いとされます。

希少金属の上位産出国の生産シェア

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米地質調査所2020年統計から経済産業省まとめ

児童労働などの問題も

コバルトには供給とは別な不安もあります。国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは16年、コンゴのコバルト採掘で児童労働を含む人権侵害が深刻であることを指摘しました。またコバルトは対象ではありませんが、米国政府は同国の上場企業に対してコンゴとその周辺国で産出した金、すず、希少金属のタンタル、タングステンを製品や製造過程で使う場合に、米証券取引委員会への報告と開示を義務付ける規則を決めています。こうした鉱物資源がコンゴなどで非人道的な行為を繰り返す武装勢力の資金源になると見て、米政府は情報を開示させることで制裁効果を狙っているのです。投資家の間でも環境や人権問題への対応を重視するESG(環境・社会・企業統治)投資が広がっています。

安定供給に不安のある中国や、人権問題などがからむ国に調達を依存しなければならない希少金属は、なるべく使わない省資源技術や代替材料の開発を急ぐ必要があります。

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講師紹介

志田 富雄

日本経済新聞社 編集局編集委員

1985~87年の欧州編集総局勤務時に初めて原油などの国際商品市場を取材。ブレント原油が1バレル10ドル台を割り込む相場低迷や「すず危機」をなど目の当たりにして商品市場の奥深さを知る。英文記者を経て1991年から商品部へ。記者時代は石油のほか、コメなどの食品、鉄鋼を担当。2003年から編集委員に。2009年から19年まで論説委員を兼務。